第25話 ガス欠の危機と、鉄屑の略奪者たち
「暑い……。無理……。溶ける……」
「文句を言うな。口を開けると水分が蒸発するぞ」
「だってぇ……ここ、サウナよサウナ! エアコンないの!? 文明はどこに行ったのよ!」
ジリジリと照りつける太陽。視界の限り広がる赤茶けた荒野。
ドルグを脱出して数時間。ナオトとミオは|大陸東部に広がる無法地帯のただ中にいた 。
文明圏である魔導連邦ゼルトへ向かうには、この広大な無人地帯を縦断しなければならない。
だが、二人の前に立ちはだかったのは、モンスターでも追手でもなく――。
プススン……。
プスン。……シーン。
「……あ」
快調に走っていた軍用トライクが、情けない音を立てて停止した。
荒野に静寂が戻る。聞こえるのは風の音と、ミオの絶望的な溜息だけだ。
「……ねえナオト。今の音、何?」
「……エンジンの停止音だな」
「それは分かってるわよ! 原因を聞いてるの!」
「ガス欠だ」
「はぁぁぁぁ!? ちょっと、整備不良じゃない!?」
「無茶言うな! 国境突破の時に魔力ブーストを使いすぎたんだ! 燃費計算なんてしてる余裕なかっただろ!」
「じゃあどうすんのよ! ここは荒野のど真ん中! ガソリンスタンドなんてないわよ!」
「落ち着け。……ステータス画面を確認する」
ナオトはトライクから降り、荷台の荷物を検分し始めた。
「水、残り2リットル。食料、乾燥肉とビスケットが3日分。金貨、30枚。……そして燃料、ゼロ」
「お金があっても買える場所がない! 典型的な死に金じゃない!」
「その通りだ。今の俺たちは砂漠で札束を握りしめて干からびる成金と同じだ」
「笑えないわよ! ……ねえ、魔法で動かせないの? あんたのMPを使えば……」
「俺のMPは有限だ。それに、このトライクは蒸気と魔力のハイブリッドだ。水も魔石も足りない」
「詰んだ……。新章、開始5分でゲームオーバー……」
ミオが地面に崩れ落ち、砂埃を立てる。
ナオトは腕を組み、地平線を睨んだ。元SEとしての思考が現状打破の最適解を検索する。
(……諦めるな。ここは鉄屑の荒野だ 。ドルグに近いこのエリアには資源ゴミを漁る連中がいるはずだ)
「……ミオ。起きろ。仕事の時間だ」
「えぇ……? もう動きたくない……」
「現地調達するぞ」
「調達って、何を?」
「燃料だ。……見ろ、あっちだ」
ナオトが指差した先。
陽炎の揺らぐ地平線の向こうから、もうもうと土煙が上がっていた。
ドロロロロ……という重低音が地面を伝わって響いてくる。
「……車? 誰か来たの? ヒッチハイクする?」
「甘いな。双眼鏡で確認……。……ビンゴだ」
ナオトの視界に映ったのは改造されたバギーやバイクの集団だった。
乗っているのは人間ではない。緑色の肌をした筋肉質の亜人種――オークたちだ 。
彼らは「ヒャッハー!」と叫びながら (叫んでいるように見える)、空に向けて銃を撃ち鳴らしている。
「鉄屑の略奪隊』だ。この辺りを縄張りにしているオークの暴走族だな」
「うわぁ……。絵に描いたようなモヒカンと肩パッド……。世紀末ね」
「奴らのバイクを見ろ。黒い煙を吐いてる。……つまり、粗悪だが燃料を使ってる証拠だ」
「……あ」
ミオがガバッと起き上がり、スカートの土埃を払った。
その瞳から疲労の色が消え、代わりに獲物を狙う肉食獣の輝きが宿る。
「なるほどね。ガソリンスタンドが向こうから走ってきてくれたわけだ」
「そういうことだ。……交渉は通じない相手だぞ?」
「分かってるわよ。こちらの通貨 (暴力)で支払うんでしょ? ……ストレス発散には丁度いいわ!」
ジャキィン!
ミオが愛用の魔鉄の剣を抜き放つ。
「作戦プランC。強行制圧と資源収奪で行く。……ミオ、トライクを守れ。俺が奴らのタンクから燃料を抜き取る」
「了解! タンク兼アタッカーね! 任せて!」
◇ ◇ ◇
「ヒャッハー! 見ろぉ! 獲物がいるぞぉ!」
「女だ! 上玉だ! 身ぐるみ剥いで俺たちの嫁にするんだぁ!」
オークたちの車列が、ナオトたちを包囲するように展開する。
改造バイクが10台。武装バギーが3台。総勢20匹以上のオークが、錆びついた斧やチェーンソーを振り回して迫ってきた。
「へいへい、元気なこと。……ねえ豚さんたち、ちょっと静かにしてくれない?」
ミオが荒野の真ん中で仁王立ちする。
「なんだこの女ァ! 命乞いもしねえのか!」
「俺様の鉄の牙でミンチにしてやる!」
先頭のバイクに乗ったオークが、トゲ付きのバンパーを向けて突っ込んできた。
「ミオ、来るぞ! 回避判定!」
「必要ないわよ、こんなトロい攻撃!」
ブォンッ!
ミオは一歩も動かず、突っ込んでくるバイクを正面から見据える。そして、激突寸前――。
「ウインド・ブラストッ!!」
ドォォォォン!!
ミオの掌から放たれた圧縮空気の塊が、バイクのフロントを直撃した。
物理法則を無視した衝撃に、オークのバイクはウィリー状態で宙を舞う。
「ブギョオオオッ!?」
ガシャンッ! ドサッ!
ひっくり返ったバイクの下敷きになり、オークがピクピクと痙攣する。
「はい次! ガソリン持ってる奴から前に出なさい!」
「なっ……!? 魔法使いか!?」
「ひるむな! 囲んで叩け!」
残りのバイク部隊が一斉にエンジンを吹かす。
「ナオト! 数が多い! 範囲攻撃使っていい!?」
「許可する! ただし燃料タンクは狙うなよ! 爆発したら元も子もない!」
「注文が多いわね! ……ええい、なら物理で黙らせる!」
ミオが砂煙の中に飛び込む。
剣閃が走るたびに、バイクのタイヤが切り裂かれ、オークたちが宙を舞う。
「アクセル・ターン! からの居合斬り!」
「ブヒィィィッ!」
「こっちには魔法剣! ……あ、しまった燃えちゃった!」
「バカ! 燃料を燃やすなと言っただろ!」
ミオが大暴れしてヘイトを稼いでいる隙に、ナオトは素早く動き回っていた。
手にはホースと携帯缶。
転倒したバイクや、混乱して止まったバギーに忍び寄り、手際よく給油口を開けていく。
(……純度が低いな。精製前の原油に近い。だが、俺のトライクならフィルターを通せば動く)
チュルチュルチュル……。
戦場とは思えないのんきな音を立てて、ナオトはガソリンを抜き取っていく。
「おい貴様! 何をしている!」
バギーの上にいたリーダー格のオークが、ナオトに気づいて巨大なスパナを振り上げた。
「盗っ人め! 人のガソリンを!」
「人聞きが悪いな。これは緊急避難的措置だ。それに、お前らが襲ってきたのが悪い」
「死ねェッ!」
ブォンッ!
振り下ろされたスパナをナオトは紙一重で回避する。
回避スキル・成功だ。
「遅いな。……お返しだ。目潰し!」
カッッッ!!!!
ナオトが投げつけた小瓶が炸裂し、強烈な閃光がオークの目を焼く。
「グオォォッ! 目が! 目がァ!」
「今のうちに……満タンまでいただきます」
ナオトは怯むオークを尻目に、バギーの予備タンクごと強奪した。
◇ ◇ ◇
数分後。
荒野にはタイヤを奪われ、身ぐるみ剥がされたオークたちの残骸が転がっていた。
「……ふぅ。いい運動になったわ」
ミオが剣を納め、額の汗を拭う。
「燃料確保、完了だ。バギーのタンクごと貰ったから、これで当分は持つだろう」
「食料は? なんか美味しいもの持ってた?」
「……見るな。見ない方が幸せだ」
ナオトはオークの荷台にあった謎の肉と濁った水を見て、静かに蓋を閉じた。
さすがに衛生判定に失敗しそうだ。
「ちぇっ。使えない豚さんたちね」
「まあいい。水と食料は次のオアシスか交易所で探そう。燃料さえあれば移動できる」
ナオトはトライクに燃料を補給し、エンジンキーを回した。
ドロロロロ……!
力強いエンジン音が復活する。少し黒煙が多いのは燃料の質のせいだろう。
「乗れミオ。日が暮れる前に安全地帯を見つけるぞ。夜の荒野はアンデッドが出る」
「了解! ……ねえ、あいつらどうするの?」
ミオが指差した先ではパンツ一丁にされたオークたちが「覚えてろぉぉ!」とテンプレ通りの捨て台詞を吐いていた。
「放置だ。殺しても経験値にならんし、死体処理が面倒だ」
「優しいわね、ナオトは」
「合理的なだけだ。……行くぞ!」
キュルルルッ!
トライクが砂煙を上げて急発進する。背後のオークたちの悲鳴が遠ざかっていく。
「次はまともなご飯が食べたいわ! カレーとか!」
「贅沢言うな。……だがまあ、スパイスの材料くらいなら、次の街で見つかるかもな」
「本当!? 約束よ! 今夜はカレーパーティーよ!」
二人は過酷な荒野をピクニック気分で駆け抜けていく。
ここが法も秩序もない無法地帯であることを、彼らはまだ本当の意味では理解していなかった。
この先に待つのが、飢えと渇き、そして正真正銘の死と隣り合わせのサバイバルであることを――。




