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呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
水瀬家編

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水瀬ナギサ

 その日は、水瀬本家に泊まることになった。


 当主との会話を終えたあと、玄弥は客間へ通された。

 広く、古風で、落ち着いた部屋だったが――胸の内は少しも落ち着かなかった。


 布団に腰を下ろし、天井を見上げる。


(破邪を倒してみろ、か……)


 試されている。

 それも、ただの力ではなく――存在そのものを。


 その時だった。


 控えめなノック。


「……玄弥、入るぞ」


 トウヤの声。


「起きてる」


 障子が開き、トウヤが姿を見せる。

 その背後に、もう一人。


「紹介しておくべきだと思ってな」


 一歩ずれた先に、少女が立っていた。


 年は玄弥と同じくらい。

 長い黒髪を整え、白を基調とした着物を身に纏っている。

 所作は静かで、背筋が伸びていた。


 そして――

 その青い瞳。


 見覚えがある。

 嫌というほど。


「……」


 少女は、玄弥を一瞥しただけで、わずかに視線を逸らした。


「水瀬ナギサです」


 声は澄んでいる。

 丁寧で、落ち着いていて――


 けれど、明確な距離があった。


「……西園寺玄弥だ」


 名乗ると、ナギサは小さく頷くだけだった。


 それ以上の挨拶はない。


「ナギサは、マトリの姉だ」


 トウヤの言葉に、空気がぴんと張り詰める。


 ナギサは、ゆっくりと玄弥を見た。


「……そうですね」


 一拍。


「妹が、最後に関わっていた人」


 声は低くも高くもならない。

 だが、その言葉ははっきりと棘を含んでいた。


「助けられなかった人」


 玄弥の胸が、締め付けられる。


 ナギサは感情を荒げない。

 怒鳴らない。

 泣きもしない。


 それが、かえって残酷だった。


「誤解しないでください」


 彼女は静かに言う。


「今すぐ責め立てるつもりはありません。

 ここは水瀬家ですから」


 ――“ここでは”。


 そう聞こえた。


「ただ」


 青い瞳が、真っ直ぐに突き刺さる。


「あなたを、許しているわけではありません」


 その言葉は、淡々としていた。


 トウヤが小さく息を吐く。


「……今日は、顔を合わせるだけだ」


 ナギサは頷いた。


「ええ。

 それだけで十分です」


 最後にもう一度だけ、玄弥を見る。


 そこには――

 敵意と、抑え込まれた痛みが、静かに混じっていた。


「では、失礼します」


 一礼し、ナギサは踵を返す。


 障子が閉まり、足音が遠ざかる。


 残された玄弥は、拳を握りしめた。


 責められて当然だ。

 恨まれて当然だ。


 それでも――


(証明しろ、か)


 地下に封じられた妖怪。

 破邪。


 あれは、当主の言葉以上に、

 彼女に突きつけられた問いなのかもしれなかった。


(ナギサside)

 玄弥と別れたあと、私は廊下を静かに歩いていた。


 夜の水瀬本家は、音が少ない。

 灯りに照らされた柱と、長い影だけが伸びている。


(……あの人)


 西園寺玄弥。


 妹が、最後まで気にかけていた人。


 胸の奥が、ちくりと痛む。


 私は、マトリといつも一緒だった。

 生まれた時から、同じ顔で、同じ声で。

 鏡みたいだって、よく言われた。


 ――でも。


 ある時から、違いが生まれた。


 感情が、流れてくるようになったのだ。


 理由は分からない。

 血のせいか、術のせいか、それともただの偶然か。


 けれど、私は知ってしまった。


 マトリが、あの人をどう思っていたか。


(……ばか)


 小さく、誰にも聞こえない声で呟く。


 命が危険だって分かっていたはずなのに。

 立場も、状況も、全部分かっていたはずなのに。


 それでも。


 マトリの感情は、嘘をつかなかった。


 不安。

 恐怖。

 それ以上に――


 「放っておけない」


 そんな、優しすぎる気持ち。


 私は、知っている。


 マトリが玄弥を見ていた時、

 ほんの少しだけ、声が柔らかくなっていたことも。


 名前を呼ぶ時、

 一瞬だけ、呼吸が乱れていたことも。


(……好きだったんだよね)


 認めたくなかった事実が、胸に沈む。


 だから、余計に許せない。


 助けられなかった現実も。

 守れなかった結果も。


 そして――

 それでも憎みきれない、自分自身も。


 私は、立ち止まる。


 障子の向こう。

 さっきまで、玄弥がいた場所。


(あなたが、もし……)


 もし、妹の気持ちを知ったら。

 もし、それでも前を向くと言うなら。


 私は、その時どうするのだろう。


 許せるのか。

 それとも、一生許さないままなのか。


 分からない。


 ただ一つだけ、確かなことがある。


(簡単に死なないで)


 それは、願いであり、呪いだった。


 マトリが好きになった人が、

 何も証明できずに消えるなんて――


 そんなの、あまりにも救いがない。


 私は、そっと目を伏せる。


 恨みは、消えない。

 でも――


 妹の想いまで、否定するつもりはなかった。

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