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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
鉄戦国ドルグ編

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第19話 分解液の流出と、精神抵抗判定の失敗

「……警告」


「ん?」


「これから向かう現場は、今までの比じゃない。労働災害レベルがレッドゾーンだ」


「やめてよ。ただでさえ工場のサイレンがうるさくて頭痛がするのに」


「依頼内容は『化学プラントの緊急バルブ閉鎖』。報酬は金貨2枚。これで借金は完済、さらに貯金もできる」


「報酬はいいけど……なによ、あの緑色の煙」


 二人が到着したのは配管が複雑に絡み合う巨大な化学プラント。

 しかし、その一角から蛍光グリーンの蒸気が噴き出し、周囲の鉄柵をドロドロに溶かしていた。


「あれは魔導合成スライムの培養液だ。産業廃棄物を特殊な菌で分解するための溶液らしい」


「うわ、酸っぱい匂い! あれを止めろって?」


「ああ。配管が破裂して、このままだと培養液が街へ流出する。……行くぞミオ、ガスマスク (布切れ)をしっかり巻け」


「了解。……はぁ、なんで私の職場、いつも高所か高温か有毒なの?」


「それが、派遣社員という名の冒険者の宿命だ。……突入!」


 ◇ ◇ ◇


 プラント内部は蒸気と粘液で視界が悪かった。

 足元の金網床の下には緑色の液体がボコボコと泡立っている。


「……ナオト、足元滑るわよ。転んだらどうなんの?」


「下のプールにドボンだ。即死判定だな」


「ヒィッ! 慎重に行くわよ! ……あ、あれがバルブ?」


「そうだ。あの中央タンクのバルブを閉めれば止まる。……だが、そう簡単にはいかないらしい」


 ボコッ、ボコッ……!


 タンクの周囲から粘液の塊が這い出してきた。

 不定形のゼリー状の怪物――スライムだ。


「出たわね、RPGの定番雑魚キャラ!」


「油断するな。こいつらはアシッド・スライムの亜種だ。酸性が強い」


「燃やせばいいんでしょ! 消毒よ! ファイア・ボール!」


 ボムッ!


 ミオの手から放たれた火球がスライムに着弾する。

 しかし、スライムはジュワッと音を立てて蒸発するだけで、すぐに再生してしまった。


「効かない!? なんで!?」


「液体だからな! 物理無効、火炎耐性持ちだ! 凍らせるか、コアを潰すしかない!」


「氷魔法なんて習得してないわよ! ……ええい、なら物理でコアを突く!」


「待てミオ! 近接攻撃はリスクが高い! 酸を浴びるぞ!」


「大丈夫! 私の魔鉄の剣は酸にも強いって店主が言ってたもん! いくわよ!」


 ミオがグレーチングを蹴って飛び込む。

 スライムが触手を伸ばして迎撃してくるが、ミオはそれを華麗なステップで回避した。


「遅い! コア発見! そこっ!」


 ズプッ!


 剣先がスライムの中央にある赤いコアを貫く。


「ピギィッ!」


 スライムが弾け飛び、液体となって飛散した。


「ふふん! 楽勝じゃない! ……って、うわっ!?」


 バシャァッ!!


 倒したスライムの残骸がミオの全身に降り注いだ。


「ゲホッ……! うぇぇ、最悪! ベトベトするぅ!」


「おいミオ、無事か!? HPは!?」


「平気平気! なんかヌルヌルするけど、熱くも痛くもないわ!」


「……痛くない? 強酸性のはずだが……」


「ただのローションみたいよ? ……あ、バルブ閉めちゃうわね!」


 ミオは全身緑色の粘液まみれのまま、バルブに手をかけ、力一杯回した。


 キュルキュル……ガコンッ。


 噴き出していた蒸気が止まる。


「ミッション完了! ……ふぅ、気持ち悪いから早く洗い流したい……」


「……おい、ミオ」


「なに? タオル持ってる?」


「違う。……お前の服」


「服? ……あっ」


 ミオが自分の体を見下ろした、その時だった。


 ジュワワワワ……。


「……え?」


 ミオが着ていた藍色のチュニックの生地が音を立てて透け始めた。

 いや、透けているのではない。溶けているのだ。


「ちょ、ちょっと!? なにこれ!? 穴が開いてる!?」


「……なるほど。繊維溶解性のスライムか。金属や人体には無害だが、有機繊維だけを選択的に分解する酵素を持っているらしい」


「解説してる場合じゃないわよ! 溶けてる! 私の服が! チュニックが!」


 ジュワッ。


 胸元の生地が溶け落ち、その下の白い肌と、ミスリルの胸当てが露わになる。


「キャアアアアッ!?」


「……ふむ。ミスリルや魔鉄は無事か。装備耐久値の減少は軽微だな」


「どこ見てんのよこのムッツリスケベ! 凝視しないで! こっち見るな!」


「無理言うな。視界に入ってる」


「目潰しするわよ! ……イヤッ! スカートも! 私のミニスカートが!」


 ボトッ。


 腰に巻いていた布地が溶け落ち、残ったのは金属製の腰当てと、わずかな下着の残骸のみ。

 そして自慢のニーソックスも、ドロドロの液体となって流れ落ちていく。


「いやぁぁぁぁっ! 裸!? これほぼ裸じゃない!」


「落ち着け。金属パーツは残ってるから防御力は下がってない」


羞恥心(メンタル)がゼロよ! 社会的に死ぬわ!」


 ミオはその場にしゃがみ込み、残った金属パーツで必死に要所を隠そうとするが、スライムのヌルヌルとした液体が肌に張り付き、かえって艶かしさを強調している。


「……うーん。これはTRPGならラッキースケベのイベント発生だな。ダイスロール、精神抵抗判定……失敗。ガン見だ」


「判定するな! 失敗するな! 早く! 何か着るもの!」


「俺の装備も『盗賊のベスト』だけだぞ。これを脱いだら俺も上半身裸だ」


「いいから貸しなさいよ! 男の裸なんて誰も見たくないわよ!」


「ひどい言い草だな。……ほらよ」


 ナオトは溜息をつきながらベストを脱ぎ、さらにその下に着ていたシャツを脱いでミオに投げた。


「……ありがとう……。うぅ、最悪……」


 ミオは慌ててナオトのシャツを羽織る。

 サイズが大きいため、太ももまで隠れる『彼シャツ』状態だ。

 濡れた髪と肌、そしてブカブカのシャツ。

 工場の無骨な背景とは裏腹に、そこだけ妙に扇情的な空気が流れている。


「……で、どうするんだ? その格好で街まで戻るのか?」


「無理に決まってるでしょ! ここから出られないわよ!」


「だが、ここに泊まるわけにもいかんぞ。スライムのおかわりが来るかもしれん」


「うぐぐ……。ナオト、おんぶ」


「は?」


「おんぶして! そしたらナオトの背中で隠れるから!」


「……重量超過(ウェイトオーバー)だ」


「レディに向かって何てことを! いいから背負いなさいよ! これは業務命令よ!」


「はいはい。……ったく、役得なんだか罰ゲームなんだか」


 ◇ ◇ ◇


「……報酬、金貨2枚」


「……服の買い替え代、金貨3枚」


「……赤字だな」


「赤字ね」


 スライム騒動から数時間後。

 ナオトのシャツ一枚 (下は金属パーツのみ)という怪しい格好で街の服屋に駆け込んだミオは、新しい装備一式を購入した。

 店員からは「どのようなプレイですか?」という目で見られたらしい。


「あのチュニック、オーダーメイドだったのにぃ……。気に入ってたのにぃ……」


「まあ、体は無事だったんだ。よしとしよう」


「よくない! ナオト、あんたさっき私のことジロジロ見てたでしょ! 『おっ、意外とあるな』とか思ってたでしょ!」


「……ノーコメントだ」


「肯定した! セクハラよ! 労災認定して慰謝料請求するわよ!」


「その前に借金を返せ。……今回の稼ぎが服代で消えたから、借金残高は変わらずだ」


「うわぁぁぁん! 私の肌を犠牲にしたのに、借金が減らないなんてぇぇぇ!」


「むしろ増えたな。俺のシャツも溶けたから、その分も請求するぞ」


「鬼! 悪魔! GM!」


 新たな借金を抱え、二人の社畜生活は続く。

 しかし、このドタバタ劇の裏で、彼らはまだ気づいていなかった。

 先ほどの工場で、スライムのコアだと思って破壊したものが、実は軍が極秘に開発していた生体兵器のコアパーツだったことに。


 そして、その破壊活動が、国の運命を揺るがす大事件への入り口であることを。

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