第17話 暴走蒸気機関車と、地獄の通勤ラッシュ
「……風が強い」
「煙が目にしみるわね」
「……なあミオ。俺たちは今、何をしている?」
「優雅な列車の旅よ。風を感じて、景色を楽しんでるの」
「違うな。俺たちは今、時速80キロで爆走する武装列車の屋根の上に座らされている」
「だって車内は貨物で満杯なんだもん! 座席がないなら上に行くしかないじゃない!」
「これが特等席だと? 煤まみれだぞ。……まあ、報酬がいいから我慢してやるか」
ガタンゴトン、ガタンゴトン……。
ドルグの荒野を貫く大陸横断鉄道。その装甲貨物列車の上で、二人は煤けた風に吹かれていた。
「今回の依頼は重要物資の護衛。報酬は金貨3枚。これで借金の残りは金貨2枚になる計算だ」
「あと少しね! 完済したら、パーッと温泉旅行に行きましょうよ!」
「ああ。硫黄の匂いがしない温泉がいいな……。ん?」
「どうしたの?」
「……定刻通りだ。お客様のご来店だぞ」
プォォォォォォッ!!
遠くから汽笛のような音が聞こえる。列車の左右から、砂煙を巻き上げて無数の車両が並走してきた。
「出たわね、ロード・レイダー! ほんと懲りない連中!」
「前回とは規模が違うぞ。装甲車にパワードスーツ、それに……列車砲付きの改造車両までいる」
「うわ、ガチじゃない! 貨物の中身、なんなのよ!」
「聞くな。知らぬが仏だ。……来るぞ! 乗り込んでくる!」
ガガガガガッ!!
並走する改造車からワイヤーが射出され、列車の側面に突き刺さる。それを伝って、モヒカン頭の男たちが次々と屋根に飛び乗ってきた。
「ヒャッハー! 金目の物は置いてきな!」
「女だ! 上玉がいるぞ!」
「……はぁ。どいつもこいつも、セリフのバリエーションが貧困だな」
「ナオト、愚痴ってる暇はないわよ! 囲まれた!」
「プランC、ラッシュアワーの洗礼だ! 突き落とせ!」
「了解! 痛い目に遭いたくなかったら、白線の内側まで下がれェェェッ!」
ズバァッ!!
ミオが抜刀と同時に回転斬りを放つ。
屋根という不安定な足場などものともせず、その剣閃は正確に敵の足元を薙ぎ払った。
「うおっ!? あぶねっ!」
「おっと、足元注意よ。落ちたらミンチだわよ」
「こ、このアマ……! 野郎ども、やれ!」
「盗賊のベスト展開。……くたばれ」
シュッシュッシュッ!
ナオトが両手から投げナイフを連射する。
ナイフは風を切って飛び、ワイヤーを伝ってくる敵の手首や、武器を持つ手を正確に射抜いた。
「ギャアッ!」
「落ちるぅぅぅ!」
ドサッ、ドサッ。
列車から転落した男たちが、荒野の砂塵の中に消えていく。
「ふん! 朝の東西線に比べたら、あんたらのタックルなんて赤ん坊のハイハイよ!」
「例えが具体的すぎて辛いな。……ミオ、前方! デカいのが来るぞ!」
「なになに!? ……うわ、なにアレ!」
先頭車両の方から、巨大な鉄塊のような男が屋根をドシドシと歩いてきた。
全身を重厚なスチームアーマーで覆い、手には削岩機のようなドリルを装備している。
「ガハハハ! 小賢しいネズミ共め! 粉砕のボルグ様が轢き潰してやる!」
「うわぁ、名前まで暑苦しい! ナオト、あれ硬そうよ!?」
「装甲の厚さは戦車のレベルだな。投げナイフじゃ歯が立たん」
「どうすんの!? 私の剣でも、あれは斬りきれないかも!」
「物理でダメなら、環境を利用しろ! ……あと10秒でトンネルだ!」
「トンネル!?」
「そうだ! あいつの身長を見ろ! トンネルの高さギリギリだぞ!」
「……あ! なるほど!」
「誘導しろミオ! 屋根の端っこギリギリにな!」
「OK! ……へーい! 鉄くずダルマ! こっちよ!」
「チョコマカと! ドリルで風穴を開けてやる!」
ウィィィィン!!
高速回転するドリルを構え、ボルグが突進してくる。
ミオは列車の端まで後退し、ギリギリで踏みとどまる。
「逃げ場はないぞ! 死ねぇ!」
「残念、時間切れよ!」
「なに?」
ゴオオオオオオッ!!
列車がトンネルに突入した。レンガ造りのトンネルの天井が、すぐ頭上を通過する。
「グオッ!?」
ボルグの巨大な図体は屋根の上に立っていたせいでトンネルの天井と激突した。 というより、挟まった。
「ギャアアアアッ!? あ、頭が! 挟まる! 擦れるぅぅぅ!」
ガガガガガガガガッ!!
猛烈な摩擦音と火花が散る。
ボルグは列車の速度とトンネルの壁との板挟みになり、凄まじい勢いで後方へ弾き飛ばされていった。
「サヨウナラ~!」
ドゴォォォン!!
トンネルの入り口付近で爆発音が響き、瓦礫が崩れる音がした。
「……ふぅ。一丁上がり」
「エグいわね……。おろし金ですり下ろされる気分はどうかしら」
「トンネルを抜けたぞ。敵の残党は……逃げていくな。勝利だ」
◇ ◇ ◇
「……で、報酬は?」
「……金貨、1枚」
「はぁぁぁぁ!?」
駅のホーム。煤だらけの顔でミオが絶叫した。
「なんでよ! 3枚って約束でしょ!?」
「請求書を見ろ。『トンネル内壁の修繕費および車両屋根の破損の弁償代』……だそうだ」
「そんなぁぁぁ! 向こうが勝手にぶつかったんじゃない!」
「『護衛対象周辺の被害は護衛の責任』という契約条項があったらしい。小さい字でな」
「詐欺よ! ブラック契約よ!」
「まったくだ。……だが、これで借金は残り金貨4枚になった」
「……減った気がしないわ」
「地道に行こうぜ。さあ、駅そば……じゃなくて、屋台の麺でも食って帰るか」
「……チャーシュー大盛りにしてよね。じゃないと暴れるわよ」
「はいはい、領収書もらっとくよ」
鉄の国の夕暮れ。
二人の背中は通勤ラッシュを終えたサラリーマンのように哀愁を漂わせていた。




