第3話 騒がしいマンドラゴラと、沈黙の対価
「……ねえナオト。耳栓、もう外していい?」
「まだだ。まだエリア内だ」
「もうー! 耳がかゆいよぉ! これいつまで続くの!?」
「目標額まであと5株だ。我慢しろ。家を買うんだろ?」
「ううっ……マイホーム……。憧れの暖炉……ふかふかのベッド……」
「そうだ。そのために俺たちは今、泥だらけになって畑仕事をしている。美しい労働の光景だ」
「どこがよ! ここ、断崖絶壁じゃん!」
◇ ◇ ◇
聖都から北へ半日ほど歩いた山岳地帯。
人が容易に近づけないその崖の中腹に、二人の姿はあった。
命綱一本でぶら下がりながら、岩の隙間に生えた奇妙な形をした植物――黄金マンドラゴラを探しているのだ。
「あった! 見てナオト! あそこ! すっごい太いの生えてる!」
「おお、でかしたミオ。あれなら1株で金貨2枚は堅いぞ」
「やった! ステーキ2皿分!」
「単位を肉にするな。……いいか、手順は分かってるな?」
「分かってるって。引っこ抜くと同時に、袋に詰めて密封! でしょ?」
「その前に気絶攻撃だ。引っこ抜いた瞬間の悲鳴を聞いたら、三日三晩寝込むことになるぞ。いくら耳栓をしてても、至近距離じゃ鼓膜より先に脳が揺れる」
「ひえぇ……。植物のくせに生意気だなぁ。よし、任せて!」
ミオが崖を蹴り、ロープの反動を利用して目標のマンドラゴラへと接近する。
手には収穫用の小さなシャベルと、気絶用のピコピコハンマー(のような形状の棍棒)。
「せーのっ、えいっ!」
ズボッ。
ミオが勢いよく根っこを引き抜いた。土の中から現れたのは、苦悶の表情を浮かべたシワシワの赤ん坊のような根塊。その口が、カッと大きく開かれる。
『ギョエエエエエエ――――ッ!!』
「うるさっ!? 耳栓貫通してきたんだけど!?」
「叩け! 歌い出す前に叩くんだ!」
「えいっ! えいっ! 静かにしなさい!」
ポカッ! ポカッ!
ミオが棍棒でマンドラゴラの頭(?)を連打する。
『ギョ……ギョエ……グゥ……』
数回の打撃の末、マンドラゴラは白目を剥いてぐったりと脱力した。
「ふぅ……。静かになった。意外としぶといねこいつ」
「鮮度が命だからな。傷つけずに気絶させるのは、器用さの判定がシビアなんだ。よくやった」
「へへん、もっと褒めていいよ! さあ、袋に入れて……っと」
ミオが腰の麻袋に戦利品を押し込み、ロープを伝ってナオトの元へ戻ってくる。
「これでノルマ達成だね! 帰ろうナオト! 私もう崖登りはこりごり!」
「ああ、十分な稼ぎだ。これだけあれば、しばらくは宿代にも困らな――」
その時だった。
ズズズ……ッ。二人の頭上、崖の上から小石がパラパラと落ちてきた。
「……ん? 何今の音」
「風か? ……いや、違う」
ナオトの顔色が変わる。彼は素早く上を見上げ、そして舌打ちした。
(……ピンゾロ引いたか)
「えっ、何? なんて言ったの?」
「マンドラゴラの悲鳴だ! さっきの音に釣られて、お客さんが来ちまった!」
「お客さんって……うわあああ! 鳥! でっかい鳥!」
崖の上空から急降下してきたのは、翼長5メートルはある巨大な怪鳥――ロック鳥だった。マンドラゴラを好物とする捕食者だ。
『キェエエエエッ!』
「狙われてる! 私たちが持ってるマンドラゴラを狙ってるんだ!」
「おまけに俺たちも餌だと思ってる目つきだなアレは!」
「どうすんの!? こんな宙吊りで戦えないよ!?」
「落とすぞ」
「えっ? 何を? 鳥を?」
「マンドラゴラだ!」
「はあああ!? もったいない! 金貨20枚分だよ!?」
「命と金貨、どっちが大事だ!」
「金貨!!」
「即答するな! いいから袋を投げろ! あいつの興味を逸らすんだ!」
「やだやだやだ! 私のステーキ! 私のふかふかベッド!」
『キェエエッ!』
ロック鳥の鉤爪が、ミオのすぐ横の岩盤を削り取る。
「ひゃあっ!? ……ううっ、覚えてろよこの焼き鳥野郎ぉぉぉ!」
ミオは涙目で、腰の麻袋を力の限り空中に放り投げた。中からこぼれ落ちた黄金色の根っこたちが、空中で目を覚まし、一斉に合唱を始める。
『『『ギョエエエエエエ――――ッ!!』』』
大音量の不協和音。それに反応したロック鳥は空中の珍味へとターゲットを変え、器用に嘴でキャッチして飛び去っていった。
「…………あーあ」
「……命拾いしたな」
「私の金貨……。私の努力……」
「まあ、そう落ち込むな。一応、俺の鞄にも3株ほど入ってる」
「えっ、本当!? さすがナオト! リスク分散してるぅ!」
「だがまあ、これだと今日の高級耳栓代と、ロック鳥避けの香油代を差し引くと……」
「……差し引くと?」
「……今日の晩飯は、またパン半分こだな」
「うわああああん! もう山なんて嫌いだぁぁぁ!」
◇ ◇ ◇
夕暮れの聖都。ギルドへ戻った二人はわずかな報酬を受け取り、とぼとぼと大通りを歩いていた。
「ねえナオト。私たち、いつになったらお金持ちになれるの?」
「地道にいこうぜ、地道に。一発逆転なんて、人生にはそうそうないもんだ」
「地道にやってこれじゃん! ……あ、見てあそこ」
ミオが足を止めたのは、不動産屋のショーウィンドウの前だった。
そこには『聖都の一等地、庭付き一戸建て。金貨5000枚から』という貼り紙がある。
「はぁ……。ゼロが3つくらい多いよ」
「夢を見るのはタダだ。いつか買えるといいな」
「いつかっていつよぉ。おばあちゃんになっちゃうよ」
「その時は、バリアフリーの物件を探そうぜ」
「茶化さないでよっ! ……はぁ。お腹すいた」
「パン、買いに行くか」
「うん。……あ、昨日のパン屋、タイムセールで安くなる時間だよ」
「よし、走るぞミオ。これもまた生存競争だ」
「望むところだよ!」
二人は顔を見合わせると、少しだけ笑って、夕暮れの街を駆け出した。
所持金、微増。けれどマイホームへの道のりは、まだまだ果てしなく遠い。




