第2話 赤字続きの墓荒らしと、聖水の値段
「お腹すいた」
「奇遇だな。俺もだ」
「ねえナオト。昨日の今頃、私たち何してたっけ?」
「最高級の霜降り熊ステーキに舌鼓を打ち、年代物の赤ワインで乾杯していたな」
「だよねえ! 夢じゃなかったよねえ! ……で、なんで今、私たちの財布には銅貨が3枚しか入ってないわけ?」
「簡単な引き算だミオ。熊の素材が金貨30枚で売れた。ステーキとワインと、ふかふかのベッドがあるスイートルーム代が金貨29枚と銀貨97枚だった。残りはこれだけだ」
「使いすぎだよ馬鹿! なんで止めてくれなかったの!?」
「お前が『今日はパーティーだ! 全部頼んじゃえ!』ってメニューの端から端まで指差したんだろうが。俺は止めたぞ、最初の3回くらいは」
「うぐっ……。で、でもさ、冒険者だよ? 宵越しの金は持たないのが流儀っていうか……」
「その結果がこれだ。見ろ、この聖法国ヴァルドリアの美しい街並みを。白亜の壁、整備された石畳、そして道端で腹を鳴らす俺たち」
「ううう……惨めだ……。働こう、ナオト。肉じゃなくてもいい、パンが食べたい」
「そう言うと思って、目ぼしい依頼は見繕ってある」
「さすが仕事が早い! で、どんなの? また熊?」
「いいや、ここは聖法国だからな。土地柄、こういう仕事が多い」
ナオトが取り出した依頼書には、教会の印章と共にこう書かれていた。
求む:第4地下墓地の定期清掃
地下墓地に溜まった不浄なゴミの焼却と撤去をお願いします。
報酬:金貨5枚
「掃除? 金貨5枚ももらえるの?」
「不浄なゴミの意味を履き違えてなきゃいいがな。まあ、行ってみようぜ」
◇ ◇ ◇
聖都の郊外にある第4地下墓地。石造りの階段を降りた先は、ひんやりとした冷気とカビ臭い空気に満ちていた。壁には無数の遺骨が埋め込まれ、青白い燐光が通路を照らしている。
「……ねえナオト。なんかここ、出るよね?」
「出るな」
「お化け?」
「骨だ」
カチャ、カチャカチャ……。通路の奥から乾いた音が響いてくる。現れたのは錆びた剣と盾を持った人骨――スケルトンだった。それも1体や2体ではない。通路を埋め尽くさんばかりの集団だ。
「うわっ、やっぱり! 不浄なゴミってこれのことか!」
「聖法国じゃアンデッドは掃除するもんだからな。来るぞミオ、構えろ!」
「了解! 燃えちゃえ!」
ミオが魔法剣を振るう。炎を纏った刃が先頭のスケルトンの胴体を横薙ぎにした。
――スカッ。
剣は肋骨の隙間をすり抜け、脊椎をわずかに掠めただけで空を切る。
「えっ!? 当たんない!?」
「相性が悪い! お前の剣技は斬撃だ。肉のない骨相手じゃ、隙間を斬るだけでダメージが通らない!」
「なにそれズルい! どうすんのこれ!?」
「こうする!」
ナオトは腰の鞄からガラス瓶を取り出すと、スケルトンの群れに投げつけた。 パリンと割れた瓶から黄金色の液体が飛散し、骨にかかる。
『ギャアアアアアッ!?』
声帯などないはずのスケルトンたちが、魂が焼かれるような悲鳴を上げて崩れ落ちた。液体がかかった部分から白煙を上げ、浄化されていく。
「すごっ! 何今の?」
「教会ご用達、聖水ランク3『女神の涙』だ」
「へえ……聖水ねえ」
ミオがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、ナオトの手元を覗き込んだ。
「ナオトってば、そういうマニアックな趣味があったんだ? 女神様が出したての、温かいやつがお好み?」
「変な漢字変換をするな。浄化の方だ、浄化の」
「でもそれ、色が黄色っぽいよ? ほんとに清めた水?」
「祝福の光で黄金色に見えるだけだ! 変な言いがかりはやめろ!」
「あはは! 必死に否定するところが怪しいー!」
「遊んでる場合か! ほら、次が来るぞ!」
「ちょ、待って! あそこにもいっぱいいるよ! 1、2、3……10体!? 全部に投げるの!?」
「必要経費だ!」
「ああっ! 私のパンが! スープが! サラダが割れていくぅぅぅ!」
ナオトが聖水を投げるたびに、ミオの悲痛な叫びが墓地に木霊する。だが、この地下墓地の悪夢は数だけではなかった。
ズズ……ズズズ……。最深部の広間。周囲の骨を取り込み、巨大化した高さ3メートルほどの巨大骸骨が二人を見下ろしていた。
「……嘘でしょ。あんなの、聖水何本あっても足りないじゃん」
「在庫も尽きた。手持ちはあと2本だ」
「詰んだ! 赤字で死ぬ!」
「諦めるな。……ミオ、あいつを広間の真ん中へ誘導しろ」
「へ? いいけど、策はあるの?」
「ここの天井を見ろ。古い設計だ。真ん中のあの太い支柱、だいぶヒビが入ってる」
「……まさか」
「そのまさかだ。俺が柱を爆破する。お前はギリギリまであいつを引きつけて、崩落に巻き込ませろ」
「うわあ、乱暴! でもそれしかないね! こっちだよ骨クズ野郎! 中身スカスカのくせに図体ばっかりデカくなりやがって!」
ミオが挑発しながら広間を駆ける。巨大骸骨が鈍重な動きでそれを追う。その足が、広間の中央を踏みしめた瞬間。
「今だ! 伏せろッ!」
ナオトが支柱の根元に仕掛けた火薬袋に、着火済みの矢を放つ。
ドォォォォン!!
爆音と共に支柱が砕け、数トンの瓦礫と土砂が天井から降り注いだ。
『グォォォォ……ッ!』
巨大骸骨は避ける間もなく土砂の濁流に飲み込まれ、その巨体を粉々に砕かれた。
「ふぅ……。なんとかなったね」
「ああ。依頼達成だ」
土煙が舞う中、二人は瓦礫の山を見上げた。スケルトンは全滅。清掃は完了した。
「でもさナオト。これ、報酬から聖水代を引いたら、いくら残るの?」
「計算してみたが……聖水15本使用で銀貨75枚。火薬代が銀貨10枚。報酬が金貨5枚(銀貨500枚相当)だから、だいぶ黒字だな」
「やった! やっぱり依頼は受けるもんだね! 今夜もステーキ……まではいかなくても、ハンバーグくらいは!」
「――と、言いたいところなんだが」
ナオトは視線を逸らした。崩落した天井から日の光が差し込んでいる。つまり、地下墓地に大穴を開けてしまったわけだ。
「この墓地、一応、文化遺産なんだよな」
「……え?」
「修理費、請求されるだろうな」
「…………」
◇ ◇ ◇
「請求書の総額、金貨4枚と銀貨80枚になります」
ギルドの受付嬢は事務的な笑顔でそう告げた。手元に残ったのは報酬の残りの銀貨数枚のみ。
「……パン」
ギルドを出たミオが、亡霊のようにつぶやく。
「パン1個なら……買えるね……」
「半分こだな」
「ナオトの馬鹿ぁぁぁ! なんで石造建築知識の判定に失敗するのさぁぁ!」
「失敗じゃない。崩れるべくして崩れたんだ。……ほら、行くぞ。隣町なら物価が安いかもしれない」
「もうやだこの自転車操業! マイホームなんて夢のまた夢だよぉ!」
聖都の美しい夕焼けの下、二人の悲鳴と溜息が長く伸びていった。
所持金、ほぼゼロ。
世界を見て回り、家を買うための旅路はまだ始まったばかりである。




