第1話 とある熊退治と、一番右下の依頼書
「ねえナオト、ちょっとここ、酒臭すぎない? 鼻が曲がりそうなんだけど」
「我慢しろミオ。それが冒険者ギルドの匂いだ。汗と鉄と安酒、これぞファンタジーの醍醐味だろ」
「私は優雅な花の香りの中で紅茶を飲みたいの! で? 今日はどうすんの? まさかこのすし詰めの中で一日中立ち話?」
「まさか。さっさと仕事決めて出るぞ。ほら、掲示板見ろよ」
「うわ、びっしり……。えーっと、一番上のこれなんてどう? 『ワイバーン討伐・報酬金貨50枚』! これにしよ! 派手だし!」
「却下」
「即答!? なんでよ、ドラゴン退治とか憧れるじゃん!」
「今の俺たちの構成で空飛ぶトカゲに勝てるわけないだろ。お前の魔法剣は火属性、あいつは火耐性持ちだ。ただの炭火焼きにされて終わりだぞ」
「むぅ……夢がないなあ。じゃあ、ナオトが決めてよ」
「そうだな……よし。これにしよう」
「どれ?」
「一番右下の、画鋲が外れかけてるやつ」
「くじ引きかよ! ……えーっと、なになに? 『求む・畑を荒らす魔獣の討伐』? 報酬は金貨3枚と……野菜?」
「しょっぼ! ナオト、正気? 金貨3枚って宿代で消えるよ?」
「いいんだよ。今の俺たちに必要なのは一発逆転より、安定した勝利だ。それに、この依頼書の文面、ちょっと匂うな」
「匂うって、野菜の匂い?」
「違う。『熊のような獣』って書き方が怪しいんだよ。村人が種類を特定できてないってことは、普通の熊じゃない可能性がある」
「え、何それ怖い。まさか魔神の使いとか?」
「そこまで大袈裟じゃないさ。ま、行ってみればわかる。当たりだといいな」
◇ ◇ ◇
「……ねえナオト。ここ、道なの? ただの藪じゃん」
「文句言うな。村人の証言通りなら、奴の巣はこの東の沢だ」
「もう、靴が泥だらけだよぉ。帰ったら靴磨きしてよね」
「はいはい。……っと、ストップ」
「なによ急に。熊出た?」
「いや、落とし物だ。足元見ろ」
「げっ、何この巨大なフン! 湯気立ってるし! 最悪!」
「騒ぐな、観察しろ。……ふむ、未消化の木の実、それに混じってキラキラ光るものが見えるな」
「見たくないよそんなの! 何よキラキラって」
「金属片だ。それも、かなり硬度の高いワイヤーみたいな毛だな」
「金属? 熊が鉄でも食べるわけ?」
「逆だ。体から生えてるんだよ。……ビンゴだミオ。相手はただの熊じゃない。鋼毛熊だ」
「はあああ!? 鋼毛熊って、あの剣が通らない新人殺し!? 金貨3枚で戦う相手じゃないでしょ、詐欺じゃん!」
「だから、一番右下に残ってたんだろうな。普通の熊だと思って手を出した冒険者が逃げ帰ったか、あるいは……」
「あるいは……何?」
「腹の中で消化されたか、だ」
「帰る! 私帰る! 命あっての物種だよ!」
「落ち着けって。勝算はある」
「あるわけないじゃん! 私の剣じゃ爪楊枝にもならないよ!」
「物理で殴り合えばな。だが、生物としての弱点は変わらない。ほら、これを見ろ」
「……何これ。小瓶? 赤い液体が入ってるけど」
「特製のカプサイシン濃縮液だ。激辛唐辛子の汁を煮詰めて、さらに気化しやすく加工してある」
「うわ、蓋閉まってるのに目が痛くなりそう……。まさか、これを飲ませて火を吹かせる気?」
「もっと効率的だ。鋼毛熊は鼻が利く。そこを突く」
「しっ、静かに。……いたぞ」
「うわ、でっか……。岩かと思った」
「洞窟の前で昼寝中か。運がいいな。いびきかいてやがる」
「どうすんの? いきなり魔法ぶっ放す?」
「駄目だ。寝起きに中途半端な攻撃を当てたら、発狂モードに入って手がつけられなくなる。いいか、手順を言うぞ」
「うん」
「俺がこの瓶を奴の鼻先に投げる。奴が悶絶して腹を見せたら、お前が飛び込め。あいつの腹は毛が薄い。そこならお前の剣でも通る」
「お腹ね、了解! 単純なのは得意!」
「よし、合図したら行けよ。……えいっ」
「……あ、入った」
「よし、割れた! 来るぞ!」
『グッ、ガアアアアアッ!?』
「うわっ、すご! のた打ち回ってる!」
「効いてるな。嗅覚が鋭いのが仇になったか。……今だミオ! 腹だ!」
「任せて! ――ええいっ! 燃えちゃえ!」
『ガ、ア……ッ』
「……お、倒れた。ナイス、いい一撃だ」
「やった! 見たナオト!? ズバッといったよズバッと!」
「ああ、お見事。会心の一撃ってやつだな」
「へへーん! まさかあんなあっさり倒せるとはねー。ナオトのおかげ……と言ってやらなくもない」
「素直じゃないねえ。ほら、手伝え。毛皮を剥ぐぞ」
「えー、血抜きとかグロいのやだー」
「この毛皮、鍛冶屋に持っていけば金貨30枚にはなるぞ」
「やります! 喜んでやらせていただきます!」
「現金なやつだな……。肉も上質だ。今夜は熊鍋にするか」
「ステーキがいい! 一番高い赤ワインもつけよう!」
「はいはい、予算の範囲内でな」
「それにしてもさ、ナオト」
「ん?」
「なんであんな対・鋼毛熊専用みたいなアイテム持ってたの? ここに来るまで相手わかんなかったはずでしょ?」
「……まあな」
「怪しいなあ。まるで、こうなることがわかってたみたい」
「備えあれば憂いなし、ってやつさ。それに……」
「それに?」
「嫌な予感がしたんだよ。運命の賽の目が、どうも今日は荒れそうだったからな」
「さいころ? また変な言い回し。ナオトってたまにおじさん臭いこと言うよね」
「おじさん言うな。これでもまだ十代だぞ」
「はいはい。さあ帰ろ! お肉お肉ー!」
「……やれやれ。荷物持ちは俺の役目かよ。次はもっと筋力に振っとくかな……」
「何か言ったー?」
「なんでもない。置いてくぞ」
「ちょ、待ってよー!」




