第7話 黄金の騎士と、蒸し焼きの刑
「……硬いわ」
「よく噛め。あごが鍛えられる」
「これ、パンっていうより建築資材じゃない? 壁の補修に使えるわよ」
「文句を言うな。昨日の銭湯代と服代で、俺たちの財布はすっからかんだ。この、石化パン (保存食)で食いつなぐしかない」
「ううっ……。あの時、調子に乗って高い薬草風呂になんか入らなければ……。ステーキが遠い……」
「過ぎたことを悔やむな。それより、今日の仕事だ」
「はいはい。で、今日は何? またドブさらいだったら、私ストライキするからね」
「安心しろ。今日は配送だ。城塞都市の中央にある騎士団演習場へ、昼食の弁当を届けるだけの簡単なお仕事だ」
「お弁当運び? あら、地味だけど平和でいいじゃない」
「だろ? 報酬は銀貨3枚。晩飯代くらいにはなる」
「よし、やる気出てきたわ! さっさと運んで、温かいスープを飲むのよ!」
◇ ◇ ◇
城塞都市イージスの中央演習場。そこは聖法国のエリート騎士たちが日々鍛錬に励む、熱気と金属音に満ちた場所だった。
「うわぁ……。みんなピカピカの鎧着てる。お金持ちそうねぇ」
「よそ見してると荷車をぶつけるぞ。ここの連中の鎧は俺たちの命より高いんだからな」
「分かってるわよ。……あ、あそこに納品場所があるわ。よいしょっと」
二人が荷車を押して、演習場の隅にある休憩所に向かおうとした、その時だった。
ドガッ!
「っと、危ねえ」
「キャッ!?」
横から走ってきた馬に荷車が弾き飛ばされそうになった。
弁当の入った木箱がガタガタと揺れる。
「おい、邪魔だぞ薄汚いネズミ共! 神聖な演習場に何を運び込んでいる!」
馬上から見下ろしてきたのは、全身を黄金色の甲冑で包んだ、いけ好かない雰囲気の男だった。兜の飾り羽根が無駄に大きく、腰には宝石を散りばめた剣を差している。
「……あ?」
ナオトが低い声を漏らす。だが、すぐに営業用スマイルを貼り付けた。
「これは失礼しました、騎士様。我々はギルドの依頼で皆様の昼食をお届けに参りまして」
「昼食だと? フン、そのような庶民の餌、我ら黄金獅子隊の口に合うものか。目障りだ、失せろ!」
ガシャッ!
男が馬の蹄で積んであった弁当箱の一つを蹴り飛ばした。
中身のサンドイッチが地面に散乱し、泥にまみれる。
「あ……」
ミオの目が点になった。そして次の瞬間、その瞳に静かな怒りの炎が宿る。
「……ちょっとアンタ。何してくれてんのよ」
「あんだ? 口の利き方に気をつけろよ小娘。俺は貴族だぞ?」
「貴族だか何だか知らないけどね! 食べ物を粗末にする奴は地獄で餓鬼畜生道に落ちるって相場が決まってんのよ!」
「なっ……! この俺に向かって説教だと!? 無礼打ちにされたいか!」
騎士が剣の柄に手をかける。
周囲の兵士たちがざわつき始め、空気が一気に張り詰めた。
「……おいミオ、抑えろ。ここで騒ぎを起こすと、報酬がパーになるどころか牢屋行きだぞ」
「でもナオト! あいつ、私の大好きなタマゴサンドを蹴ったのよ!? 許せないわ!」
「……まあ、俺もイラッとは来たがな。……待てよ?」
ナオトは騎士の全身をジロジロと観察した。
黄金のプレートメイル。隙間のない重装甲。そして、あの高慢な態度。
「……カモだな」
「え?」
「稼ぐぞミオ。銀貨3枚じゃ割に合わない」
ナオトは一歩前に出ると、大げさに溜息をついてみせた。
「やれやれ。これだから温室育ちのお坊ちゃんは困るんですよねぇ」
「……何だと?」
騎士の眉がピクリと跳ねる。
「聞こえませんでしたか? 立派なのは鎧だけで、中身は空っぽだと言ったんですよ。本当の強者なら、弁当一つにも敬意を払うものです」
「き、貴様ぁ……! ただの荷運び風情が騎士を侮辱するか!」
「侮辱ではありません、事実です。もし悔しいなら証明してみせればいい。……俺たちのようなFランクの子供ごときに負けるはずがありませんよね?」
「……ほう。面白い」
騎士が馬から降り、地面に降り立った。その巨体が、ガシャンと重い音を立てる。
「その減らず口、二度と利けなくしてやる。決闘だ。俺が勝ったら、貴様らの舌を切り落とす」
「いいでしょう。で、俺たちが勝ったら?」
「ハッ! あり得んが、もし俺が負けたら……この剣でも鎧でも、好きなものをくれてやるわ!」
「言質取りましたよ。周囲の皆さんも証人ですね?」
演習場にいた他の兵士たちが、興味津々といった様子で集まってくる。
エリート騎士のいじめか、それとも子供の下克上か。絶好の賭けの対象だ。
「ルールは単純。どちらかが『参った』と言うまで。武器使用自由。魔法使用自由。……いいですね?」
「構わん。ハンデとして、二人同時にかかってくるがいい。片手で捻り潰してやる」
「感謝します、太っ腹な騎士様。……おいミオ、準備だ」
「ねえナオト。勝てるの? あいつ、すっごい硬そうよ?」
「硬いからいいんだよ。……いいか、今回は物理じゃ勝てない。あいつの弱点は、その自慢の全身鎧だ」
「鎧が弱点?」
「ああ。理科の実験パート2だ。……俺が時間を稼ぐ。お前はあいつの鎧に、ひたすらアレを撃ち続けろ」
「アレって……ああ! なるほどね! 調理法ってことね!」
「そういうことだ。手加減はいらない。こんがり仕上げてやれ」
◇ ◇ ◇
「始めッ!」
審判の合図と共に黄金騎士が猛然と突進してきた。重装甲とは思えないスピードだ。
「死ねェッ! 虫ケラ共!」
ブンッ!
大剣が風を切り、ナオトの頭上を襲う。
ナオトは木の杖で受け流そうとはせず、泥にまみれた地面を転がって回避した。
「遅い!」
(重いな……! 一発でも貰ったら即死だぞこれ)
ナオトは距離を取りながら、腰のポーチから小瓶を取り出し、騎士の足元へ投げつけた。
パリンッ!
中から粘度の高い油が広がる。
「おっと!」
騎士が足を滑らせ、体勢を崩す。だが、さすがはエリート。すぐに踏ん張り、転倒は免れた。
「小賢しいマネを! そんな子供騙しが通じるか!」
「通じなくて結構! 本命はそっちじゃない!」
「何?」
騎士が顔を上げた瞬間、背後に回り込んでいたミオが詠唱を完了していた。
「ターゲット固定! フルコースの前菜よ! ヒート・メタルッ!!」
ボッ!
ミオの杖から放たれたのは攻撃用の火球ではなく、対象を包み込むような赤い魔力の揺らぎだった。それが黄金の鎧に吸い込まれていく。
「……ぬ? 何だ今の魔法は。熱くもなんともないぞ?」
騎士は自分の体を確かめるが、ダメージはない。彼は鼻で笑った。
「魔法の失敗か? やはりFランクだな! 終わりだ!」
「まだだ! ミオ、続けろ! メインディッシュまでノンストップだ!」
「了解! 強火でいくわよ! ヒート・メタル! ヒート・メタル! もいっちょヒート・メタル!!」
ミオが連続で同じ魔法を撃ち込む。
騎士はそれを無視してナオトに迫るが、数歩歩いたところで動きが止まった。
「……む? なんだ、この……」
じわり、と、額から汗が流れ落ちる。
最初はただの運動による発汗かと思った。だが、違う。暑い。異常に暑い。
「……貴様、何をした?」
「熱伝導だよ。お前さんのその立派な鎧、熱が逃げにくい構造だろ? 外から炙れば、中は蒸し風呂状態ってわけだ」
「な、なんだと……!?」
騎士の顔が赤くなり始める。黄金の鎧はミオの魔法によって急速に加熱され、フライパンのように熱を持ち始めていた。しかも全身鎧だ。脱ぐには従者の手を借りて数分はかかる。
「あ、あつい! ぐうっ! 足が! 背中が焼ける!」
「はい、デザートも追加しておくわね! ヒート・メタル・マキシマム!」
ジュウウウウウ……ッ!
もはや陽炎が見えるほどの高温になった鎧が、騎士の皮膚をじわじわと焼き焦がす。
「ギャアアアアッ! あつい! あついぃぃぃ!」
騎士は大剣を取り落とし、地面を転げ回り始めた。だが、転がっても鎧は脱げない。むしろ熱した鉄板の上で転がるようなものだ。
「ぬ、脱がせろ! 誰か! 鎧を脱がせてくれぇぇぇ!」
「おっと、誰も手出しは無用ですよ。これは神聖な一対一 (実際は二対一)の決闘ですからね」
ナオトが観衆を制する。
兵士たちは、ある者は呆れ、ある者は「ざまあみろ」という顔で、蒸し焼きにされる上官を見守っている。
「み、水ぅ! 水をくれぇ!」
「降参ですか? 『参った』と言えば、ミオちゃんが冷やしてくれますよ?」
「言わん! 貴様ごときに……あつぅぅぅ! 死ぬ! 茹でダコになるぅ!」
「往生際が悪いわねぇ。ナオト、もう一回温める?」
「やめろミオ、これ以上やると中まで火が通っちまう。……おい騎士様、どうするんだ? あと10秒で、お前さんは黄金のホイル焼きとして完成するぞ」
「ま、参ったぁぁぁ! 降参だ! 許してくれぇぇぇ!」
演習場に情けない絶叫が響き渡った。
◇ ◇ ◇
「……ふぅ。いい汗かいたわね」
「お前は後ろで杖振ってただけだろ。汗かいたのはあいつだ」
演習場の隅で二人は戦利品の確認をしていた。
目の前には全身やけどで医務室に運ばれた騎士が置いていった、金貨入りの袋がある。
「いやぁ、まさか本当に勝つなんてね。あの魔法、対人戦だと凶悪すぎでしょ」
「ヒート・メタルは金属鎧への特攻魔法だからな。モンスターには効きにくいが、人間相手なら最強クラスだ」
「で、いくら入ってた?」
「……金貨10枚」
「うっそ!? 大金じゃん!」
「あいつの治療費と慰謝料代わりだろうな。鎧を奪わなかっただけ感謝してほしいもんだ」
「やったぁ! これで今夜はステーキだわ! タマゴサンドの仇も取れたし、最高ね!」
「……だが、問題が一つある」
「え? なに?」
ナオトが演習場の方をちらりと見た。そこでは他の騎士たちが殺気立った目でこちらを睨んでいる。
上官を辱められた怒りと、卑怯な手を使ったことへの軽蔑が入り混じった視線だ。
「……この演習場、出禁になったっぽいな」
「あー……。まあ、そうなるわよね」
「それに、あの黄金獅子隊とやらに目をつけられた。長居は無用だ」
「せっかく稼げると思ったのにぃ……。また逃避行なの?」
「仕方ないだろ。さあ、行くぞミオ。金があるうちに装備を整えてとんずらだ」
「はーい……。まあ、ステーキ食べられるなら何でもいいわ!」
二人は逃げるように演習場を後にした。
懐は温まったが、その代償として城塞都市での居場所をまた一つ失ったのだった。




