15
十一月。
高橋美咲、五十一歳の誕生日。
夜。
仕事帰りに待ち合わせた小さなイタリアンレストラン。
「ふぅ」
美咲はワインを飲みながら少し笑った。
「五十一かぁ……」
「のだっ♡」
向かい側。
伊藤レイ(50)はなぜか異様にニヤニヤしていた。
今日のレイは妙に落ち着きがない。
そわそわしている。
水を飲む。
また座り直す。
さらにニヤニヤ。
「……何その顔」
「のだぁ?」
「絶対なんか企んでるでしょ」
「企んでないのだぁ!」
怪しすぎる。
だが。
今日は美咲の誕生日。
レイなりに気を使って店を予約したらしい。
ちゃんと普通の店だった。
ロブスターの亡霊コラボカフェではない。
それだけで成長である。
「誕生日おめでとなのだぁ」
「ありがとう」
「うむ!」
レイは満足げだった。
そして。
料理を食べ終えた頃。
「……のだっ」
レイが急に真顔になった。
「ん?」
「プレゼントあるのだぁ」
「えっ」
美咲は少し驚いた。
レイが“ちゃんとしたプレゼント”を用意してくるイメージがあまりない。
どうせ変なものだろう。
ロブスターグッズとか。
謎の健康器具とか。
そう思っていた。
しかし。
レイは妙に自信満々だった。
「ふっ……」
ドヤ顔。
「吾輩もぉ!五十歳の大人なのだぁ!」
「……不安」
「今回は本気なのだぁ!」
レイは紙袋を差し出した。
高級百貨店のロゴ。
「……」
美咲は少し驚く。
(え、ちゃんとしてる?)
「開けるのだぁ!」
「う、うん」
包みを開く。
そして。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
中には。
高級下着。
しかも妙にセクシー。
黒。
レース。
完全に“大人の女性向け”。
「……」
美咲は固まった。
一方。
レイは超ドヤ顔。
「ふっ……」
腕組み。
「どうなのだぁ?」
「……」
「大人の色気なのだぁ!」
「……」
「店員さんもおすすめしてたのだぁ!」
「……」
「吾輩、めちゃくちゃ悩んだのだぁ!」
「……」
「美咲に似合うと思ったのだぁ!」
パァン!!!!!
「のだぁ!?!?!?」
店内に綺麗なビンタ音が響いた。
周囲の客が振り向く。
レイ、硬直。
美咲は真っ赤だった。
「なんでそんなもの選ぶのよ!?」
「のだぁ!?!?!?」
「意味わかんない!!」
「お、お洒落だと思ったのだぁ!?」
「なんで下着なの!?」
「大人のプレゼントなのだぁ!?」
「ズレてるのよ!!」
レイは頬を押さえて震えていた。
「のだぁぁぁぁぁ……」
本気で困惑している。
「なんでなのだぁ!?!?!?」
「なんでじゃないわよ!!」
「高かったのだぁ!?」
「そこじゃない!!」
レイは混乱していた。
本当に。
心の底から。
「だ、だってぇ!」
レイは必死だった。
「店員さんにぃ!五十代女性へのプレゼント相談したらぁ!」
「うん」
「“大人の女性には上質なものが喜ばれます”ってぇ!」
「それでなんで下着になるのよ!?」
「綺麗だったのだぁ!」
「だからって!!」
美咲は頭を抱えた。
この男。
本当に。
本当にズレている。
悪気ゼロ。
むしろ真剣。
だから余計タチが悪い。
「普通アクセサリーとかでしょう!?」
「のだぁ!?」
「花とか!」
「のだぁ!?」
「なんで下着に全力行くのよ!」
「だってぇ!!」
レイは涙目だった。
「吾輩、お洒落な大人感出したかったのだぁ!!」
「方向性が終わってるのよ!!」
周囲の客が笑いを堪えている。
店員まで若干肩が震えていた。
レイは完全にしょんぼりした。
「……のだぁ」
「……」
「……頑張って選んだのだぁ」
その声が妙に情けなくて。
美咲は数秒黙った。
「……」
そして。
小さくため息。
「……ほんと馬鹿ね」
「のだぁ?」
「普通そういうのは、もっと関係進んでからなの」
「……」
「いきなり渡すものじゃないの」
レイは少し考えた。
「……のだぁ」
数秒後。
「つまり可能性はゼロではないのだぁ!?」
「そこだけ元気になるのやめて」
レイは急に復活した。
「うむ!!吾輩、学習したのだぁ!!」
「本当に?」
「次は普通のプレゼントにするのだぁ!」
「そうして」
「ロブスターの亡霊限定グッズとか!」
「学習してない」
美咲は頭を抱えた。
だが。
少しだけ笑ってしまう。
こんな五十歳、普通いない。
センス最悪。
距離感も変。
でも。
妙に真剣。
だから怒りきれない。
「……」
美咲は紙袋を見た。
高級下着。
趣味はともかく、品質は本当に良い。
多分かなり高かった。
「……返品できるかなこれ」
「のだぁ!?」
「冗談よ」
「のだっ♡」
レイは安心した。
そして数秒後。
「……でもぉ」
「ん?」
「ちょっとだけ似合いそうだと思ったのだぁ」
パァン!!!!!
「のだぁあああああ!!!!!!」
本日二発目。
レストランに悲鳴が響いた。




