第12話 古ぼけた地図と、スパイ容疑の濡れ衣
「……安い」
「安すぎて不安になるわよ」
「水筒が銅貨1枚。片方だけの靴が銅貨2枚。錆びたスプーンが3本セットで銅貨1枚。……ここは宝の山か、それともゴミ捨て場か」
「ゴミ捨て場でしょ。ねえナオト、こんなガラクタ市で何を探してるの? お腹すいたわよ」
「掘り出し物だ。俺の目利きスキルがあれば、ゴミの中に埋もれた国宝級のアイテムを見つけ出せる……かもしれない」
「希望的観測ねぇ。……あ、見てあのお皿。欠けてるけど可愛い花柄」
「やめとけ。裏に『呪』って書いてあるぞ」
「ヒィッ!? なにそれ怖い! やだ帰る!」
「待て。……ん? おいオヤジ、この籠の中の紙束、いくらだ?」
「あ? ああ、そりゃあ廃品回収に出す予定の古紙だ。まとめて銅貨3枚でいいぞ」
「買った」
「えっ? 買うの? ただのゴミよ?」
「いいから金を出せ。なけなしの銅貨3枚だ」
「もう……。はいはい、これで文無しね」
チャリン。
「毎度あり。返品は受け付けねえからな」
「行くぞミオ。路地裏へ」
「え? ちょっと、引っ張らないでよ!」
◇ ◇ ◇
路地裏の木箱の上で、ナオトは紙束をひろげだした。
「……で? このボロボロの紙束がなんなのよ。カビ臭いし、虫食いだらけじゃない」
「よく見ろ。この一番下の羊皮紙だ」
「んー? ……なんか地図っぽいけど。線がいっぱい引いてあるわね」
「ただの地図じゃない。この街、城塞都市イージスの図面だ。それも地下のな」
「地下?」
「ああ。一般には公開されていない地下水道や緊急用の脱出ルート、それに兵糧庫の場所まで記されている」
「……へえ。それってつまり?」
「つまり、軍事機密だ」
「ブッ!!」
「声がでかい。静かにしろ」
「ぐ、軍事機密ぅ!? なんでそんなのがガラクタ市にあるのよ!」
「さあな。どこかの間抜けな将校が酔っ払って紛失したか、あるいは……」
「あるいは?」
「スパイが受け渡しに失敗して、そのまま流れたか」
「……ねえナオト。これ、持ってていいやつ?」
「ダメに決まってるだろ。見つかったら即、首が飛ぶ」
「捨てましょ! 今すぐ! あそこのドブ川に!」
「待て。この兵糧庫のマークを見ろ。ここには備蓄食料、つまり高級ハムやワインが山ほど眠っているはずだ」
「……ゴクリ」
「この地図があれば夜中にこっそり忍び込んで……」
「つまみ食いし放題!?」
「そういうことだ。どうする? 捨てるか?」
「……一回だけ。一回だけならバレないわよね?」
「意見が合ったな。今夜、決行するぞ」
ガシャガシャガシャッ!!
「ん?」
「なに今の音。鎧の音?」
「……おい。路地の入り口」
「え?」
「そこの二人! 動くな!」
「うわっ、騎士団!? なんで!?」
「貴様らがガラクタ市で、例の地図を買ったという情報は入っている! 直ちにその羊皮紙を渡し、投降せよ!」
「……オヤジか。あの古道具屋のオヤジがチクリやがったな」
「返品不可ってそういう意味!? 売った直後に通報するからってこと!?」
「抵抗すれば反逆罪とみなす! お前たちには敵国ドルグのスパイ容疑がかかっている!」
「スパイ!? 違います! ただの食い意地の張った一般市民です!」
「問答無用! 捕らえろ!」
「……走るぞミオ!」
「えっ、逃げるの!? 弁明は!?」
「地図を持っていた時点でアウトだ! 牢屋で一生、臭い飯を食いたいか!」
「やだぁぁぁ! ステーキがいいぃぃ!」
「なら走れ! プランD、緊急離脱だ!」
バシュッ!
「うわっ、煙!? ナオト、何投げたの!?」
「煙幕だ! 今のうちに屋根へ登れ!」
「待てっ! 逃がすな! 総員、追跡せよ!」
「わわっ、矢が飛んできた! 危ない危ない!」
「路地を抜けたら大通りだ! 人混みに紛れるぞ!」
「ねえ、どこへ逃げるの!? 街中が敵だらけになっちゃうわよ!」
「この街にはもう居られない! 北門を突破して、国境を越える!」
「国境って……北は鉄戦国ドルグじゃない! 戦争してる国よ!?」
「ここよりマシだ! 少なくとも指名手配はされてない!」
「うっそぉぉぉ! 私のマイホーム計画がぁぁぁ!」
「命あっての物種だ! 跳べミオ!」
「とおっ! ……着地! でもこれ、完全に悪党の逃亡じゃない!」
「悪党で結構! 生き残った奴が勝者だ! ……おい、前方からも来るぞ!」
「挟み撃ち!? どうすんの!」
「強行突破だ! ミオ、最大火力の魔法で威嚇しろ! 当てるなよ、道を開けさせるだけでいい!」
「注文が多いわね! ええい、どきなさいよ鉄屑ども! ファイア・ストームッ!」
ゴオオオオオッ!!
「うわぁっ!? 魔法使いだ! 怯むな、囲め!」
「道が空いた! ダッシュだ!」
「ハァ、ハァ、もう無理! 息切れる!」
「北門が見えたぞ! あそこを抜ければ無法地帯だ!」
「門が閉まりかけてるわよ!?」
「スライディングだ! 滑り込め!」
「ええいっ、ままよっ! ……痛っ! お尻打った!」
「抜けた! ……よし、このまま森へ入るぞ!」
「待てぇぇぇ! ……くそっ、逃げられたか!」
◇ ◇ ◇
北の森の暗がり。
「……ぜぇ、ぜぇ……。ここまで来れば……大丈夫か……」
「……死ぬ……。肺が……破裂する……」
「……まさか、スパイ容疑とはな。ついてない」
「誰のせいよ……。怪しい地図なんて買うから……」
「お前もハムとワインに釣られただろ」
「うぐっ……。否定できないのが悔しい……」
「……しかし、これで聖法国には戻れなくなったな」
「指名手配犯だもんね……。似顔絵が張り出されるわよ、きっと」
「記念に一枚欲しいところだ。……さて」
「さて?」
「これからどうする?」
「……どうするって、北に行くしかないでしょ。ドルグだっけ?」
「ああ。鉄と蒸気とオークの国だ。ここよりもっと過酷だぞ」
「……ご飯は? 美味しいものある?」
「肉料理がメインらしい。あと、賭博が盛んだとか」
「肉! ギャンブル! ……ふふっ、悪くないじゃない」
「懲りない奴だな。……よし、行くか。新たな大地へ」
「ええ。待ってなさいよ鉄の国! 私が全財産むしり取ってやるわ!」
「その前に今日の寝床を探さないとな」
「……また野宿?」
「地図によると、この先に洞窟があるらしい」
「もう洞窟は嫌ぁぁぁ! フカフカのベッドで寝かせてぇぇぇ!」
ザッ、ザッ、ザッ……。
二人の足音が北の荒野へと消えていく。
そこは硝煙と欲望の渦巻く地、鉄戦国ドルグ。




