陰陽部隊戦
その夜。
学園の結界が夜間仕様へと移行し、
校内から人の気配が薄れていく時間帯。
玄弥は訓練場の片隅で、一人木刀を振っていた。
霊装は出していない。
――使わない。
それが、今の自分にできる、精一杯の抵抗だった。
「……随分、静かな鍛錬だな」
背後から声が落ちる。
反射的に構えかけて、止めた。
この霊力の気配は、覚えがある。
「水瀬、隊長……?」
振り向くと、陰陽部隊の隊服ではなく、私服姿の男が立っていた。
「任務中じゃないんですか」
「今から外れる」
それだけ言って、水瀬トウヤは距離を保ったまま立つ。
踏み込まないが、逃げる位置でもない。
「警告だ」
前置きはなかった。
「君の周囲が、きな臭くなっている」
玄弥は、わずかに眉を寄せる。
「……最近、やたら視線を感じます」
「だろうな」
水瀬は頷いた。
「学園の件が公になってから、
“様子を見る”段階は終わった」
玄弥の胸に、冷たいものが落ちる。
「誰が、ですか」
「そこまでは言えない」
即答だった。
「ただ――」
水瀬は言葉を選ぶように、一瞬だけ黙る。
「君は、狙われる側に立った」
「理由は?」
「知らない方がいい」
きっぱりと遮られる。
玄弥は苦笑した。
「納得できませんね」
「当然だ」
水瀬は視線を逸らさずに言う。
「だが、理由を知った瞬間、
君は“逃げられなくなる”」
沈黙。
夜風が、訓練場を撫でる。
「……それって」
玄弥は、ゆっくりと口を開く。
「俺が何か、やっちゃいました?」
「違う」
水瀬は首を振った。
「君が“生きていること”そのものが、問題だ」
胸が、僅かに締め付けられる。
「物騒ですね」
「冗談で言っていない」
水瀬は一歩だけ後ろへ下がる。
「俺は、君を守る立場じゃない」
「むしろ、逆になる可能性もある」
玄弥は、その言葉を噛みしめた。
「……それでも、教えに来た」
水瀬は続ける。
「なぜかは、聞くな」
低い声だった。
だが、拒絶というより――抑制。
玄弥は、視線を落とした。
「……すみません」
「謝ることじゃない」
水瀬は短く息を吐く。
「君は、あの場で最善を尽くした」
少し間を置いて、ぽつりとこぼす。
「……頭では、そう理解している」
それ以上は続けない。
水瀬は踵を返す。
「一つだけ、忠告だ」
背を向けたまま言う。
「これから先、
“力を使わせようとする状況”が増える」
「安易に応じるな」
それが、誰に向けた言葉なのか。
玄弥には分かった。
「選択を誤るな」
そう言い残し、水瀬トウヤは闇に消えた。
訓練場に、再び静寂が落ちる。
『……ずいぶん曖昧な警告だな』
葛葉の声が、頭の奥で響く。
「でも、嘘は言ってない」
『ああ。だからこそ厄介だ』
玄弥は木刀を握り直す。
夜の学園外縁。
結界の薄い区域で、空気が歪んだ。
気配は三つ。
どれも隠す気がない。
――むしろ、踏み込ませるための誘いだ。
「……来たな」
玄弥が足を止めた瞬間、地面に符が走る。
結界術式。逃走経路を塞ぐ、部隊用の陣。
「西園寺玄弥。抵抗は無意味だ」
前方に現れたのは、陰陽部隊の隊服を着た三人。
顔は見知っている。学園の事後処理で見かけた隊員たちだ。
「命までは取らない」
そう前置きされるのが、逆に不穏だった。
『……ほう。随分と都合のいい言い草じゃな』
葛葉の声が、静かに響く。
「分かってる」
玄弥は低く答え、息を整える。
「だから――殺さない」
次の瞬間。
霊力が、最小限だけ流れ込む。
白装束は顕在しない。
だが、右手にだけ“それ”が現れた。
――霊装・刀。
余分な装飾のない、簡素な刃。
放つ霊圧も、必要最低限。
「行け!」
一人目が符を投げる。
拘束系――動きを止めて押さえ込む算段だ。
玄弥は、踏み込む。
一歩で距離を詰め、刃を振る。
斬ったのは、符そのものではない。
符に流れ込んでいた妖力混じりの霊力だけ。
術式が、音もなく崩壊した。
「なっ――」
二人目が驚いた瞬間、
玄弥は柄で鳩尾を打つ。
重くない。
だが、霊力の流れを一瞬だけ断つ角度。
「――ぐっ」
膝をついた。
三人目が背後から迫る。
短刀を逆手に、急所を狙う動き。
玄弥は振り返らない。
刀を、鞘で振る。
肩口を叩く。
骨は折らない。だが――
霊脈を叩き潰す。
「っ……!?」
隊員の身体から、力が抜けた。
三人とも、生きている。
致命傷はない。
だが――
「……動けない」
「霊力が、通らない……」
地に伏したまま、呻く。
玄弥は刀を下ろさない。
油断せず、間合いを保つ。
「命令ですか」
問いかける。
「それとも、“個人的判断”?」
答えはない。
沈黙が、肯定だった。
『ふむ……随分と器用になったな、玄弥』
「使いすぎないって決めたから」
『ほう』
「相手は“人”だ」
玄弥はそう言い切る。
「俺がやるのは、戦闘じゃない」
刀を、静かに消す。
「――制圧だ」
結界の外で、
別の気配が、確かに蠢いた。
今のは、様子見。
本命は――これから来る。
玄弥は夜空を見上げ、短く息を吐く。
「……水瀬隊長」
名を呼んでも、答えはない。
だが、確信だけはあった。
これは“部隊”の判断だ。
そして――
まだ、終わりじゃない。
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