第27話 賞金稼ぎと、即席の落とし穴
「……暑い。無理。溶ける。私がスライムだったらとっくに蒸発してMPだけになってるわ」
「文句を言うな。口を開けると水分が逃げるぞ。砂漠の基本だ」
「だってぇ……ここ暑すぎない? 肌がジリジリ焼ける音が聞こえるんだけど!」
「気温45度、湿度10%。地球の砂漠よりは慈悲があるな。……ほら、水だ。ちびちび飲めよ」
「んぐ、んぐ……。ぷはぁっ! ……ぬるい! お湯じゃない!」
「沸騰してないだけマシだろ」
「もうっ、……魔導連邦ゼルトだっけ……あと何キロあるのよ?」
「マップ上の直線距離で残り400キロだ。今のペースならあと3日はかかる」
「3日ぁ!? 無理よ! 私の肌が乾燥で砂漠化しちゃう! 化粧水も乳液もないのに!」
「昨日の夜、魔獣の脂を精製してやっただろ。あれを塗っとけ。保湿効果はあるはずだ」
「あの獣臭いやつでしょ! 絶対イヤ! あんなの顔に塗ったら、また魔獣が寄ってくるわよ! 美味しそうな顔ですね、いただきまーすって!」
「それはそれで食材確保の手間が省けて合理的だ。向こうからデリバリーしてくれるんだからな」
「デリカシーって言葉、辞書で引いてから出直してきて!」
ジリジリと太陽が照りつける正午過ぎ。
赤茶けた岩と砂だけの鉄屑の荒野を、継ぎ接ぎだらけの軍用トライクが走っていた。
運転するのは、ゴーグルで目元を隠したナオト。
後部座席で文句を垂れ流しているのは、ボロボロのローブを纏ったミオだ。
二人は昨夜のカレー防衛戦で手に入れた魔獣の牙を、早朝に出会った行商人の馬車で換金し、わずかな水と燃料を手に入れていた。
しかし、過酷な環境はSAN値 (正気度)を容赦なく削っていく。
「あーあ。金貨100枚の賞金首様なのに、なんでこんな貧乏旅行なのよ。もっとこう、悪の組織の幹部らしくリムジンとかないの? 冷えたシャンパンとか」
「賞金首だからこそだろ。目立てば即、ハチの巣だ。……見ろ、インカムの傍受ログだ」
ナオトがハンドル横に固定した、配線むき出しの通信端末を指差す。そこには荒いノイズ混じりの音声波形が表示されていた。
『……ザザッ……こちらサンド・バイパー。ターゲットの車両を確認……』
『……ポイントB2にて待機中。……賞金は我々のものだ……どうぞ……』
「……うわ、ガチなやつじゃん。完全にロックオンされてる」
「ああ。どうやら俺たちの現在地はバレてるらしい。GPSもない世界でよくやるよ。さすがは金貨100枚、寄ってくるハエの質が違うな」
「サンド・バイパーって、たしか中堅の賞金稼ぎチームよね? ギルドの酒場で名前聞いたことあるかも」
「砂漠の毒蛇か。……ネーミングセンスは中二病だが、実力は本物らしいぞ。武装バギーによる高速戦闘と、遠距離からの狙撃を得意とするチームだ」
「へぇ、詳しいのね。ファンなの?」
「さっき行商人から情報を買ったんだよ。銀貨2枚でな。……情報収集は基本だろ? 敵のスペックを知らずにボス戦に挑むのは自殺行為だ」
「はいはい、さすが元GM様。……で、どうすんの? 迎え撃つ? 経験値にしちゃう?」
「まさか。弾薬とMPの無駄だ。こっちはリソース不足なんだぞ。……極力戦闘は回避したいところだが」
キキィィィッ!!
突然、ナオトが急ブレーキをかけた。
タイヤが砂を巻き上げ、トライクが横滑りしながら停止する。
「きゃあッ!? ちょっと、なによ急に! ムチ打ちになる!」
「伏せろミオ! 12時の方向、岩場の上!」
「えっ?」
ヒュンッ! ……ドォォォン!!
直前までトライクが走るはずだった地面が、爆音と共に弾け飛んだ。
砂煙が舞い上がり、フロントガラスにパラパラと小石が降り注ぐ。
「ば、爆発!? 地雷!?」
「いや、魔導狙撃だ! 着弾と同時に爆発する術式を込めた弾丸だ! ……いい腕してやがる、偏差射撃が完璧だ」
「感心してる場合!? 殺しに来てるわよ!」
「当たり前だ! 生死問わず、なんだからな!」
ドドドシッ! ドドドッ!
岩場の方角から、さらに数発の銃弾が撃ち込まれる。
狙いは正確にエンジンブロックとタイヤだ。
「チッ、足止め狙いか! ……ミオ、飛び降りろ! シートに座ってたら爆発に巻き込まれるぞ!」
「きゃあっ! ちょ、降りるわよ!」
二人は横滑りするトライクから、転がるように砂地へ飛び出した。
「ナオト、どこに隠れるの!? 隠れる場所なんてないわよ!」
「クソッ、平地すぎて遮蔽物がない! ……リスクはあるが、トライクの陰に入るしかない! エンジンの反対側に回れ!」
「私の可愛いトライクちゃんが盾代わりなんて! 穴だらけになっちゃう!」
「俺たちが穴だらけになるよりマシだ! 頭を低くしてろ!」
二人は停止したトライクの背後に滑り込み、身を縮めた。
金属質の着弾音が、頭上の車体を激しく叩く。
『警告する! 賞金首ナオト、およびミオ! 貴様らは包囲されている!』
拡声器の野太い声が岩山に反響する。
『我々はハンターチーム、サンド・バイパー! 大人しく投降すれば、手足の一本くらいは残してやる! 抵抗すればミンチだ!』
「……手足一本残すって、それダルマじゃない。死んだほうがマシよ」
「交渉決裂だな。……状況分析。敵は3名。岩場の上のスナイパー1、そして左右から回り込んでくるバギーが2台」
「包囲殲滅陣形ってやつね。……どうする? こっちは遮蔽物なしの平地よ。ジリ貧だわ」
「真正面から撃ち合えばな。……だが、奴らには致命的な弱点がある」
「弱点? 性格が悪いとか? ファッションセンスがダサいとか?」
「それもあるが……奴らはプロだってことだ」
「は? プロだから強いんじゃないの?」
「逆だ。プロはコストパフォーマンスを気にする。金貨100枚の賞金首相手に、無傷で勝とうとするあまり慎重になりすぎる傾向があるんだよ」
ナオトは懐から、昨夜の残りの謎のスパイス袋 (火薬入り)と、空になった水筒を取り出した。
そして、トライクの燃料ホースを引き抜き、チョロチョロと水筒へガソリンを注ぎ始める。
「作戦変更。撤退戦に見せかけた、釣り野伏せを行う」
「釣り……なに? また物騒なこと考えてる顔ね」
「要するに、逃げるフリをして罠にハメるんだよ。……ミオ、お前の土魔法で、ここの地面を脆くできるか?」
「え? 地面を? ……まあ、砂地だし簡単だけど」
「よし。トライクの前方3メートル、深さ2メートルの範囲を落とし穴に改造しろ。ただし、表面は固めたままでな」
「なるほど! 古典的なピット・トラップね! ……でも、あいつらが都合よく引っかかるかしら?」
「引っ掛けるんだよ。……俺たちの命という美味しそうな餌を使ってな」
◇ ◇ ◇
『……応答なし。抵抗の意思ありと見なす! 総員、突撃!』
リーダーの号令と共に左右の岩陰から2台の武装バギーが飛び出した。
搭載されたガトリングガンが空転し、威嚇的な音を立てる。
「ヒャッハー! 金貨100枚いただきだァ!」
「逃がさねえぞ! 女の方は生け捕りだ!」
ハンターたちは勝利を確信していた。
相手は遮蔽物のない平地で動けなくなったトライク。こちらは高機動のバギー。 勝負は見えている。
「……来たぞミオ。距離100、50……」
「近い近い! 顔のニキビまで見えるわよ!」
「今だ! スモーク!」
ナオトが足元に発煙筒を叩きつける。
プシュァァァッ!
白煙が噴き出し、トライク周辺の視界を奪う。
「煙幕だと!? 小賢しい!」
「突っ込め! 煙の中で挽き肉にしてやる!」
バギーは減速することなく、煙の中へと突入する。その瞬間――。
「うわぁぁぁっ! やられたァァァッ!」
煙の中から、ナオトの絶叫が響いた。続けて、ミオの悲鳴。
「きゃあああっ! ナオト! ナオトが撃たれた!」
それを聞いたハンターたちの顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。
「へっ、マグレ当たりか! スナイパーの野郎、いい仕事しやがる!」
「チャンスだ! 死体を確認して首を獲るぞ!」
バギーの男たちはアクセルを緩め、獲物を検分するためにトライクの目の前で停車しようとした。
そこは、ナオトたちが隠れている岩のすぐ側。そして――。
ズズズッ……。
「……あん?」
先頭のバギーのタイヤが妙な沈み方をした。
「おい、なんだ? 地面が……」
煙が晴れる。
そこには血を流して倒れているはずのナオトとミオの姿はなかった。
代わりにトライクの荷台に座り、ニヤニヤと笑いながら起爆スイッチを握るナオトと、地面に手を当てて詠唱を完了したミオがいた。
「……よう。足元がお留守だぞ、プロの方々?」
「……え?」
「発動! アース・シンク (地盤崩落)ッ!」
ミオが叫びと共に地面を叩く。
ズゴォォォォォォッ!!
バギーが停車していた地面が突如として大口を開けた。
ミオがあらかじめ内部を空洞化しておいた、即席の巨大落とし穴だ。
「うわぁぁぁっ!? 落ちるぅぅぅ!?」
「バ、バギーがァァァッ!」
ガシャーン! ドガガッ!
2台のバギーは乗員もろとも深さ3メートルの穴の底へと転落した。
重い車体が重なり合い、身動きが取れない状態になる。
「ぐ、ぐあぁ……! き、貴様ら……!」
「罠だと……!?」
穴の底でうめくハンターたち。
上からナオトが冷ややかな視線で見下ろす。
「罠じゃない。環境利用闘法と言ってくれ。……それと、おまけだ」
ナオトは手に持っていた水筒 (中身は昨夜の残りの火薬入りスパイスとトライクの燃料を混ぜた即席焼夷弾)に火をつけ、穴の中に放り込んだ。
「ファイヤー・イン・ザ・ホール!」
「ひぃッ!? 火はやめろ! 燃料タンクが!」
ボォォォォン!!
爆発的な炎が穴の中で燃え上がる。
もちろん、直撃させれば死ぬので、少し離れた位置に落とした威嚇用だ。
だが、ガソリン臭のする穴の中で炎を見せられたハンターたちはパニック状態で戦意を喪失した。
「降参! 降参だ! 助けてくれぇぇ!」
「熱い! スパイシーな匂いがする! 目が痛い!」
「……スパイシー?」
ミオが首を傾げる。
「ああ、昨日の激辛パウダー入りだからな。目に入ると染みるぞ」
「悪魔ね、あんた……」
◇ ◇ ◇
「……それで。スナイパーの方はどうするの?」
穴の中の二人を無力化した後、ミオが岩場の方角を睨む。まだ一人、厄介な狙撃手が残っているはずだ。
「ああ、あいつならもう逃げたぞ」
「へ? 逃げた?」
「インカムの通信が切れた。前衛が全滅した時点で、損切りして撤退したんだろう。……それがプロの判断だ」
「薄情な連中ねぇ。仲間じゃないの?」
「金で繋がっただけのパーティなんてそんなもんだ。……さて、戦利品の回収タイムだ」
ナオトは穴の底へロープを垂らし、咳き込むハンターたちに声をかけた。
「おい、命が惜しければ装備を置いていけ。食料、水、弾薬、それと財布だ」
「き、貴様ら……!」
「俺たちは賞金首なんでな。良心の呵責なんてものはない」
「さっさとしなさい! でないと、上から追加の激辛スパイスを投下するわよ!」
「やめろぉぉ! 全部やる! 全部持っていけぇぇ!」
数分後。
トライクの荷台には上質な水、保存食、そしてバギーから抜き取ったガソリンが満載されていた。
「大漁大漁! さすがプロね、いい物持ってるわ!」
ミオが高級そうな乾燥肉をかじりながらご満悦だ。
「燃料も満タンだ。これで次の『錆びついた渓谷』までは余裕で持つな」
「ねえ、このバギーはどうするの? トライクより速そうだけど」
「置いていく。目立ちすぎるし、GPS (魔導発信機)が仕込まれてる可能性がある。……それに」
ナオトは愛車であるボロボロのトライクのシートをポンと叩いた。
「俺はこいつの積載量と整備性の悪さが気に入ってるんだ。手がかかるほど可愛いって言うだろ?」
「はいはい、メカオタク乙。……さあ行こう! このジャーキー、塩味が効いてて最高よ!」
「俺にもよこせ。……行くぞ!」
ドロロロロ……!
トライクが軽快なエンジン音を響かせて再出発する。
背後の穴からは身ぐるみ剥がされたハンターたちの情けない救助要請の声が響いていたが、二人は振り返ることなくアクセルを踏み込んだ。
金貨100枚の首級を狙う者はこれからも現れるだろう。
だが、この荒野においては知恵と図太さ、そして多少の悪意を持つ者こそが強者なのだ。




