第18話 地下闘技場の八百長と、マネー・ゲーム
「……おいミオ。ここ、換気はどうなってる?」
「最悪よ。オイルとタバコと、あと鉄錆の臭いで肺が真っ黒になりそう」
「マップの雰囲気としてはスラム街の地下闘技場。典型的なPvP (プレイヤー対プレイヤー)イベントの会場だな」
「ねえ、本当にここで稼げるの? 客層が悪すぎるんだけど」
二人が潜り込んだのはドルグの地下深くに広がる非合法の賭博闘技場『鉄の墓標』。
金網で囲まれたリングの中では蒸気を噴き出す鉄人形同士が火花を散らして殴り合っていた。
「稼げるさ。こういう場所には必ず穴がある。ゲームバランスの崩壊した、開発者の調整ミスみたいな穴がな」
「出た、ナオトのマンチキン思考。GMやってた頃から性格悪かったもんね」
「褒め言葉として受け取っておく。……よし、俺たちの機体はあれだ」
ナオトが指差したのは整備ドックの隅に放置された、ポンコツ寸前の旧式オートマタだった。
装甲は錆びつき、右腕のドリルは回転軸が歪んでいる。
「……え? あの粗大ゴミに乗るの?」
「レンタル料が一番安かったからな。初期装備でラスボスに挑むようなもんだ」
「無理よ! 装甲値も回避率も紙じゃない! 1ターンでスクラップよ!」
「スペックは低いが、カスタムの余地はある。……ミオ、お前は観客席で賭けに回れ。オッズが最大になった瞬間に全財産を突っ込むんだ」
「全財産って……なけなしの銀貨5枚よ? 負けたら明日から断食よ?」
「安心しろ。俺のダイス運を信じろ」
「あんたのダイス運が一番信用できないのよ! ……まあいいわ、一蓮托生ね。行ってらっしゃい!」
◇ ◇ ◇
「さあ! 第7試合の開始だ! 赤コーナー、無敗の王者、紅蓮のアイアンコング!」
ワァァァァッ!!
観客の大歓声の中、真紅の塗装が施された重装甲ゴリラ型オートマタが入場する。
「対する青コーナー! 飛び入りの新人、ポンコツ……いや、スクラップ・ジョー!」
シーン……。
ナオトが乗り込んだ錆びた人型ロボットが、ギシギシと音を立ててリングに上がると、客席から失笑とブーイングが飛んだ。
「へっ、なんだあのゴミは! オッズは100倍だ!」
「10秒持たねえぞ!」
「(……聞こえてる? ナオト。オッズ100倍よ。これ本当に勝てるの?)」
ミオが通信機、魔導インカム越しにささやく。
「(上々だ。相手のステータスを見た感じ、STR (筋力)とVIT (耐久力)に極振りした脳筋ビルドだな。AGI (敏捷性)は捨ててる)」
「(こっちはAGIすらないじゃない!)」
「(いや、こいつの駆動系に少し細工をした。リミッターを解除して、オーバーヒート覚悟で瞬間出力を上げてる。いわゆる自爆特攻ビルドだ)」
「(使い捨てじゃない!)」
「試合開始ッ!」
ゴングが鳴ると同時にアイアンコングが突進してきた。巨大な鉄拳が風を切る。
「死ねェッ! 雑魚が!」
(……攻撃パターンA。大振りの右フック。命中判定……成功率は50%ってところか)
ナオトはコクピットの中で冷静にレバーを操作した。
ガシャン!
スクラップ・ジョーが不自然な挙動で体を捻り、紙一重で拳をかわす。
(回避成功。……さて、こっちのターンだ)
「なっ、避けた!?」
(相手の関節部分、装甲の隙間が見える。……部位狙い。命中修正マイナス20%だが、当たればクリティカルだ)
ナオトが歪んだドリルを突き出す。狙うはコングの脇の下にある排気ダクト。
(ダイスロール……よし、出目はいいぞ!)
ガガガガガッ!!
ドリルが正確にダクトへ突き刺さる。
「グオォォッ!? 馬鹿な、そこは!」
(排熱機関を破壊。これで相手は継続ダメージ状態だ。毎ターンHPが削れていくぞ)
「うわ、地味! 戦い方が地味よナオト!」
(TRPGは情報戦だ。弱点を突けば、レベル1でもドラゴンを殺せる)
その後もナオトは決して正面からは打ち合わず、相手の攻撃をギリギリで回避し、時には装甲の一部を囮にして、ひたすら関節や配線をチクチクと攻撃し続けた。
「クソッ! ちょこまかと! 捕まらん!」
(相手プレイヤーのフラストレーションが溜まってるな。……そろそろファンブルを引く頃だ)
アイアンコングが怒りに任せて両手の拳を振り上げた。
「これで終わりだァァッ! メガトン・プレス!」
(……来た。大技だ。だが、その技は使用後の硬直時間が長い)
ズドォォォン!!
リングの床が陥没するほどの衝撃。しかし、そこにナオトの機体はなかった。
(判定成功。……チェックメイトだ)
土煙の中から現れたスクラップ・ジョーが、動きの止まったコングの背後に回り込む。
そして、剥き出しになったメイン動力炉に回転数を限界まで上げたドリルを押し当てた。
(これでフィニッシュ。ダメージ判定……クリティカル!)
キュイイイイイイイーン……ドカンッ!!
アイアンコングの背中が爆発し、黒煙を上げて崩れ落ちた。
「……しょ、勝者! スクラップ・ジョー!!」
一瞬の静寂の後、怒号のような歓声――ではなく、賭けに負けた客たちの悲鳴が上がった。
◇ ◇ ◇
「やったぁぁぁ! 100倍よ! 銀貨500枚! 金貨50枚分よ!」
換金所でミオが小躍りしている。テーブルの上には山のようなコインが積まれていた。
「へっへっへ、笑いが止まらないわね! これで借金完済どころか、豪遊できるわ!」
「……おいミオ。あまり派手に喜ぶな」
「え? なんで? 勝利の美酒に酔いしれましょうよ!」
「運営の顔色を見ろ。……明らかに不機嫌だぞ」
カウンターの奥ではスーツを着たマフィア風の男たちが、ヒソヒソと話しながらこちらを睨みつけている。
「……あー。これって、もしかして」
「ああ。シナリオ進行を無視して勝ちすぎたプレイヤーに対する、GMからの制裁イベントが発生する予感だ」
「やばいじゃん! 八百長試合だったの!?」
「十中八九な。俺というイレギュラーが空気を読まずに勝っちまったんだ」
「お客様……少々別室でお話を……」
強面のマフィアが近づいてくる。その懐には明らかに拳銃のような膨らみがある。
「(……ミオ。プランE、経験値泥棒だ)」
「(了解。……合図は?)」
「(今だ! スモーク・ボム!)」
ナオトが隠し持っていた煙幕玉を床に叩きつける。
ボンッ!!
「なっ!? 逃がすな! 殺せ!」
「キャハハ! 残念でした! 勝利は頂いたわ!」
ミオがコインの山から掴めるだけ掴んで、煙の中へダッシュする。
「待てェッ!」
「裏口を封鎖しろ!」
「ナオト、道が塞がれてる!」
「壁をぶち抜け! お前の火力ならいける!」
「了解! 物理的な壁抜けチートを見せてやるわ! ファイア・ボールッ!」
ドゴォォォン!!
闘技場の壁が爆砕され、二人は瓦礫と共に下水道へと飛び込んだ。
◇ ◇ ◇
「……ハァ、ハァ……。逃げ切った……か?」
「……たぶんね。追手の足音は聞こえないわ」
薄暗い下水道。泥まみれになった二人は壁に背を預けて座り込んだ。
「……で、戦利品 (ドロップアイテム)は?」
「……これだけ」
ミオがポケットから取り出したのは、逃げる時に鷲掴みにしたコイン――金貨3枚と銀貨数枚だった。
「……金貨50枚が、3枚になっちゃった」
「命があるだけマシだろ。欲張って全額持ち出そうとしたら、強制イベントでゲームオーバーだったぞ」
「うぅぅ……。でも、もったいないぃぃぃ!」
「まあ、これで借金は残り金貨1枚だ。ゴールは見えた」
「そうね……。はぁ、それにしても」
「ん?」
「TRPGって、もっと夢がある遊びじゃなかったっけ? こんなに世知辛かった?」
「リアルでやるとこんなもんだよ。幸運の値を上げてこなかった自分を恨むんだな」
「次はステータス振り直してやるわよ! ……帰ろ、お風呂入りたい」
下水の臭いが染み付いた体で、二人は地上への梯子を登っていく。
一攫千金の夢は破れたが、経験点と金貨3枚は確実に手に入れた夜だった。




