水瀬本家地下にて3
破邪は、完全に沈黙していた。
地下封印区画に満ちていた禍々しい気配は霧が晴れるように薄れ、
結界符の光だけが、静かに脈打っている。
終わった――
誰もがそう思った瞬間だった。
「……戻ろう」
トウヤの声が響く。
玄弥は小さく息を吐き、踵を返した。
その時。
――ギシ、と。
天井の奥で、嫌な音が鳴った。
戦闘によって削られた霊脈と石組み。
均衡を失った封印区画の一部が、限界を迎えていた。
「ナギサ、下が――」
トウヤの声は、最後まで届かなかった。
轟音。
砕けた梁と石片が、封印陣の外縁へと崩れ落ちる。
逃げ場のない位置にいたのは――ナギサだった。
時間が、伸びたように感じられた。
ナギサの青い瞳が見開かれる。
声にならない息が、喉で止まる。
次の瞬間。
玄弥の身体が、動いていた。
考えるより先に。
迷うよりも早く。
「――っ!」
霊装の刀を放り投げ、
玄弥はナギサを抱き寄せるようにして覆いかぶさった。
背中に、衝撃。
鈍く、重い感覚。
骨に直接響くような痛みが走る。
「……っ、ぐ……」
息が詰まる。
視界が一瞬、白く弾けた。
それでも、玄弥は動かなかった。
瓦礫が止まるまで。
完全に崩落が収まるまで。
ただ、盾になるように――
ナギサを包み込んでいた。
やがて、静寂。
「……さ、西園寺……?」
震える声が、胸元から聞こえた。
玄弥はゆっくりと身体を起こし、
ナギサの肩に置いていた手を離す。
「……怪我、ないか」
それだけを、確認するように言った。
自分の背中から伝う血には、気づいていないふりをして。
ナギサは、しばらく言葉を失っていた。
助けられた理由が分からない。
会ったばかりで、会話もない。
私はマトリではない。
それなのに。
目の前の少年は、
何事もなかったかのように立っている。
――身を挺して。
自分を、守って。
「……どうして」
絞り出すような声。
玄弥は、少しだけ困ったように笑った。
「……目の前にいたからだ」
それ以上は、何も言わない。
マトリの名前も。
恨みのことも。
自分がどう思われているかも。
ただ――
守ると決めたから、守った。
それだけだった。
ナギサは唇を噛みしめ、視線を伏せる。
胸の奥で、抑え込んでいた感情が、
音を立てて軋み始めていた。
――この人は。
妹が、好きになってしまうはずだ。
それが、
何よりも残酷な事実だった。
「ナギサ!玄弥……!」
瓦礫の向こうから、駆け寄ってきたのはトウヤだった。
険しい表情のまま、玄弥の肩に手をかける。
「大丈夫か。今のは――」
言い終わる前に、トウヤは気づいた。
玄弥の背中。
白装束の隙間から、じわりと滲む赤。
「……血が出てる」
玄弥は一瞬だけ視線を落とし、すぐに肩をすくめた。
「少し、な、でもナギサさんは大丈夫だ」
まるで転んだ程度の口調だった。
「骨はいってない。動くのも問題ない」
そう言って、玄弥は軽く腕を動かしてみせる。
確かに、動きに支障はない。
だが、その態度が逆に痛々しかった。
「……無茶をする」
トウヤの声には、責めるよりも安堵が混じっている。
「ああ。でも――」
玄弥は、ナギサの方を一度だけ見てから、視線を戻した。
「守れたなら、それでいい」
トウヤは、何も言えなくなる。
命令でも、使命でもない。
計算でも、自己保身でもない。
ただの選択。
それができる人間を、
本当に“危険”と呼べるのか。
「……後で手当てはするぞ」
「助かる」
短いやり取り。
それだけで十分だった。
地下封印区画には、まだ瓦礫の匂いが残っている。
だが――
その場にいた全員が、
先ほどとは違う目で、玄弥を見ていた。
特に、青い瞳の少女は。
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