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呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
水瀬家編

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88/207

水瀬本家にて2

 玄弥と葛葉は、トウヤに促されて屋敷の奥へ進む。

 使用人が扉の前で立ち止まり、礼をして玄弥を客間へ案内した。


「こちらが当主様をお待ちいただく客間でございます」

 静かで落ち着いた声。障子の向こうから夕日が差し込み、畳に柔らかな光の帯を作っている。


 葛葉は玄弥の肩に隠れるようにして座った。

 古風な作りの屋敷に目を丸くし、床の間の掛け軸や欄間の木目、障子の透ける光に見入る。


『……玄弥、この家……空気が違う』

 葛葉は小さく息を吐く。外の世界とはまるで別の時間が流れているようだ。


 庭には苔むした石灯籠や低い垣根、風に揺れる樹木が並ぶ。

 掛け軸の墨絵が静かに目を引き、屋敷の重みと歴史を感じさせた。


 玄弥は葛葉の存在を意識しながらも、自然と背筋を伸ばす。

 窓の外の庭を見やると、赤く染まる空に屋根瓦の影が伸び、風が樹木の葉をざわめかせる。


 使用人は丁寧に玄弥に一礼して立ち去り、扉の向こうで静かに待機する。

 トウヤはそのまま席を外し、別の用件を済ませるため屋敷の奥へと消えていった。


 玄弥は一人、客間の静けさに包まれながら、葛葉とともに当主の帰りを待つ。

 葛葉は足元で小さく身を寄せ、視線を床の間や庭に向けて静かに観察していた。

 その存在感は控えめだが、屋敷の静寂の中で、ただの影のように揺れる。


 玄弥は小声で葛葉に囁く。

『そろそろ、当主様が戻る時間じゃな』


 葛葉は小さくうなずく。人前には現れず、ただ影の中で静かに待つ。

 屋敷の古風な空気と、葛葉の不可視な存在感が、時間の流れを一層遅く感じさせた。


 夜までにはまだ時間があった。

 玄弥は葛葉を連れ、客間の周囲を少し歩いてみることにした。


 廊下は落ち着いた木の香りが漂い、障子越しの光が淡く揺れている。

 使用人たちの静かな足音が時折、遠くから聞こえるだけだった。


 玄弥は庭や屋敷の構造を眺めながら歩いていたが、急に腹部に違和感を覚える。

「……あ、ちょっと……」

 急に催してしまったらしい。


 慌ててトイレを探して廊下を進む。

 その途中、ふと視界の端に人影が映った。


 ――マトリと同じ顔をした少女だ。


 黒く艶やかな髪、整った柔らかな顔立ち、透き通るような青い瞳。

 その佇まいは清楚で儚げな印象を与えた。だが、視線には確かな警告と、微かな苛立ちが込められている。


 少女は静かに玄弥の方へ歩み寄り、凛とした姿勢で立ち止まった。

 声は柔らかく澄んでいるが、口調の端々には厳しい叱責の響きがある。


「……あなたが西園寺玄弥‥マトリを、助けられなかった人」


 青い瞳はまっすぐ玄弥を見据え、一歩も引かず立っている。

 柔らかな容姿と清楚な振る舞いの裏に、非難とも言える強さが漂う。


「私、あなたの事が許せない‥なぜマトリを‥」


 小柄で可憐な姿だが、声には静かな力が宿っていた。

 清楚な少女の印象と、責める言葉のギャップが、玄弥の胸に重くのしかかる。


 玄弥は葛葉の存在を意識しつつ、少女の視線からそっと目を逸らす。

 催した尿意を我慢しながら、その場を離れたが、胸の奥には緊張と罪悪感が残った。


(少女side)


 ――あの目は、ただの警告じゃない。

 ――「マトリを助けられなかった」自分への責めを、清楚な顔立ちと相まって鮮明に伝えてくる。


 玄弥が去った後、少女はしばらくその場に立ち尽くしていた。

 青い瞳には、どこか寂しさと苛立ちが入り混じる。


 ――あいつは、結局……

 助けられなかった、あの瞬間の悔しさ。


 不思議なことに、少女とマトリは同じ顔をしている。

 だからこそ、感情の波が重なるのだ。


 少女はそっと息をつき、手を握る。

 清楚な外見の中に、強い意思が潜んでいる。

 悲しみや怒りを押し殺しながらも、心のどこかで確かに玄弥を見つめていた。


 ――あいつに、伝えたいことは山ほどある。

 でも、今は言えない。

 声を出せば、マトリの気持ちも、自分の気持ちも、あふれてしまいそうだから。


 少女はその場を離れ、静かに歩き出す。

 夜の空気に溶け込みながら、彼女の青い瞳は遠く、去っていった玄弥の背中を追い続けていた。


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