第32話 自動防衛システムと、ハッキング不能な扉
「……すごい。ねえナオト、これ全部、金?」
「いや、真鍮だ。メッキが剥げてる。……ここはまだロビーだぞ。本命は地下だ」
「ちぇっ。紛らわしいわね。……でも、雰囲気あるわぁ。バイオハザードっていうより、インディ・ジョーンズの世界ね」
「足元に気をつけろよ。100年前の床だ。底が抜けて地下まで直通なんて笑えないぞ」
旧王立銀行の内部。
重厚な鉄扉を閉め、安全を確保したナオトとミオは、魔導ランタンの明かりを頼りに奥へと進んでいた。
高い天井、大理石の柱、そして壁に並ぶ無数の貸金庫。かつて栄華を極めた王都の富が眠る場所だ。
「……静かね。さっきのグールみたいな呻き声もしない」
「気密性が高いからな。外部の音も、瘴気も遮断されてる。……その代わり、別の音がするがな」
「別の音?」
「耳を澄ませてみろ。……床の下から、低い駆動音が聞こえないか?」
「……ブォォォン……って音? 空調?」
「いや、もっと規則的な……サーバーの冷却ファンみたいな音だ。……生き物じゃない」
二人はロビーを抜け、地下金庫へと続く巨大な螺旋階段の前に立った。
暗闇の底から冷たい風が吹き上げてくる。
「……行くぞ。地下3階が大金庫だ」
「了解! お宝のためなら火の中水の中よ!」
カツ、カツ、カツ……。
二人の足音が螺旋階段に反響する。
地下へ降りるにつれて、空気は冷たく、乾燥していく。そして、その駆動音は次第に大きくなり、腹に響くような重低音へと変わっていった。
◇ ◇ ◇
地下3階。
そこはテニスコートが二面入るほどの広大なホールになっていた。
その最奥に直径5メートルはある巨大な円形の鋼鉄扉が鎮座している。
「でっか……! なにあの扉! 潜水艦のハッチ?」
「複合魔導錠付きの対爆扉だ。……見てみろ、あのルーン文字の配列。10重……いや20重の結界が張られてる」
「開けられるの? 鍵持ってないわよ?」
「物理的にこじ開けるのは不可能だ。魔法で吹き飛ばそうとすれば、カウンターの結界でお前が消し炭になる」
「うわ、性格悪い設計! ……じゃあ諦める?」
「まさか。……俺を誰だと思ってる。元SEだぞ? セキュリティホールのないシステムなんて存在しない」
ナオトはリュックから端末を取り出し、解析を始めようとした――その時だった。
ウィィィン……ガシャン。
ホールの隅にあった巨大な銅像が唐突に動いた。いや、それは銅像ではなかった。
埃を被って石像のように見えていただけの金属の巨体だ。
「……ッ!? ナオト! 動いた!」
「……やっぱりな。セキュリティシステム起動ってところか」
ズシン……ズシン……。
巨体が歩き出すたびに床が揺れる。
身長3メートル。全身を鈍色の装甲で覆われた人型兵器。
頭部には目鼻がなく、代わりに一本の赤いスリットが発光している。
「自律型魔導兵。タイプは……ガーディアン・ミトリルか。厄介なのが出たな」
「ミトリル!? あの魔法金属の!?」
「ああ。魔法耐性A、物理耐性S。現代の戦車でも傷一つつけられない歩く要塞だ」
『侵入者ヲ検知。……排除モードニ移行シマス』
ゴーレムから機械合成された無機質な音声が響いた。
100年前の言語だが殺意だけは明確に伝わってくる。
「喋った! ねえ、交渉できない? 間違えました、すぐ帰りますって!」
「無理だ。こいつはプログラム通りに動くボットだ。感情も慈悲もない」
『排除開始』
ドォォン!!
ゴーレムが床を蹴った。巨体に見合わぬ恐ろしい加速だ。一瞬で距離を詰め、丸太のような腕を振り下ろしてくる。
「速っ!? ミオ、回避!」
「言われなくても!」
二人は左右に飛び退いた。
ズガンッ!!
直前まで二人がいた場所の床が爆撃を受けたように粉砕される。
石片が散弾のように飛び散った。
「うっそでしょ!? あんなの掠っただけで即死よ!」
「パワーだけじゃない、精度もいい! ……ミオ、魔法で牽制しろ!」
「分かった! ライトニング・ボルト!」
バチバチッ!
ミオの放った電撃がゴーレムを直撃する。しかし――。
パシィッ。
ゴーレムの装甲が青白く光り、電撃を霧散させた。
「はぁ!? 効いてない!?」
「対魔導コーティングだ! 魔法は弾かれるぞ!」
「じゃあ物理で! ソニック・スタブ!」
ミオが側面に回り込み、魔鉄の剣を突き立てる。金属と金属がぶつかる甲高い音が響いた。
ガキンッ!!
「いっ、たぁぁぁい! 手が! 手が痺れるぅ!」
「剣が通じる相手じゃない! ミトリル装甲だぞ!」
「魔法もダメ、剣もダメ! どうすんのよコイツ! 無敵じゃない!」
『脅威度判定……修正。対象ヲ優先排除シマス』
ゴーレムの赤いスリットがミオを捉えた。
腕の一部が変形し、回転するドリル状の杭が出現する。
「ヒィッ! ドリル!? 男のロマンかもしれないけど、向けられる方は悪夢よ!」
「ミオ、走れ! 足を止めるな! ターゲットをお前が取れ!」
「なんで私ばっかり! ナオトも戦いなさいよ!」
「俺は解析中だ! 30秒稼げ!」
「30秒!? 3秒でミンチになるわよ!」
ミオは涙目で走り出した。
ゴーレムが重戦車のような勢いでそれを追う。
ズシン、ズシン、と正確なリズムで追い詰められていく。
その間、ナオトは柱の影でゴーレムの動きを観察していた。
ゴーグルに流れるデータを高速で処理する。
(……装甲は完璧。魔法耐性も万全。OSも安定してる。……だが、ハードウェアには寿命がある)
ナオトの目がゴーレムの関節部分を捉えた。
膝、肘、そして首。装甲の継ぎ目から微かに黒い油が滲んでいる。
(……100年間、ノーメンテナンスだ。オイルは酸化し、パッキンは劣化してるはず。……動きに微細なラグがある)
右足を踏み込む瞬間、0.5秒の遅延。重心移動の際に生じる、わずかなきしみ。
(……いける。ソフトウェアで勝てないなら、ハードウェアでバグらせるまでだ)
「ミオ! こっちだ! 俺の正面に誘導しろ!」
「簡単に言ってくれるわね! 死んだら呪ってやる!」
ミオが急旋回し、ナオトの方へ走ってくる。背後にはドリルを回転させたゴーレムが迫る。
「今だ! 伏せろ!」
「キャッ!」
ミオがスライディングでナオトの足元を滑り抜ける。
目前に迫る鋼鉄の巨体。しかし、ナオトは逃げなかった。
手には武器――ではなく、リュックから取り出した一本の鉄の棒を持っていた。
先がL字に曲がった、長さ1メートルのバールのようなものだ。
「……ハロー、化石システム。強制終了の時間だ」
ゴーレムが右足を踏み出し、ドリルを突き出そうとした瞬間。
ナオトはその足元――床のタイルの隙間にバールの先端を突き刺した。
「ここだッ!」
ガッ!!
バールの先端がゴーレムの右足の関節カバーの隙間に深々と食い込む。
ナオトは全身全霊の体重をかけて、バールの柄を踏み抜いた。
「アルキメデス先生の教えだ! 支点と力点があれば世界だって動かせる!」
バキィッ!!!
嫌な音が響いた。
テコの原理によって増幅された数百キロの負荷が、劣化した一点に集中する。
100年の時を経て金属疲労を起こしていた膝関節のシャフトが、耐えきれずに破断した。
『エラ……ー? 姿勢制御……不能……』
ガクンッ!
右膝が逆方向に折れ曲がる。
支えを失った3トンの巨体が自重に耐えきれず前方へ倒れ込んだ。
ズドォォォォォン!!!
地響きと共にゴーレムが顔面から床に激突する。
ドリルの回転が床を削り、火花を散らして停止した。
「……うそ。倒した?」
ミオが瓦礫の中から顔を出す。
「まだだ! こいつは自己修復機能を持ってる! 再起動する前にCPUを抜くぞ!」
ナオトは倒れたゴーレムの背中に飛び乗った。再びバールを構え、背中の装甲板の隙間にねじ込む。
「ここがメンテナンスハッチだ! セキュリティホールだよ!」
ギギギギギ……!
金属が擦れる音。ナオトはSEとは思えない火事場の馬鹿力で、強引に装甲をこじ開けた。
「開いた! ミオ、中にある赤い魔石を壊せ!」
「分かった! とどめね!」
ミオが飛び上がり、剣を逆手に構える。
「100年間お疲れ様! ゆっくり休みなさい! ハード・ブレイク!」
ズプッ! バリーン!!
剣先が内部機構を貫き、コアである魔石を粉砕した。
ブゥゥン……プスン。
ゴーレムの赤い目の光が消え、駆動音が停止する。完全沈黙だ。
「……ふぅ。勝った……」
ナオトはその場に座り込んだ。
バールを持つ手が震えている。
「物理ハッキングね。……あんた、SE辞めて解体屋になったら?」
「言っとくが、これが一番確実なクラッキングだ。サーバーを物理的に破壊すれば、どんなファイアウォールも意味がない」
「野蛮なSEねぇ。……で、本命はこっちよ」
ミオが視線を向けた先には無傷で残った巨大な金庫の扉。
「番犬は片付いた。……ナオト、鍵開けよろしく」
「任せろ。今度はバールじゃなくて、こいつを使う」
ナオトはゴーレムの残骸から、コードで繋がれたカードキーのような基盤を引き抜いていた。コアの横にあった認証ユニットだ。
「管理者の生体認証が必要だが、こいつのメイン基盤を直結すれば管理者権限を偽装できるはずだ」
「へぇ、よく分かんないけど、泥棒の才能あるわね」
ナオトが基盤を扉のパネルに押し当て、端末を操作する。
ピピピ……カチャッ。重々しい解錠音が響いた。
プシュゥゥゥ……。エアが抜ける音と共に巨大な円形扉がゆっくりと開き始める。
「開いた! ご対面!」
ミオが歓声を上げて中を覗き込む。
そこには床から天井まで積み上げられた財宝の山が――。
「……あれ?」
ミオの声が裏返った。
「……紙? これ、全部、紙?」
金庫の中にあったのは金貨の山ではなかった。
山積みにされた古びた紙束。100年前のドルグ帝国旧紙幣の山だった。
「うそ……嘘でしょ!? 紙屑!? 金貨は!?」
「……ああ、そうか。ここは銀行だもんな。メインは紙幣か……」
「いやぁぁぁ! 紙切れなんていらない! これじゃパン一つ買えないじゃない!」
ミオが絶望のあまり紙幣の山にダイブする。
インフレどころか、国が滅んで価値がゼロになった紙切れのプールだ。
「待てミオ。奥を見ろ」
「もう嫌だ! 帰りゅ!」
「奥だ。……あの棚」
ナオトが懐中電灯を向けた先。
紙幣の山の奥に控えめに置かれた金属製の棚があった。
そこに整然と並べられた鈍く光る延べ棒。
「……え?」
「金塊だ。通貨価値が変わっても、金の価値は変わらない。……金本位制の担保用だな」
「……!!」
ミオが弾かれたように飛び起き、棚へダッシュした。
一本の延べ棒を手に取って、ずっしりとした重みを確かめる。輝きも本物だ。
「き……金だぁぁぁぁ! 本物のゴールド!」
「ざっと見ても50本はあるな。……全部は持てないが、リュックに入る分だけでも億万長者だ」
「ナオト! リュックの中身捨てて! 水筒も食料も捨てて! 全部これにする!」
「バカ、死ぬ気か! 水は命だ! ……持てるのは一人3本までだ」
「ケチ! 5本! 5本持つ!」
「腰が砕けるぞ。……まあ、とりあえず確保だ。これだけあれば相当な財産だな」
「やったぁぁぁ! 勝った! 人生に勝った!」
ミオが金塊を頬ずりし、歓喜の舞を踊る。
ナオトも苦笑しながら、リュックの空きスペースに金塊を詰め込んだ。
薄暗い地下金庫。
機械の残骸と紙屑の山の中で、二人の冒険者はついに確かな報酬を手に入れた。
だが、ここはまだ死の都の地下深く。地上へ戻るまでが遠足である。
「……行くぞ、成金お嬢様。空気が澱んできた」
「はーい! ……あ、もう一本だけ! ポケットに入れる!」
「パンツのゴムが切れても知らんぞ」
二人は重くなったリュックと足取りで、螺旋階段を登り始めた。
その背後で、破壊されたゴーレムが物言わぬ残骸となって静かに眠りについていた。




