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呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
水瀬家編

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決戦の後に

(トウヤ)side


 意識が浮上したとき、最初に感じたのは静寂だった。

 夜明け前の学園。

 崩れた石畳。

 そして――自分が、まだ生きているという事実。


「……目が覚めたか」

 低く落ち着いた声。

 水瀬トウヤは、ゆっくりと視線を上げた。

 そこには、西園寺玄弥が立っていた。


 剣は収められ、殺気もない。

 まるで戦いなど最初から無かったかのように。

「……俺は、負けたはずだ」


「そうだな」

「なら、なぜ……」


 言葉を探すように、トウヤは一度息を吐いた。

「なぜ、生かしている?」


 玄弥はすぐには答えなかった。

 夜風に髪を揺らしながら、静かに口を開く。

「殺す必要がなかった」


 淡々とした声音。

「俺にとって、水瀬を斬る理由はなかった」

 トウヤは苦く笑う。


「俺は、お前を消す選択をした。

 命令だとしても……事実は変わらない」

「分かってる」


 玄弥は一歩、距離を詰めた。

「だからこそ、頼みがある」


 トウヤの表情が、わずかに強張る。

「……何だ」


「水瀬本家に、連れて行ってほしい」

 一瞬、空気が止まった。


「正気か?」


 トウヤの声に、動揺が滲む。

「今のお前は、当主会議から見れば“排除対象”だ。

 本家に姿を現せば――」


「分かってる」

 それでも、玄弥は目を逸らさない。


「だから行く」

 その瞳には、逃げの色はなかった。

「俺が無害だってことを、直接見せる」

 トウヤは、言葉を失う。


「……甘い、と言いたいところだが」

 小さく息を吐いた。


「お前は、逃げるよりも危険な道を選ぶ男だな」


「慣れてる」

 玄弥は、肩をすくめる。


「無能って言われてた頃から」

 トウヤは、しばらく黙り込んだまま考えていた。


 ――当主の命令。

 ――部隊の立場。

 ――そして、目の前の少年。

「……俺の一存で動かせる範囲を超えている」


 それでも。

「だが」


 トウヤは、はっきりと言った。

「俺が連れて行く」


 玄弥の目が、わずかに見開かれる。

「条件がある」


「聞く」


「水瀬本家では、戦うな。

 挑発されても、力を見せるな」

 玄弥は頷いた。


「無害であることを示すんだろ?」


「ああ」

 トウヤは、苦笑する。


「それが一番、難しい」


 二人の間に、奇妙な信頼が生まれていた。


 敵として刃を交えたはずなのに。

 それでも――まだ、話ができる。

「水瀬」


 玄弥が呼ぶ。


「さっきの質問」


「……何だ」


「なんで、最後まで本気で斬らなかった?」

 トウヤは、視線を逸らした。


「……分からない」

 そして、小さく付け加える。


「多分、マトリに似た目をしていたからだ」

 夜が、少しだけ白み始めていた。

 この選択が、さらに大きな波紋を呼ぶことを――

 二人とも、理解した上で。


 水瀬家本家は、京都にある。

 その事実を告げられたとき、玄弥は「やっぱりか」と思った。

 四家の中枢。歴史と因縁の塊みたいな場所が、東京近郊なわけがない。

 ――そして今。


 俺は新幹線の指定席に座っていた。

 窓の外では、景色が音もなく後ろへ流れていく。

 学院の戦いも、昨日の夜も、全部置き去りにされていくみたいだ。


「……速いな」

 小さく呟いた、その直後。


「な、なんだこれは!?」

 頭の中に、素っ頓狂な声が響いた。


『地面が動いておる! いや、箱が動いておるのか!?

 待て、外の景色が……流れておるぞ!?』

「落ち着け、葛葉」


 玄弥は、なるべく口を動かさずに返す。

「新幹線だ。ただの乗り物」


『ただの!?この速さで!?馬でも妖術でもないぞ!?』

 隣の席――

 **誰にも見えない“少女”**が、窓に張り付く勢いで外を見ている気配がする。


 白銀に近い淡い金の髪。

 九尾の妖怪の本質を隠した、少女の姿。

 今は、霊的存在として玄弥の隣に“座っている”。


『人の世は、いつの間にこんなことになった……』


「数百年ぶりだもんな」


『数百年どころではないわ!!』

 内心でツッコミながら、玄弥は前の席に視線を向けた。

 通路を挟んだ先に、水瀬トウヤが座っている。

 資料に目を落とし、完全に仕事モードだ。


 ――当然だが。


 トウヤには、葛葉は見えない。

 感じ取ることすら、できていない。


「なあ」

 玄弥は、ぽつりと声を出した。


「京都まで、どれくらいだ?」


「二時間少しだ」

 トウヤは顔も上げずに答える。


「それまでに、聞きたいことがあるなら聞いておけ」


「……葛葉のこと、何も言わなくていいのか」

 一瞬だけ、トウヤの指が止まった。

 だが、すぐにまた動き出す。

「“ぼかして”話す約束だ」


「だよな」

 そのやり取りを聞いて、葛葉が鼻を鳴らす。

『ふん。見えぬ者に気を遣われるとは、奇妙なものよ』


「嫌か?」


『……いや』

 一拍、間が空く。


『だが、油断するな玄弥。

 あの男――敵意はないが、覚悟が重い』


「分かってる」

 窓の外。

 山が、街が、川が、線になる。

 その速さに、葛葉は何度も小さく息を呑いた。


『……人の世は、恐ろしいな』


「今さら?」


『妖怪が人を恐れる時代か』

 その言葉が、妙に胸に残った。

 新幹線は、京都へ向かって走り続ける。

 これから待っているのは――


 無害であることの証明。

 そして、四家の本家という“本当の戦場”。


 玄弥は、窓に映る自分の顔を見つめながら、静かに息を整えた。

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