第15話 爆走する蒸気バイクと、危険な荷物の正体
「……頭が割れそう」
「俺もだ。ガンガンする」
「ねえナオト。なんで私たち、朝の6時にこんな鉄錆臭い路地裏に立ってるのかしら」
「昨日の記憶を呼び覚ませ。酒場で暴れた、備品を壊した、マスターに捕まった、そして借金返済のために運び屋を請け負った」
「……うっ。思い出したくなかった」
「ほら、シャキッとしろ。依頼主が来たぞ」
ギィィィ……。
酒場の裏口が開き、義手のマスターが木箱を抱えて出てきた。
大きさはミカン箱くらいだが、木枠には厳重な封印が施され、『取扱注意』の焼印が押されている。
「おはよう、新入りども。酒は抜けたか?」
「おかげさまで、まだ半分くらい残ってますよ。……で、これが例の荷物ですか?」
「そうだ。隣町の第3区画にある修理工場へ届けろ。受取人はドクター・ギアだ」
「ドクター・ギア……。名前からしてマッドサイエンティストの予感がするわね」
「中身はなんだ? 振るとチャポチャポ音がするが」
「聞くなと言ったはずだ。知れば命が縮むぞ」
「……はいはい、守秘義務ってやつですね。分かりました」
「報酬は昨夜の修理費の免除。プラス、成功報酬として金貨1枚だ」
「金貨1枚! ……まあ、悪くないわね。行きましょナオト、さっさと終わらせて二度寝するわよ!」
「ああ。……っと、重いなこれ。鉛でも入ってるのか?」
「落とすなよ。衝撃を与えると……街が一つ消えるかもしれんからな」
「「はぁぁぁ!?」」
「冗談だ。……まあ、半分本気だがな。行ってこい」
バタンッ。
マスターは不吉な言葉を残して扉を閉めた。
「……ねえナオト。今、サラッと怖いこと言わなかった?」
「聞かなかったことにしろ。精神衛生上よくない」
「街が消えるって……核弾頭か何か!? 私、そんなの背負って歩くの!?」
「半分冗談って言ってたろ。たぶんニトログリセリンとか、その程度のものだ」
「十分ヤバいわよ! 転べないじゃない!」
「だからお前が護衛するんだ。行くぞ、日が昇りきると暑くなる」
◇ ◇ ◇
城塞都市イージスとは異なり、ドルグの都市間は舗装された道路で繋がっていた。
ただし、アスファルトではなく、鉄板や石畳を継ぎ接ぎしたような無骨な道だ。
周囲には荒涼とした荒野が広がり、遠くには黒煙を上げる工場群が見える。
「……暑い」
「蒸気がすごいな。地面の下にパイプが通ってるのか?」
「ねえ、まだ着かないの? もう1時間は歩いたわよ」
「地図だとあと半分ってところだ。……おい、ミオ」
「なに? 水ならあげないわよ」
「違う。……音だ」
「音?」
「エンジンの音だ。それも複数。……後ろから来るぞ」
ドロロロロロロロ……ッ!!
背後から重低音の排気音が近づいてくる。
振り返ると、砂煙を巻き上げて数台の車両が迫ってきていた。
「うわ、なにアレ! バイク!? でもタイヤが3つある!」
「蒸気トライクか。しかも改造車だ。マフラーから火が出てるぞ」
「ガラ悪っ! 暴走族!?」
「この国じゃ、ロード・レイダー (街道のハイエナ)って呼ぶらしい。……止まる気配はないな。むしろ加速してる」
「私たちを轢く気!?」
「いや、狙いはこの荷物だ。マスターが言ってた『訳あり』ってのは、こういう連中に狙われる類のものだったらしい」
「ちょっとぉ! 聞いてないわよそんなオプション!」
キキィーッ!!
先頭のトライクが二人の前で急ブレーキをかけ、ドリフトしながら道を塞いだ。
乗っているのはモヒカン頭にゴーグル、肩にはタイヤのホイールを装着した、世紀末感あふれる男たちだ。
「ヒャッハー! いい荷物持ってんじゃねえか、兄ちゃん!」
「止まりな! その木箱を置いていきな!」
「……うわぁ。テンプレ通りの悪党。ある意味感動するわ」
「感動してる場合か。……どうも、紳士の皆様。ただの運送業者ですが、何か御用で?」
ナオトが荷物を背負ったまま、冷静に声をかける。
「しらばっくれんじゃねえぞ! 歯車と錆から持ち出した新型エネルギー炉だろ? そいつは高く売れるんだよ!」
「エネルギー炉? ……ねぇナオト、中身バレてるわよ」
「(……マスターの野郎、情報漏洩してやがるな)……いやぁ、これはただの漬物石ですよ。母ちゃんに頼まれましてね」
「嘘つけオラァ! 漬物石に『取扱注意』のシール貼る奴がいるか!」
「ごもっともです」
「問答無用だ! 殺して奪えば関係ねえ! 野郎ども、やっちまえ!」
ブォンッ! ブォンッ!
男たちがチェーンソーや巨大なモンキーレンチを構え、トライクから降りてくる。その数、5人。
「……交渉決裂だな」
「最初から交渉する気ないでしょ、あいつら!」
「ミオ、戦闘開始だ。ただし条件がある」
「なに!?」
「俺はこの爆発物を背負ってる。激しい動きはできない」
「つまり?」
「お前が前衛でタンクをしろ。俺は後衛でサポートに徹する」
「はぁ!? 私が一人で5人相手にするの!? ブラック上司!」
「成功報酬は山分けだ! やるぞ!」
「もう! 帰ったらビール1ケース奢らせてやるわよ! ……抜刀! 来なさいよ鉄屑ども!」
ジャキンッ!
ミオが魔鉄のショートソードを抜き放つと、赤い刀身がギラリと光った。
「女だからって容赦しねえぞ! ヒャハハ!」
モヒカン男がチェーンソーを振り回して突っ込んでくる。
「うるさいわね! 騒音公害よ! ファイア・ウェポン!」
ボッ! ミオの剣が炎を纏う。
彼女はチェーンソーの刃を正面から受け止めず、サイドステップで躱しざまに、男の持つ武器のエンジン部分を狙った。
ザンッ!
「あ?」
プスン……プスン……。
チェーンソーのエンジンが真っ二つにされ、黒煙を上げて停止した。
「なっ!? 俺の愛機が!?」
「機械は熱に弱いのよ! 知らなかった? 次!」
「こ、このアマ! 囲め! 袋叩きだ!」
残りの4人が一斉に襲いかかる。
「ナオト! 数が多い! 援護ちょうだい!」
「了解。……くらえ、会社員の必需品……目潰し!」
「そんな必需品ないわよ!」
ナオトがポケットから投げたのは小瓶に入った微粒子の粉末――閃光パウダーだった。
カッッッ!!
「うおっ!? 目が! 目がぁぁぁ!」
「今だミオ! 怯んでる隙に一掃しろ!」
「ナイスアシスト! まとめて消し飛びなさい! 必殺・回転斬り!」
ズバババババッ!!
炎の独楽と化したミオが、敵集団の中を駆け抜ける。
鎧の隙間、武器の接合部、そして自慢のモヒカン。
的確に修理費が高くつきそうな場所を切り裂いていく。
「ギャアアアアッ! 俺のトサカが!」
「オイルが漏れる! 燃える!」
「退散だ! こいつらヤベエ!」
襲撃者たちは散り散りになってトライクに乗り込み、捨て台詞を吐いて逃走した。
「覚えてやがれ! 次は重機を持ってくるからな!」
ドロロロロ……。
「……ふぅ。あっけないわね」
ミオが剣を振って血糊とオイルを払い、鞘に収める。
「お見事。さすがは戦闘狂のOLだ」
「誰が戦闘狂よ。……で、荷物は無事?」
「ああ。振動一つ与えてない。……と言いたいところだが」
ナオトが背中の木箱を確認する。
箱の隙間から、何やら青白い光が漏れ出していた。
そして、ウィィィン……という低い駆動音が聞こえる。
「……ねえナオト。なんか光ってない?」
「……光ってるな」
「なんか音してない?」
「……してるな」
「これって……起動しちゃった?」
「……かもしれん。さっきの戦闘の衝撃か、あるいは時間制限か」
「ど、どうなんの!? 爆発!?」
「分からん! だが、この音がだんだん高くなってるのは確かだ! これは臨界点に近づいてる音だ!」
「ヒィッ! やっぱり爆弾じゃない!」
「走るぞミオ! 目的地まであと1キロ! 爆発する前に押し付ける!」
「嘘でしょぉぉぉ! なんで最後はいつもマラソンなのよぉぉぉ!」
◇ ◇ ◇
ドタドタドタドタッ!!
「着いた! ここだ! ドクター・ギアの修理工場!」
「開けろーっ! 宅急便でーす!」
バンッ!
二人は工場の鉄扉を蹴破るようにして飛び込んだ。
中は油と鉄の匂いが充満する、広いガレージだった。
奥で作業していた白衣の老人――頭に溶接用ゴーグルをつけた小柄な男が驚いて振り返る。
「なんじゃ騒々しい! 客なら予約を……」
「ドクター・ギアですね! お届け物です! サインはいりません!」
ナオトが背中の木箱を作業台の上にドンと置いた。
その瞬間、箱の中の音が『キィィィィン!』という高音に変わった。
「お、おい! これは……!」
「逃げるぞミオ! 伏せろ!」
「イヤァァァッ!」
二人が工場の隅にあるドラム缶の陰に飛び込んだ、その直後。
カッ……
ボシュゥゥゥン……!!
爆発音――ではなく、空気が抜けるようなマヌケな音が響いた。
そして、木箱の蓋がポンッと飛び、中から大量の白い蒸気が噴き出した。
工場内が真っ白な霧に包まれる。
「…………」
「…………」
「……あれ? 生きてる?」
「……爆発、しなかったな」
恐る恐る顔を上げると、白煙の中からドクター・ギアの声が聞こえた。
「コホッ、コホッ……。まったく、乱暴に扱いおって! 安全装置が作動して、冷却材が噴き出したじゃないか!」
「……へ?」
「これは超小型・魔導蒸気エンジンの試作品じゃ! 衝撃を与えると熱暴走するから、冷却ガスを充填しておったんじゃよ!」
「……爆弾じゃ、ない?」
「爆弾なわけあるか! こんな高価なものを!」
「……はぁぁぁぁ……」
二人はその場にへたり込んだ。
全身の力が抜け、泥のように疲れが押し寄せてくる。
「……ねえナオト。私たち、命がけで湯沸かし器を運んでたの?」
「……最先端の湯沸かし器な。まあ、街が消えなくてよかったよ」
「報酬! 報酬もらうわよ! 割に合わない!」
「当然だ。……ドクター、荷物は届けましたよ。受け取りのサインと、チップを弾んでもらえますね?」
「ふん、冷却材を無駄にしおって……。まあいい、無事に届いたのは事実じゃ。ほれ、持っていけ」
ドクターがポケットから投げたのは、金貨の入った小袋だった。
「……金貨1枚と、銀貨5枚。……よし、上乗せ成功だ」
「やった……。これで借金が1割減ったわ……」
「先は長いな」
「長いわね……」
蒸気が晴れた工場で、二人の顔は煤と油で真っ黒になっていた。
しかし、その手には確かな報酬が握られている。
「……帰ろう、ナオト。お風呂入りたい」
「ああ。今日は高い方の銭湯に行こう。蒸し風呂はもう懲り懲りだ」
「ほんとそれ。……あーあ、早く借金返して、のんびりスローライフしたいなぁ」
「夢を見るのは自由だ。明日は工場のネズミ退治だぞ」
「現実に戻さないでよぉぉぉ!」
鉄と蒸気の国での二日目。
運び屋ミッションは、一応、成功。
借金残高、金貨9枚。二人の社畜冒険生活はまだ始まったばかりである。




