第10話 宝箱の罠と、開かない扉
「……暗い」
「遺跡だからな」
「……ジメジメする」
「地下だからな」
「……ねえナオト。私、やっぱり外で暴れる方が好きだわ。こんなカビ臭い通路、私の美肌に悪いと思わない?」
「我慢しろ。今日は俺の盗賊のベストと解除ツールの元を取る日だ。この、忘却の遺跡は罠が多いが、その分、未開封の宝箱が残ってる確率が高い」
「宝箱! その言葉の響きだけは最高ね! 金貨ザックザク? 宝石キラキラ?」
「ああ。運が良ければな。……っと、ストップ」
ナオトが不意に足を止め、杖でミオのお腹を軽く押さえた。
「なによ急に」
「足元を見ろ。その石床、色が微妙に違うだろ」
「え? そう? ただの汚れじゃない?」
「踏んでみれば分かるさ。壁から毒矢が飛んでくるか、床が抜けて串刺しになるか、どっちかだ」
「ひえぇ……。性格悪いダンジョンねぇ」
「俺が解除する。下がってろ」
ナオトがしゃがみ込み、ベストのポケットから細長い金属製の工具を取り出す。
カチャカチャと床の隙間をいじると、カチッという小さな音が響いた。
「よし、解除成功だ。通っていいぞ」
「へえー! ナオトってば、本当に盗賊っぽいことできるのね! 普段は爆弾投げてるだけかと思ってたわ」
「一応、万能職だからな。器用さのステータスには自信があるんだよ」
「ふーん。地味だけど頼りになるわね、地味だけど」
「二回言うな。……お、敵だ。前方、ガーゴイル2体」
通路の奥、石像のフリをしていた翼のある怪物が、赤い目を光らせて動き出した。
「出たわね石ころ! 私の新しい装備の動きやすさ、試してあげるわ!」
「狭いから魔法の暴発に気をつけろよ! 爆破は禁止だ!」
「分かってるわよ! 強化魔法だけね! ヘイスト!」
ミオが風を纏うように加速する。
ガーゴイルが石の爪を振り下ろすが、ミオはひらりと身を翻して回避した。
「遅いわよ! 今の私には止まって見えるわ!」
「調子に乗るなよ。……援護する!」
ナオトが手裏剣のような投げナイフを放った。
ナイフは正確にガーゴイルの関節の隙間に突き刺さり、動きを鈍らせる。
「ナイス牽制! そこね! 魔鉄の剣、いっくよー!」
ズバッ!
赤いマフラーをたなびかせ、ミオがすれ違いざまに一閃。
魔力を帯びた刃が硬い石の皮膚をバターのように切り裂いた。
「どう!? この身軽さ! まるで舞うような剣技でしょ!?」
「ああ、悪くない動きだ。前みたいにドタバタしてないな」
「でしょでしょ? やっぱりビキニアーマーじゃなくて、このミニスカ装備にして正解だったかも!」
「そう言ってもらえると選んだ甲斐がある。……よし、制圧完了だ。奥に部屋があるぞ」
◇ ◇ ◇
「……あった!」
最深部の小部屋。その中央に重厚な装飾が施された宝箱が鎮座していた。
「見てナオト! すっごい豪華! これは絶対、当たりよ!」
「待てミオ、駆け寄るな。宝箱の前には必ずと言っていいほど……」
「罠がある、でしょ? はいはい、下がってますー」
ミオが不満げに頬を膨らませて下がる。
ナオトは宝箱の前に跪き、鍵穴を覗き込んだ。
「……ほう。こいつは手強いな。三重構造のシリンダー錠か」
「なにそれ、難しいの?」
「難易度ハードってところだ。ピッキングツールが折れないように慎重にやらないとな。……集中するから静かにしててくれ」
「はーい」
カチャ……コキッ……カチャカチャ……。静寂な遺跡に金属音だけが響く。
1分、2分、3分と、時間が経過するにつれ、ミオがじれてきた。
「……ねえナオト。まだ?」
「シッ。今、第二層を突破したところだ」
「地味ぃ……。見てて退屈なんだけどぉ」
「我慢しろ。失敗したらガス爆発か、即死トラップが起動するかもしれん」
「えー。じゃあ魔法でドカンと開けちゃダメ?」
「中身まで消し飛ぶだろ。……よし、あと少しだ……」
さらに2分経過。
ミオの貧乏ゆすりが限界に達していた。
「あーもう! まどろっこしいわねぇ! 私が見てあげるわよ!」
「おい待てミオ! 近づくな!」
「大丈夫よ、ちょっと覗くだけ……あっ」
ミオが身を乗り出した瞬間。彼女のブーツのつま先が、宝箱の前の床にあった小さな出っ張りを踏み抜いた。
カチッ。
「……あ」
「……馬鹿野郎!」
シュゴォォォォッ!!
宝箱の底からピンク色の煙が猛烈な勢いで噴き出した。
「きゃああっ!? なにこれ!? 煙!?」
「追跡用マーカーガスだ! 吸うな! そして目を開けるな!」
「ゲホッ、ゲホッ! な、なによこれぇ! 甘ったるい匂いが……!」
「……あーあ。俺の努力が水の泡だ」
煙が晴れた後。そこには全身をド派手な蛍光ピンクの粉末でコーティングされた二人の姿があった。
髪も、顔も、そして昨日買ったばかりの新品の装備も、すべてがショッキングピンクに染まっている。
「……ナオト。私、なんかすごく……派手になってない?」
「ああ。夜道でも目立って安心だな」
「そうじゃなくてぇぇぇ! 取れないわよこれ! 拭いても落ちない!」
「盗賊ギルドご用達の特殊染料だからな。一週間は落ちんぞ」
「一週間!? こんなピンク色の顔で街を歩けって言うの!?」
「だから動くなと言ったんだ……。はぁ。で、肝心の中身は?」
ナオトがピンク色に染まった手で、ようやくロックの外れた宝箱を開ける。
中に入っていたのは――。
「……ポーション、1本」
「は?」
「それも、ラベルが剥がれかけた小回復薬だ。市場価格、銀貨3枚」
「……えっ? それだけ?」
「それだけだ」
「…………」
「…………」
「……割に合わなぁぁぁぁい!!」
ミオの絶叫が遺跡に木霊する。
◇ ◇ ◇
「……見ろよ、あれ」
「うわ、全身ピンクだぞ」
「新手の芸人か?」
「いや、遺跡の罠に引っかかったマヌケだろ。プッ、傑作だな」
城塞都市の大通り。
蛍光ピンクに輝く二人が歩く姿を通行人たちが指を差して笑い、あるいはギョッとして道を空ける。
「うぅぅ……。恥ずかしい……。死にたい……」
「下を向いて歩け。顔を見られるな」
「服も……ブーツも……全部ピンク色になっちゃったぁ……」
「特殊クリーニングに出せば元の色に戻るかもしれん」
「本当!? いくらなの!?」
「……相場で、金貨1枚くらいか」
「…………」
「今回の報酬(ポーション1本)じゃ、袖のシミ一つ落とせないな」
「ナオトの馬鹿ぁぁぁ! なんで罠感知に失敗するのよぉぉ!」
「お前が踏んだんだろ! 俺のせいにするな!」
ド派手な色の二人は逃げるように路地裏へと消えていく。
新装備での初ダンジョン攻略は金銭的にも精神的にも、大赤字という結果に終わったのだった。




