閑話 ナギサとマトリ
マトリと私は、同じ日に生まれた。
双子として生まれて、
同じ部屋で眠って、
同じ術を学んだ。
何もかも一緒で、
それが当たり前だった。
ずっと、この先も。
⸻
でも、マトリは死んだ。
私のいない場所で。
私の知らない戦いで。
妖怪討伐の任務中だったと聞いた。
詳細は伏せられていた。
――危険度が高かった、とだけ。
⸻
知らせを受けた時、
私はすぐには理解できなかった。
だって、昨日まで一緒だった。
同じ食事をして、
同じ愚痴を言って、
同じ未来を語っていた。
それが、
今日はいない。
そんなことが、
あるはずがなかった。
⸻
遺体を見ることは、許されなかった。
代わりに聞かされたのは、
冷たい言葉だった。
「ナギサは、無事だったんだな」
その言葉が、
胸に突き刺さった。
――私が、そこにいなかったから?
⸻
後になって分かったことがある。
あの任務に関わる呪いを、
私は間接的に受けていたらしい。
それでも、壊れなかった。
侵食も、
精神汚染も、
起きなかった。
「ナギサは、器に適している」
そう告げられた時、
私は、何も言えなかった。
⸻
器に向いていたのは、私。
マトリじゃなかった。
――それは事実だ。
でも。
それが分かったのは、
マトリが死んだ後だった。
もっと早く分かっていれば?
場所が逆だったら?
考えても、意味はない。
⸻
双子として生まれて、
何もかも一緒だった。
それでも最後は、
同じ場所には立てなかった。
マトリは死に、
私は生きている。
器として。
――生き残ってしまった側として。
この命の重さを、
私は、まだ受け止めきれていない。
西園寺玄弥という少年は、不思議な存在だった。
霊力もなく、
術も扱えず、
学院ではいつも端に追いやられている。
なのに――折れなかった。
怒りもしない。
泣き言も言わない。
ただ、立ち続けている。
それが、マトリには怖かった。
自分なら、とっくに壊れている。
才能があると評価され、
器として期待され、
それでも不安で仕方がない自分よりも。
何も持たない玄弥のほうが、
ずっと強く見えた。
⸻
玄弥が霊力を使えずに嘲笑されるたび、
マトリは視線を逸らした。
助けなかったのではない。
助けられなかった。
――触れれば、自分が揺らぐから。
「何もない」という状態が、
どれほどの覚悟で立っているのか。
それを理解してしまったら、
自分が器であることに、疑問を持ってしまう。
⸻
それでも。
訓練場の隅で、
誰にも見られず、
それでも剣を振り続ける背中を見るたび、
マトリの中で、
静かに何かが積もっていった。
尊敬。
畏怖。
そして――羨望。
⸻
もし。
もし同じ場所に立てたなら。
もし同じ力を持てたなら。
玄弥は、どんな未来を掴むのだろう。
自分は、
それを横で見ていたかった。
器でも、英雄でもなく、
ただ一人の人間として。
⸻
それは、言葉にしなかった想い。
伝えるつもりも、
伝えられるとも思っていなかった。
けれど確かに、
マトリの中には流れていた。
――西園寺玄弥という存在への、静かな敬意が。
最初は、ただ見ていただけだった。
西園寺玄弥は、特別なことをしていない。
声を荒げるわけでも、誰かに挑むわけでもない。
それでも――
どんな言葉を向けられても、姿勢が崩れなかった。
マトリはそれを、
「強さ」だと思った。
自分にはない、
空っぽだからこそ折れない強さ。
だから、尊敬した。
⸻
いつからだろう。
玄弥の姿を探すようになったのは。
訓練場に入る前、
無意識に視線が動く。
いなければ、少しだけ落ち着かない。
――理由は、ないはずだった。
⸻
ある日。
玄弥が一人で、術式の基礎書を読んでいるのを見た。
霊力がないから、
使えないと分かっているはずなのに。
それでも、ページをめくっている。
その横顔を見た瞬間、
胸の奥が、わずかに熱を持った。
尊敬とは、違う。
もっと――近い感情。
⸻
話したい、と思った。
助けたい、ではない。
評価したい、でもない。
ただ、声を聞いてみたい。
自分をどう思っているのか、知りたい。
それに気づいた時、
マトリは、少しだけ怖くなった。
⸻
――私は、器の候補なのに。
感情を揺らすのは、
良くないことのはずなのに。
それでも。
玄弥が笑ったとき、
ほんのわずかでも報われたような顔をしたとき、
胸の奥が、静かに満たされていく。
⸻
尊敬は、もう言い訳にならなかった。
これは、
見守るだけでは済まされない感情。
近づきたい。
並びたい。
同じ目線で、同じ世界を見ていたい。
⸻
マトリは、まだその言葉を知らなかった。
けれど――
もう、戻れないところまで来ていることだけは、
はっきりと分かっていた。
これは尊敬ではない。
西園寺玄弥という一人の人間へ向けた、
静かで、確かな好意だった。
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