第11話 空飛ぶトカゲの卵と、激怒した親馬鹿
「……ねえナオト。正直に言っていい?」
「なんだ」
「私、まだちょっとピンク色じゃない?」
「気のせいだ。高い金払って魔法クリーニングしたんだぞ。完全に落ちてるはずだ」
「でもぉ、髪の毛先とか、爪の隙間とか、なんかファンシーな色が残ってる気がするのよ! これじゃ桃色魔法使いじゃない! 恥ずかしくて外歩けないわ!」
「安心しろ。誰も見てない。それより現実を見ろ。財布の中身を」
「……うっ。見たくない」
「見ろ。現実逃避するな」
「……銅貨、5枚」
「そうだ。パン一個買えない。昨日のクリーニング代で、俺たちの貯金は底をついた。装備は綺麗になったが、胃袋は空っぽだ」
「ううぅ……。なんでこうなるのよぉ。装備を新調した時は、あんなに輝かしい未来が待ってると思ったのに……」
「人生、山あり谷ありだ。今は谷底だがな。……で、這い上がるためには仕事が必要だ。それも、即金でデカい稼ぎが出るやつがな」
二人は冒険者ギルドの掲示板の前に立っていた。
周囲の冒険者たちが、まだほんのりピンク色が残る二人を見てクスクスと笑っているが、二人はそれを鉄の精神力で無視していた。
「デカい稼ぎって言っても、またドブさらいは嫌よ? もう臭いのは懲り懲りだわ」
「安心しろ。今回は臭くない。むしろ高貴な香りがする仕事だ」
「あら、いいじゃない。貴族の護衛? それとも舞踏会のサクラ?」
「これだ」
ナオトが剥がしてきた依頼書には、赤い文字で『緊急』のスタンプが押されていた。
【求む:飛竜の卵】
北の岩山に営巣したワイバーンの巣から、卵を一つ採取せよ。
報酬:金貨20枚
推奨ランク:C以上(※死んでも自己責任)
「……金貨、20枚」
「ああ。ステーキ200皿分だ」
「ゴクリ……。魅力的ね。魅力的だけど……推奨ランクCって書いてあるわよ? 私たち、Fランクなんだけど」
「ランクなんて飾りだ。重要なのは相性と対策だ。ワイバーンは空の王者だが、所詮はトカゲだ。知能は低い」
「でも空飛ぶのよ? ブレス吐くのよ? 黒焦げになる未来しか見えないんだけど」
「真っ向勝負ならな。だが、今回の目的は討伐じゃない。採取だ。親が留守の間に、卵をこっそり頂いてくる。いわゆるスニーキングミッションだ」
「泥棒猫になれってことね。……まあ、ナオトの隠密スキルがあればいけるかも?」
「俺だけじゃない。お前の魔法も必要だ。卵は重いし、親が帰ってきた時の保険も要る」
「保険?」
「ああ。万が一見つかった時のための、とっておきの作戦がある。……やるか?」
ミオは依頼書の『金貨20枚』という文字と、自分のお腹を見比べた。
グゥゥゥ……と、悲しい音が鳴る。
「……やるわよ。背に腹は代えられないわ。ステーキのためなら、トカゲの巣くらいピクニック気分で行ってやるわよ!」
「よし、意見が一致したな。出発するぞ。まずは道具屋でアレを買う」
「アレって?」
「消臭玉と囮人形だ。初期投資で銅貨5枚、全財産ツッコミだ」
「うわぁ、本当に背水の陣ね……」
◇ ◇ ◇
城塞都市から北へ数キロ。
切り立った岩山が連なる「竜の顎」と呼ばれる地帯。
その中腹を二人は岩肌に張り付きながら慎重に進んでいた。
「……ハァ、ハァ。ねえナオト。ピクニック気分って言ったけど、撤回していい?」
「許可する。ここはロッククライミングの会場だ」
「キツいわよこれ! 道なき道を行くにも程があるでしょ! 私の新しいブーツが傷だらけになっちゃう!」
「文句を言うな。正規ルートはワイバーンの巡回コースだ。空から丸見えだぞ。こっちの獣道なら、岩陰に隠れながら進める」
「それは分かるけどさぁ……。あ、見て。あそこに骨が落ちてる」
「……牛の骨だな。綺麗に肉だけ削ぎ落とされてる」
「うへぇ。私たちもああなるのかな」
「縁起でもないこと言うな。……シッ! 伏せろ!」
ナオトが鋭く囁き、ミオの頭を岩陰に押し込んだ。
バサササササッ!!
直後、頭上を巨大な影が通り過ぎた。突風が巻き起こり、砂埃が舞う。
「……うそ、でっか……」
「ワイバーンだ。翼長10メートルはあるな。……よし、飛び去った。狩りに出かけたみたいだぞ」
「今のが親?」
「ああ。タイミングは完璧だ。巣は空っぽだぞ。急ぐぞミオ」
「了解っ! 抜き足差し足ね!」
二人は岩陰から飛び出し、崖の頂上付近にある大きな洞窟――ワイバーンの巣へと駆け込んだ。
◇ ◇ ◇
「……くっさ!!」
「鼻栓しろと言ったろ。獣の巣なんだから当たり前だ」
「ヘドロとは違うベクトルで臭いわよこれ! 獣臭さと、あと腐った肉の匂いが……オエッ」
「我慢しろ。……あったぞ、あれだ」
巣の最深部。枯れ木や動物の骨で作られた巨大なベッドの上に、直径50センチほどの巨大な卵が鎮座していた。
殻はエメラルドグリーンに輝き、表面には微かに脈打つような血管の模様が走っている。
「うわぁ……綺麗。宝石みたい」
「感心してる場合か。早く回収するぞ。……ミオ、お前のリュックには入らないな。俺が背負う」
「大丈夫? 重そうよ?」
「推定20キロってところか。……よいしょっと。うお、温かいな。生きてる証拠だ」
ナオトが卵を抱え上げ、背中の固定具に慎重に結びつける。
「なんか、誘拐犯になった気分ね」
「人聞きが悪い。これは保護だ。野生の厳しさから守ってやるんだよ」
「よく言うわ。換金するくせに」
「さあ、用は済んだ。長居は無用だ、撤収するぞ」
「りょーかい。……あ、ねえナオト。あそこになんか光るものが」
「ん?」
ミオが指差したのは巣の隅っこに転がっているキラキラした物体だった。
ワイバーンは光るものを集める習性がある。
「あれ、剣じゃない? 装飾が豪華なやつ」
「……本当だ。冒険者の遺品か? 柄に宝石が埋め込まれてるな」
「あれも持って帰ろうよ! 絶対高く売れるわ!」
「馬鹿、欲張るな。重量オーバーになる。今は卵だけで手一杯だ」
「えー! もったいない! ちょっとだけ! ちょっと見るだけだから!」
ミオが駆け寄ろうとした、その時。
『ギャオオオオオオオオッ!!』
洞窟の外から、空気を震わせるような咆哮が響いた。
「!!」
「……あ」
「……帰ってきやがった」
「は、早すぎない!? 狩りってそんなすぐ終わるの!?」
「コンビニ感覚で行ったんだろうな! まずいぞ、入り口は一つだ。鉢合わせる!」
「ど、どうすんの!? 戦う!?」
「無理だ! 卵を背負った状態で動けるか! 隠れるぞ! そこの岩の隙間!」
二人は慌てて岩の裂け目に体を滑り込ませた。
直後、ドスンッ! という地響きと共に巨大なワイバーンが巣に降り立った。
口には巨大な野猪をくわえている。
「……ヒィッ! 目が合った気がする!」
「静かにしろ! 隠密スキル発動中だ。息を殺せ」
ワイバーンは獲物を放り出すと、すぐに卵の場所へと視線を向けた。
そして――そこにあるはずのものがないことに気づいた。
『グルルル……? ギャッ!? ギャオオオオオオッ!!』
激昂。その一言に尽きる咆哮だった。
ワイバーンが翼を大きく広げ、巣の中を暴れ回る。
尻尾が岩壁を叩き、落石がバラバラと降ってくる。
「やばい! バレる! 匂いでバレるわよこれ!」
「落ち着け。ここで消臭玉だ。これを割れば俺たちの匂いは消える」
ナオトが小瓶を握りしめる。だが、運命の神様は残酷だった。
ピキッ。
「……ん?」
ナオトの背中から、小さな音がした。
「……ねえナオト。今の音なに?」
「……嫌な予感がする」
ピキキッ。パリンッ!
背負っていた卵の殻が割れた。
そして中から、濡れた体毛に包まれた小さなトカゲ――ワイバーンの赤ちゃんが顔を出したのだ。
『キュー! キュウゥー!』
元気な産声が洞窟内に響き渡った。
「「…………」」
『!?』
親ワイバーンがピタリと動きを止め、岩の隙間の方を向いた。
その瞳孔が縦に細く収縮する。
「……あー。生まれたわね」
「……感動の誕生シーンだな」
『ギャルルルルルルルッ!!』
「バレたぁぁぁぁッ!!」
「逃げるぞミオ! 全力疾走だ!!」
二人は岩陰から飛び出した。
背中には呑気に『キューキュー』鳴いている赤ちゃんトカゲ。
背後からは殺意の塊となった親ドラゴン。
地獄の鬼ごっこの開始だ。
「待って待って! ブレス来る! 口が光ってる!」
「斜めに走れ! 直線上に行くな!」
ドゴォォォォン!! 背後で火球が炸裂し、熱風が背中を炙る。
「熱ぅぅぅい! 私のマフラーが焦げたぁ!」
「生きてるだけマシだ! 出口まであと少し! ミオ、外に出たら囮人形を使え!」
「分かった! ナオトが買ったあの不気味な人形ね!」
洞窟の出口から青空へと飛び出す。しかし、ここは崖の中腹。逃げ場は細い獣道しかない。
親ワイバーンは空へと舞い上がり、上空から二人を狙っている。
「上から来るぞ! ミオ、投げろ!」
「いっけぇぇぇ! 私の身代わり1号!」
ミオがリュックから取り出したのは、肉の匂いが染み付いた藁人形だった。
それを谷底へ向かって放り投げる。
「どうだ!? そっちに行くか!?」
親ワイバーンは一瞬、落下する人形に視線を向けた。しかし――。
『キュウゥゥ~!』
ナオトの背中で赤ちゃんが可愛らしく鳴いた。
『ギャオッ!』
親ワイバーンは即座に人形を無視し、正確にナオトたちの方へ向き直った。
「だめじゃんんんん! やっぱり子供の声には勝てないわよ!」
「親の愛ってやつか! くそっ、美しいけど今は迷惑だ!」
「どうすんの!? もう追いつかれる! このままだと親子丼にされるわよ!」
「……仕方ない。プランZだ」
「なにそれ! 聞いたことないわよ!」
「今考えた! ……ミオ、お前はここで魔法を撃って注意を引け! 俺がその隙に交渉する!」
「交渉!? トカゲと!? 正気!?」
「やるしかない! 3、2、1、今だ!」
「もうヤケクソよ! ブラインド・フラッシュッ!!」
カッ!!
ミオの杖から強烈な閃光が放たれ、ワイバーンの視界を奪う。
親竜が怯んだ隙に、ナオトは背中の赤ちゃんを抱え上げ、高く掲げた。
「おい親父 (お袋かもしれんが)! 見ろ! お前のガキだ!」
『グルァッ!?』
「返してほしけりゃ手出しするな! 俺たちが無事に山を降りるまで、後ろをついてこい! もし攻撃したら……こいつを道連れにするぞ!」
ナオトが短剣を赤ちゃんの首元 (のフリをして少し離れたところ)に突きつける。卑劣極まりない人質作戦だ。
『グルルル……!』
親ワイバーンは唸り声を上げたが、ブレスを吐くのを止めた。
どうやら言葉は通じなくても、意図は伝わったらしい。
「よし、通じた! ミオ、今のうちに走るぞ!」
「ナオト……あんた悪魔ね」
「生き残るためだ! ほら、急げ!」
◇ ◇ ◇
一時間後。麓の森まで降りてきた二人は親ワイバーンが見守る中、そっと赤ちゃんを地面に置いた。
「……はい、お返しします。元気で育てよ」
『キュー!』
赤ちゃんはよちよちと親の元へ歩いていき、親ワイバーンはそれを愛おしそうに舐めた。
そして、ナオトたちを一瞥し、二度と来るなと言わんばかりの鼻息を吹きかけて飛び去っていった。
「……はぁ。助かったぁ……」
ミオが地面に大の字になって倒れ込む。
「死ぬかと思った。寿命が10年は縮んだわ」
「俺もだ。足がガクガクしてる」
「で、ナオト。結果はどうなるの?」
「結果? ……ああ、報酬のことか」
「そうよ! 卵は孵っちゃったけど、成り行きを報告すれば、多少は報酬出るんじゃない?」
「……依頼書をよく思い出せ。『ワイバーンの卵』だ。情報じゃあない」
「だって卵が孵りそうだなんてこと、聞いてなかったわよ!?」
「それについては、完全に間が悪かったな。今後の経験に活かす、か」
「……え?」
「つまり俺たちが手に入れたのは、タダ働きと筋肉痛だけだ」
「…………」
「…………」
「……うそでしょ?」
「本当だ。それに、囮人形と消臭玉の代金、銅貨5枚も赤字だな」
「いやぁぁぁぁっ! 私のステーキ! 金貨20枚ぃぃぃ!」
ミオの悲痛な叫びが森に響く。
装備は綺麗になった。命も助かった。
だが、財布の中身だけは相変わらず冷たい風が吹き抜けていた。
「……帰ろう、ミオ。ギルドの炊き出し、まだ間に合うかもしれない」
「……うん。もう何でもいい。お腹いっぱい食べたい……」
夕日に照らされた二人の背中は、行きの時よりも一回り小さく見えた。
最強装備の貧乏冒険者。彼らの明日はどっちだ。




