第28話 錆びついた渓谷と、無限湧きの死者
「……臭い。鉄錆の臭いがする。あと、なんか埃っぽい」
「我慢しろ。ここは錆びついた渓谷だ。100年前の大戦の古戦場で、死者の数が多すぎて土壌が変質してるんだとさ」
「うわぁ、最悪のロケーション。心霊スポット巡りなんて趣味ないんだけど」
「観光じゃない、近道だ。ここを抜ければ、ゼルト国境までの道のりを3日分短縮できる。燃料と食料の節約だ」
「命を節約した方がよくない? ここ、絶対に出るわよね? お化けとかゾンビとか」
「出るだろうな。冒険者ギルドの資料によれば、夜間の危険度はAランク。『無限湧きの死地』だそうだ」
「帰りましょう! 今すぐUターンよ!」
◇ ◇ ◇
夕暮れ時。
空が紫色に染まり始める頃、ナオトとミオを乗せたトライクは巨大な渓谷の入り口に差し掛かっていた。
地面は酸化した鉄のように赤黒く、あちこちに朽ち果てた剣や鎧、そして戦車の残骸などが突き刺さっている。
風が吹くたびに、ヒュオオオ……と亡者の呻き声のような音が峡谷に反響していた。
「あー、もう! 空気が澱んでる! マイナスイオンじゃなくて怨念イオンが充満してるわよ!」
「お前のその野生の勘は便利だな。……そろそろ日没だ。ここで野営するぞ」
「はぁ!? 正気!? こんな墓場の真ん中で寝るの!?」
「移動中に夜襲を受けたら対処できない。地形有利な場所で陣地を作って、朝まで迎撃するんだ。……あそこの岩陰がいい。背後が崖で、敵の侵入ルートを正面に絞れる」
ナオトは手際よくトライクを岩壁に寄せ、エンジンを切った。
静寂が訪れるはずだったが、代わりに耳障りな音が聞こえてくる。
カチッ、カチッ、と骨と金属が触れ合うような音だ。
「……ねえ、ナオト。なんか聞こえない?」
「聞こえるな。地下から湧いてくる音だ」
「……帰りたい。お風呂入りたい。ふかふかのベッドで寝たい」
「泣き言を言うな。ほら、仕事だ。この特製燃料タンクを設置するのを手伝え」
ナオトがトライクの荷台から降ろしたのは、ガソリンの予備タンクに、何やら複雑な配管とノズルを取り付けた改造装置だった。
「なにこれ? スプリンクラー?」
「簡易式・聖水散布機だ。昨日の夜、ハンターから奪ったガソリンとポンプを改造して作った」
「聖水? そんな高価なもの持ってたっけ?」
「純正品はな。だが、代用品ならある」
ナオトは小袋を取り出し、タンクの中へ銀色の粉末をサラサラと流し込んだ。
「銀粉コーティング剤だ。本来は武器に塗ってアンデッド特効を付与するための簡易エンチャントアイテムだが……これを燃料に混ぜる」
「えっ、ガソリンに銀粉を? エンジン壊れない?」
「エンジンには使わん。これは燃やすために撒くんだ。……ガソリンの物理的熱量と、銀の浄化属性。この二つを掛け合わせればどうなると思う?」
「……すごく、よく燃えそうね」
「正解だ。物理と魔法のハイブリッド・ナパームだ。名付けて浄化の炎システムだ」
「ネーミングセンスが中二病じみてきたわね……」
◇ ◇ ◇
そして、夜が来た。
太陽が沈み、月が昇ると同時に赤黒い地面がボコボコと沸騰するように動き始めた。
ズズッ……。ガシャッ……。
土の中から白い手が突き出す。
錆びついた兜を被った頭蓋骨が現れる。肋骨だけの体にボロボロの鎖帷子を纏った骸骨兵たちだ。
「うわぁ……。湧いてきた。ワラワラと」
ミオが嫌そうな顔で剣を抜く。
岩陰の陣地から見渡す限り、峡谷全体が白い骨の海に変わっていた。
数百、いや数千。100年前の兵士たちが生前の殺意をそのままに蘇っている。
「数が多いな。……鑑定。種別:スケルトン・ソルジャー。レベルは低いが数は測定不能だ」
「質より量ってわけね! ……来るわよ!」
カチカチカチッ!
顎の骨を鳴らしながら、先頭のスケルトン集団が襲いかかってきた。
錆びた剣や槍を構え、ぎこちない動きで迫る。
「まずは小手調べよ! ウインド・スラッシュ!」
ブンッ!
ミオが剣を振るい、カマイタチを放つ。風の刃がスケルトンの群れを切り裂く――はずだった。
スカッ! カキンッ!
「……は?」
風の刃は肋骨の隙間を素通りしたり、硬い頭蓋骨に弾かれたりして、決定的なダメージを与えられない。数体が転んだだけで、すぐに体勢を立て直して向かってくる。
「なんで!? 今の直撃コースだったでしょ!?」
「相性が悪いんだよ。スケルトンは斬撃と刺突に耐性を持ってる。肉がないから切っても意味がないし、突いても隙間を通るだけだ」
「うわ、めんどくさっ! TRPGあるあるの打撃武器を持ってくればよかったってやつ!?」
「正解だ。メイスかハンマーなら特効が入るんだがな」
「持ってないわよそんなの! 私のビルドは魔法剣士 (軽戦士)なの!」
「なら魔法で燃やせ」
「MPがもったいないわよ! こいつら無限湧きなんでしょ!? ガス欠になったら私たちが骨になる番よ!」
「ギャアアアッ!」
ミオが叫んでいる間にも、スケルトンの一体が肉薄し、錆びた剣を振り下ろしてきた。
「邪魔ァ! シールド・バッシュ!」
ガシャァァン!
ミオは剣の腹で殴りつけ、スケルトンを粉砕する。
「やっぱり物理が一番ね! ……でも、きりがない!」
倒しても倒しても、地面から次々と新しい骨が生えてくる。まさにゾンビ映画ならぬ、スケルトン映画のクライマックスだ。
「ハァ……ハァ……。ナオト、まだ!? 腕が疲れてきた!」
「十分だ。敵の密度が最高潮に達した。……そろそろ掃除の時間だ」
ナオトは陣地の後方で、トライクのバッテリーに繋いだスイッチを握った。
「ミオ、伏せろ! 聖水散布機、起動!」
ブシュゥゥゥッ!!
陣地の前に設置されたノズルから、銀色の液体が霧のように噴射された。
ガソリンの刺激臭と銀の金属臭が混じり合う。
最前列にいたスケルトンたちが頭から液体を浴びて濡れ鼠、いや、濡れ骸骨になる。
「なによこれ! ガソリン臭い!」
「着火!」
ナオトが指を鳴らし、小さな火種を投げ込む。
ボォォォォォォォッ!!
猛烈な炎が巻き起こった。ただの炎ではない。銀粉を含んだその炎は青白く神聖な輝きを放っている。
「ギャガガガガッ!?」
スケルトンたちが音のない悲鳴を上げる。
炎に触れた骨が瞬く間に炭化し、崩れ落ちていく。
浄化の属性を帯びた炎はアンデッドにとって猛毒であり、絶対的な捕食者だ。
「うわ、すごっ! 一瞬で灰になった!」
「銀による特効ダメージ倍率200%、さらに炎上によるスリップダメージだ。物理耐性なんて関係ない」
炎の壁が陣地の前を塞ぎ、突っ込んでくるスケルトンたちを次々と飲み込んでいく。それは自動化された処刑場であり、効率的な経験値回収システムだった。
「ひゃっはー! 燃えろ燃えろぉ! 汚物は消毒よー!」
「テンション上がりすぎだ。……よし、燃料消費率は安定。このペースなら朝まで持つな」
「ねえナオト、これ楽勝じゃない? 私、寝てていい?」
「ダメだ。ボスが出るかもしれない。ほら、マップの赤点が一点だけデカいぞ」
ズシンッ……。ズシンッ……。
炎の向こうから、一際大きな足音が響いてきた。
燃え盛るスケルトンの群れを押しのけて現れたのは身長3メートルはある巨大な骸骨。
全身に重厚なプレートアーマーを纏い、身の丈ほどのグレートソードを引きずっている。
「……出たな。スケルトン・ジェネラル。この古戦場の司令官クラスだ」
「デカっ! しかも鎧着てるじゃない! 炎が効いてないわよ!」
「魔法耐性持ちか。……ミオ、出番だ」
「へ? 私? 斬撃効かないって言ったじゃん!」
「普通の剣ならな。……これを使え」
ナオトは予備の銀粉コーティング剤の袋をミオに投げ渡した。
「剣に塗れ。効果時間は3分だ」
「なるほど! 聖別のエンチャントね!」
ミオは袋を破り、魔鉄の剣に銀の粉を擦り付ける。刀身が月光を反射して、神々しい銀色に輝き出した。
「よし、これなら通る! ナオト、援護よろしく!」
「了解。目潰しで隙を作る!」
カッッッ!
照明弾が炸裂し、ジェネラルの虚ろな眼窩を焼く。
「グオォォッ!」
「今だ! 隙あり!」
ミオが岩陰から飛び出す。
炎の壁を跳躍で飛び越え、ジェネラルの懐へと潜り込んだ。
「喰らえ! 銀の刃! 必殺・シルバー・クロス・スラッシュ!」
ギンッ! ザシュッ!
銀色の軌跡が十字を描く。
分厚いプレートアーマーが紙のように切り裂かれ、その下の脊髄ごと断ち切られた。
「……成仏しなさい!」
ズドォォォン!!
ジェネラルの巨体が崩れ落ち、轟音と共に塵となって消滅した。
後に残ったのは巨大な剣と、キラリと光るドロップアイテムだけ。
「やった! 撃破!」
「ナイスだ。……ちょうど燃料も切れそうだ」
プスン……。
聖水散布機の炎が小さくなり、消えていく。
周囲のスケルトンたちも、指揮官を失ったせいか、あるいは夜明けが近いせいか、土の中へと戻り始めていた。
◇ ◇ ◇
「……ふぅ。疲れた。骨の粉で全身真っ白よ」
朝日が昇る頃。渓谷は再び静寂を取り戻していた。
ミオが髪についた白い粉 (骨粉)を払いながら、うんざりした顔をする。
「お疲れ。だが、実入りは良かったぞ」
ナオトは灰の山の中からドロップアイテムを回収していた。
手にはずっしりと重い袋が握られている。
「ジェネラルが落とした魔鋼のインゴットに大量の魔石。それに錆びてない装備品もいくつか回収できた」
「へぇ、いくらになる?」
「換金すれば金貨10枚にはなるな。ガソリン代と銀粉代を引いても黒字だ」
「やった! 臨時ボーナス!」
「それに、経験値も稼げた。レベルアップのファンファーレが聞こえてきそうだ」
「まあね。アンデッド狩りは効率がいいわ。……でも」
ミオは自分の匂いを嗅いで、顔をしかめた。
「臭い! ガソリンと焦げた骨と汗の匂いが混じって、最悪のスメルよ! 女子力がゼロになったわ!」
「安心しろ、元からゼロだ」
「殺すわよ!? ……あーあ、お風呂入りたい。温泉とかないの?」
ミオの悲痛な叫びが、朝の荒野に響く。
ナオトはマップを確認し、ニヤリと笑った。
「……あるぞ」
「えっ?」
「この渓谷を抜けた先に、間欠泉地帯がある。地図によれば、天然の露天風呂が湧いてるらしい」
「ホント!? 嘘ついたら火あぶりにするわよ!」
「ホントだ。……ただし、そこも無法地帯だけどな」
「関係ないわ! お湯が出るならそこは天国よ! 行くわよナオト! 全速前進!」
ミオが元気よくトライクに飛び乗る。
現金なものだ。さっきまでの疲れはどこへやら、瞳が温泉マークに変わっている。
「はいはい。……湯冷めしないように気をつけろよ」
ドロロロロ……!
トライクが朝日の中を走り出す。
死の渓谷を越えた先には待望の癒やしスポットが待っている。
旅の汚れを落とすため、そして読者サービス (?)のため。
一行は湯煙の彼方へとアクセルを踏み込んだ。




