表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
水瀬家編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/207

水瀬本家地下にて2

 地下最深部。

 岩と術式に覆われた空間の中央に、古い封印陣が刻まれていた。


 幾重にも重ねられた札。

 血で描かれた線。

 祈りと呪詛が、判別できないほど絡み合っている。


「……ここか」


 玄弥の声は、自然と低くなった。


 ナギサは一歩引いた位置で、黙って様子を見ている。

 トウヤだけが、玄弥の隣に立った。


「本当に、やるんだな」


「うん」


 玄弥は頷く。


 迷いは、もうなかった。


 封印陣の中心に手をかざす。

 霊力を、ほんの少しだけ流す。


 ――反応が、あった。


 空気が、鳴った。


 封印陣の線が、ゆっくりと光を失っていく。

 札が一枚、また一枚と灰になって崩れ落ちた。


「……っ」


 重圧が、増す。


 呼吸が、重い。


 地下そのものが、息を吸い込んだようだった。


「来るぞ」


 トウヤが低く告げる。


 最後の術式が解けた瞬間。


 ――沈黙。


 爆発も、咆哮もない。


 ただ、圧だけがそこに生まれた。


 水底に沈められたような、逃げ場のない存在感。


 最後の封印符が、音もなく崩れ落ちた。


 瞬間。


 地下空間の霊脈が、一斉に悲鳴を上げた。


 空気がひしゃげ、床の石が浮き上がる。

 結界が軋み、術式が耐えきれずに明滅した。


「……っ!」


 玄弥は咄嗟に足を踏みしめる。


 ――重い。


 圧力ではない。

 “存在”そのものが、空間を押し潰している。


 封印陣の中心で、黒い影が脈打つように膨張した。


『――……』


 声にならない声。


 怒りでも、憎しみでもない。

 長すぎる封印から解き放たれたことによる、制御不能な反動。


「破邪……!」


 名を呼んだ瞬間。


 影が、爆ぜた。


 妖気が奔流となって噴き上がり、壁も天井も区別なく叩き潰す。


「来るぞ!」


 トウヤが叫ぶ。


 ナギサは、一歩も動かない。

 ただ、目を逸らさず見ていた。


 玄弥は、息を吸い――


「――展開」


 言葉と同時に、霊力を解放する。


 白い霊装が、内側から染み出すように顕現した。


 簡素だが、無駄のない白装束。

 袖と裾に走る、淡い霊紋。


 右手には、霊装の刀。


 刃は半透明で、揺らぐように存在している。


 そして。


 背中から、二本の尾が伸びた。


 九尾の力を完全に借りるには足りない。

 だが、今の玄弥が制御できる限界。


「……っ」


 尾が地面を叩いた瞬間、姿勢が安定する。


 破邪の影が、形を成し始めた。


 人に似た輪郭。

 だが、顔は定まらず、内部でいくつもの“視線”が蠢いている。


『――……壊す……』


 言葉にならない意思。


 暴走している。


 玄弥は、一歩前へ。


「戦いは、俺が引き受ける」


 返事はない。


 次の瞬間。


 破邪が“動いた”。


 床を蹴ったわけでもない。

 ただ、距離が消えた。


「――っ!?」


 反射的に刀を構える。


 直後、衝撃。


 正面から叩きつけられ、吹き飛ばされる。


 白装束が衝撃を殺すが、それでも内臓が揺れた。


「ぐ……っ!」


 壁に激突し、石が砕ける。


 着地する間もなく、影が追ってくる。


 速い。

 理不尽な速さ。


 尾で地面を打ち、横へ跳ぶ。


 影の刃が、さっきまで立っていた場所を抉り取った。


「……くそっ」


 刀に霊力を流し、斬りかかる。


 ――手応え。


 確かに、斬った。


 だが。


 影は裂けながら、即座に再生する。


『……意味、ない……』


 破邪の声が、今度ははっきりと響いた。


 次の瞬間、周囲の妖気が一斉に玄弥へ殺到する。


 防御陣を展開。


 だが、圧が違う。


 陣が悲鳴を上げ、ひび割れた。


「っ――!」


 押し潰される。


 膝が、地面に沈む。


 霊力を流すたび、内側の呪いが棘を立てる。


 それでも、立ち上がる。


 尾を振り、無理やり距離を取る。


「……破邪!」


 呼びかける。


 一瞬。


 影の動きが、止まった。


『……』


 沈黙。


 だが、次の瞬間には再び暴走する。


 自壊に近い妖気の放出。


 空間が歪み、結界が限界を迎える。


「玄弥!」


 トウヤの声。


 ナギサは、拳を握りしめていた。


 玄弥は、深く息を吸う。


 ――流す。


 ――止める。


 ――戻す。


 派手な一撃は、通じない。


 なら、削る。


 破邪の“核”へ、少しずつ。


 尾を使い、死角へ回る。


 影の隙間に、霊装の刀を差し込む。


『……ぐ……』


 破邪の形が、揺らいだ。


「今だ……!」


 全霊力を、刃に乗せる。


 切るのではない。


 “ほどく”。


 刀を引き抜いた瞬間、破邪の妖気が乱れ始める。


『……ああ……』


 声が、弱くなる。


『ようやく……』


 影が、崩れ始めた。


 その場に残ったのは、静寂だけだった。


 玄弥は、膝をつく。


「……これが、今の我だ」


 破邪の声は、掠れていた。


 姿は定まらず、影のように揺れている。


「吼える意味も」

「暴れる理由も、もはや薄れた」


 それでも。


 そこに“在る”だけで、霊力の流れが歪む。


 玄弥の背筋を、冷たいものが走った。


 ――強い。


 敵意がないからこそ、抑えも効かない。

 ただ存在するだけの“災い”。


「だが」


 破邪の影が、ゆっくりと広がる。


「終わるなら、名を残して散りたい」

「破邪としてな」


 玄弥は、一歩前に出た。


 ナギサは何も言わない。

 トウヤも、剣に手をかけない。


 見ているだけだ。


「……受ける」


 その瞬間。


 影が、床を這った。


 ――来る。


 地面から噴き上がる妖気が、刃となって襲いかかる。


「っ――!」


 跳んだ。


 だが、完全には避けきれない。


 肩が裂け、血が散る。


「くっ……!」


 着地と同時に膝をつく。


 重い。

 身体が、自分のものじゃない。


 破邪は、追撃しない。


 ただ、そこにいる。


「……我は、戦いを望まぬ」


 その言葉の直後。


 空間が、歪んだ。


 玄弥の足元が崩れ、影が絡みつく。


「――ぐっ!!」


 引き倒され、地面に叩きつけられる。


 息が、抜ける。


 肺が潰れたかと思うほどの衝撃。


「玄弥!」


 トウヤの声が響く。


 ナギサは、唇を噛みしめたまま動かない。


「……これが」


 破邪の声は、淡々としていた。


「我という“災い”だ」

「意思なくとも、人を壊す」


 玄弥は、歯を食いしばる。


 立ち上がろうとするが、足が震える。


 霊力を流すたび、呪いの棘が内側で疼いた。


「……それでも」


 膝をついたまま、前を見る。


「終わらせるって、言った」


 影が、わずかに揺れる。


 次は、正面から。


 妖気の奔流が、玄弥を飲み込んだ。


 視界が、黒に染まる。


「――っ!!」


 防御陣を展開するが、砕け散った。


 背中から壁に叩きつけられ、血が喉に込み上げる。


 立てない。


 腕の感覚も、鈍い。


「……もう、よい」


 破邪が言う。


「無理に立つな」

「我は、もう長くは保たぬ」


 それは、降伏にも聞こえた。


 だが。


 玄弥は、血を吐きながら笑った。


「……それは」

「俺が決める」


 震える指で、地面を掴む。


 流す。

 止める。

 戻す。


 葛葉に叩き込まれた、地味な基礎。


 派手な術は、使えない。


 だから。


 破邪の“中心”だけを、見る。


「……お前」

「優しいな」


 破邪が、初めてそう言った。


 細く、鋭い霊力が貫く。


 影が、裂ける。


「ぐ……」


 形が、崩れ始める。


「抗うな」

「散れ」


「違う」


 玄弥は、一歩踏み出す。


 足がもつれる。

 それでも、前へ。


「送るんだ」


 最後の一撃。


 霊力を刃にせず、流れそのものとしてぶつける。


 破邪の存在が、ほどけていく。


「……ああ」


 満足した声。


「それで、いい」


 影が、光に変わる。


「我は、破邪として終われた」


 そして、消えた。


 玄弥は、その場に崩れ落ちた。


 立てない。

 呼吸も、荒い。


 ナギサは、最後まで声をかけなかった。

 トウヤも、剣を抜かなかった。


「……よく、生きてたな」


 トウヤが、静かに言う。


 玄弥は、天井を見上げる。


 勝った実感は、ない。


 ただ。


 ――受け入れた。


 それだけが、胸に残っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ