第9話 鉄壁の亀と、切れ味抜群の代償
「……お腹すいたわ」
「奇遇だな。俺もだ」
「ねえナオト。私たち、昨日装備を新調したばっかりよね? ピッカピカの新品よね?」
「ああ。おかげで防御力と攻撃力は格段に上がった。Fランク冒険者の中じゃトップクラスの装備だ」
「なのに、どうして私たちは今、ギルドの片隅で一番安い依頼を探してるのかしら?」
「簡単な引き算だ。所持金が銀貨2枚しかないからだ。ポーション一本買えない状態で遠出はできない」
「うぅぅ……世知辛い! せっかく魔鉄の剣を買ったのに、ゴブリン退治じゃ張り合いがないわよ!」
「贅沢言うな。……お、これなんかどうだ」
「どれどれ? 『求む:アイアン・タートルの甲羅』? ……亀?」
「ただの亀じゃない。甲羅が鉄でできている魔獣だ。硬度はプレートメイル並み。生半可な武器じゃ傷一つつけられない」
「へえ……。硬いんだ?」
「ああ。普通はハンマーでひっくり返して、柔らかい腹を狙うのがセオリーだが……」
「フフフ……。いいじゃない。私の新しい相棒の試し斬りにぴったりだわ!」
ミオが腰のショートソードを愛おしそうに撫でる。
その目は獲物を見つけた肉食獣のように輝いていた。
「おい、目が怖いぞ。……まあ、報酬は甲羅1個につき銀貨8枚だ。3匹も狩れば、今夜はまともな飯にありつける」
「決まりね! 行きましょ、ナオト! その自慢の甲羅、バターみたいに切り裂いてあげるわ!」
◇ ◇ ◇
城塞都市から少し離れた岩場。
ゴツゴツとした岩陰に直径1メートルほどの巨大な亀が鎮座していた。
その甲羅は鈍い金属光沢を放ち、日光を弾き返している。
「……うわ、本当に鉄だわ。岩っていうより鉄塊ね」
「アイアン・タートルだ。動きは遅いが、あの甲羅に籠もられたら手出しできない。防御力はお前の新しい胸当ての比じゃないぞ」
「失礼ね! 私の胸当てだってミスリル製よ! ……で、どうするの? ひっくり返す?」
「いや、今回はお前の魔鉄の剣のテストだ。正面からやってみろ」
「えっ、いいの!? ナオトってば話が分かるぅ!」
「ただし、無理はするなよ。刃こぼれしたら修理費が高いからな」
「任せて! この子の性能、見せてあげるわ!」
ミオが剣を抜き放つ。刀身に刻まれた魔法文字が淡く発光する。
「いくわよ……! エンチャント・ファイア!」
ブォンッ!
ミオが魔力を流し込むと、剣身が紅蓮の炎を纏った。
魔鉄の特性により、魔力が刃の切れ味そのものを底上げしているのだ。
「うわっ、すごい! 魔力の通りが全然違う! 前の剣がストローなら、こっちは水道管よ!」
「例えが色気ないな。……ほら、気づかれた。来るぞ」
『フシューッ!』
アイアン・タートルが二人を敵と認識し、首と手足を甲羅の中に引っ込めた。 完全防御態勢だ。
「あら、恥ずかしがり屋さんね。でも無駄よ!」
「ミオ、角度に気をつけろ! 垂直に当てると弾かれるぞ!」
「大丈夫! 今の私なら、鉄だって紙切れ同然だもの! はあああっ!」
ミオが踏み込み、真横から甲羅を薙ぎ払う。
キンッ! という高い金属音――ではなく。
ザンッ! 重厚な肉を切るような音が響いた。
『!?』
「……嘘だろ」
「うっそぉ!? 斬れた! 見てナオト! 斬れたわよ!?」
アイアン・タートルの自慢の甲羅が、上部3分の1ほどスパッと切断され、地面に落ちた。
断面が赤熱し、溶けている。
「……すげえな。魔鉄と炎属性付与の相乗効果か。装甲貫通ボーナスが乗ってるぞ」
「すごーい! 気持ちいいぃぃ! 何これ、豆腐!? これ豆腐なの!?」
「いや、鉄だ。……おいミオ、もう勝負あったぞ。トドメを――」
「まだまだぁ! せっかくの切れ味なんだから、もっと試させてよ!」
「は? おい待て、何をする気だ」
「必殺技の練習よ! いくわよ、秘剣・千切りスライサーッ!!」
「やめろ馬鹿! 名前がダサい上にオーバーキルだ!」
ズババババババッ!!
ミオの腕が残像と化す。
炎の軌跡が幾重にも重なり、アイアン・タートルを包み込んだ。
「あはははは! 斬れる! 斬れるわ! 私、最強かもー!」
「ストップ! ミオ、ストップだ!!」
「フィニッシュ! ……ふぅ。どうよナオト! この切れ味!」
ミオがドヤ顔で剣を収め、振り返る。
ナオトは頭を抱えて天を仰いでいた。
「……ああ。すごい切れ味だな。感動したよ」
「でしょ!? もっと褒めていいのよ!」
「……で、どうすんだこれ」
「え?」
ミオが足元を見る。
そこには、かつてアイアン・タートルだったものが転がっていた。
ただし、原型は留めていない。
サイコロステーキのように均等な立方体に刻まれた鉄片の山と化していた。
「あー……。ちょっとやりすぎちゃったかな?」
「ちょっとじゃねえよ。ミンチにしてどうする」
「で、でも倒したわよ! 完全勝利よ!」
「……ミオ。依頼書の内容を覚えてるか?」
「え? アイアン・タートルの甲羅でしょ?」
「そうだ。武具の素材にするための、傷のない綺麗な甲羅だ」
「…………」
「…………」
二人の間に冷たい風が吹き抜けた。
「……ねえナオト。これ、パズルみたいに接着剤でくっつけたら……」
「バレるに決まってんだろ。誰が継ぎ接ぎだらけの盾を欲しがるんだ」
「うぐぅ……。でも、中身のお肉は無事かも!」
「摩擦熱でウェルダンに焼き上がってるな。食えなくはないが、売り物にはならん」
「…………」
「……次を探すぞ。あと2匹だ」
「は、はい……。次は手加減します……」
◇ ◇ ◇
「……で、これか」
夕暮れのギルド。受付嬢から渡された報酬袋は悲しいほど軽かった。
「……銀貨、5枚」
「減額されたわね……」
「当たり前だ。『甲羅(粉々)』『甲羅(半壊)』『甲羅(丸焦げ)』。これで買い取ってくれただけ慈悲深いと思え」
「うぅぅ……。だってぇ、新しい剣がすごすぎて、つい力が……」
「おかげで剣のメンテナンス代に銀貨4枚が消えた」
「……えっ?」
「つまり、今日の利益は銀貨1枚だ」
「…………」
「…………」
「……ねえナオト。お腹すいた」
「奇遇だな。俺もだ」
「今日の晩ご飯、どうするの?」
「そうだな。さっき市場で、賞味期限切れ間近の硬いパンが安売りしてたぞ」
「やだぁぁぁ! 鉄は斬れてもパンは斬れないのよぉぉぉ!」
「大丈夫だ。お前のアゴなら砕ける」
「そういう問題じゃないわよ! ステーキぃぃぃ!」




