幕間 当主会議
結界で隔てられた会議室。
円卓を囲むのは、四つの席。
かつて大妖怪を封じ、陰陽の歴史を裏から動かしてきた――四家の当主たち。
重厚な沈黙を破ったのは、中央席の老人だった。
「では次の議題だ」
低く、乾いた声。
「――西園寺家の子息について」
その名が出た瞬間、空気が目に見えて冷えた。
「まだ西園寺などと呼ぶのか」
別の当主が鼻で笑う。
「霊脈は枯れ、血筋は薄れ、当主は力を失ったまま死んだ家だろう」
「もはや“封じの四家”に名を連ねる資格はない」
重ねるように、嘲りの言葉。
「子息も無能と聞く。霊力すら扱えぬ出来損ないだとか」
「凋落の象徴だな。先祖が聞けば泣くぞ」
笑い声が、静かに広がる。
だが、誰も止めない。
それがこの場の空気だった。
「にもかかわらず」
別の当主が、指を組んで言う。
「今回の学園事件で、生き残った中心人物が――その西園寺玄弥だという」
一瞬、沈黙。
すぐに、否定が飛ぶ。
「偶然だろう」
「妖怪どもが勝手に崩れただけではないのか」
「無能が活躍など、笑えん冗談だ」
中央の老人が、静かに口を開く。
「……しかし事実だ」
「彼は、妖怪の侵食下にありながら、最後まで呑まれなかった」
ざわり、と空気が揺れる。
「封印の血が、まだ生きている可能性がある」
その言葉に、露骨な不快感が走った。
「あり得ん」
「西園寺の血が?」
「我々が何代もかけて管理してきた封印体系を、あの落ちぶれが?」
誰かが吐き捨てる。
「……厄介だな」
別の当主が、低く呟く。
「無能である方が、よほど扱いやすかった」
円卓の上に、静かな合意が落ちた。
――西園寺家は、見下すべき存在。
――西園寺玄弥は、想定外の“異物”。
中央の老人が、結論を告げる。
「監視を強めろ」
「保護ではない。管理だ」
冷たい声。
「西園寺の血が、再び“鍵”になるなら」
一拍置いて、言い切る。
「――我々の手の内に置く必要がある」
その場に、反論はなかった。
かつて英雄を輩出した家は、
今や“利用価値があるかどうか”で語られる存在に成り下がっていた。
会議が終わりに近づいた頃。
中央の老人は、ふと視線を伏せたまま口を開いた。
「……問題は一点だ」
その声は、先ほどまでの議論よりも、さらに低かった。
「西園寺玄弥を、このまま生かしておくか否か」
円卓の空気が、一段冷える。
「管理すればいいのでは?」
誰かが形式的に口にする。
「封印の血が残っているなら、使い道はある」
老人は、首を横に振った。
「“制御できる”ならな」
沈黙。
「今回の件、彼は命令も誘導も受けていない」
「それでいて、侵食に抗い、妖怪を斬り、事態を終わらせた」
淡々とした事実の列挙。
「つまり――」
別の当主が、言葉を継ぐ。
「管理下に置く前に、“自力で伸び始めている”」
不快そうな舌打ち。
「それは危険だな」
「四家の枠組みの外で、“鍵”が育つなど許されん」
老人は、ゆっくりと目を上げた。
「西園寺が完全に没落していれば、問題はなかった」
「だが半端に力を取り戻せば、必ず禍根になる」
円卓を指で叩く、乾いた音。
「――大きくなりすぎる前に、摘む」
その言葉は、あまりにも自然だった。
誰も驚かない。
誰も反論しない。
「事故でいい」
「妖怪残党の仕業でも構わん」
「陰陽部隊の現場で起きた不測の事態、で処理できる」
次々と具体案が出る。
もはや“是非”ではない。
“方法”の相談だった。
老人が、最終確認のように言う。
「西園寺家の子息――」
一瞬だけ、言葉を区切る。
「排除対象とする」
静かな合意。
書類も残らない。
命令書も存在しない。
だがその場にいた全員が理解した。
――西園寺玄弥は、消される。
その決定が下された瞬間。
誰一人として、
「彼が何を守ろうとしたのか」
「誰を救ったのか」
を、思い出そうとはしなかった。
ただ一つ。
制御できない存在は、不要。
それだけが、この場の真理だった。




