表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊装使いになれなかった俺が、九尾と契約した日  作者: 三科異邦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/36

積み上げていくもの

朝の教室の空気が、少しだけ変わっていた。


 騒がしいわけじゃない。

 むしろ、以前より静かだ。


 ――けれど。


「……西園寺、最近訓練来るの早くね?」

「霊、まだ使えないんだろ?」

「なのに、昨日の実技……」


 声は、確実に俺の周りを通っていく。


 以前なら、笑い混じりだったはずのそれが、

 今は探るような響きに変わっていた。


 俺――西園寺玄弥は、席に座ったまま、静かに息を整える。


 正直、身体は重い。


 昨夜も、ほとんど眠れなかった。


『当然だ』


 頭の奥で、葛葉の声がする。


『霊力の循環に、まだ身体が追いついていない』


「……分かってる」


 霊が“使えない”状態から、

 “使えるけど、出せない”状態へ。


 それは、想像以上に中途半端で、キツかった。


     ◆


 実技訓練。


 今日の内容は、基礎霊動。


 霊を顕現させるのではなく、

 身体の内側で霊力を巡らせ、制御する訓練だ。


「属性を出せない者も、ここは重要だ」


 教師の言葉が、わずかにこちらを向いた気がした。


「霊術は、派手さより“基礎”だ」


 順番に、霊力循環を行う。


 炎を纏う者。

 風を足元に集める者。

 水を皮膚の上で流す者。


 そして――俺の番。


 深く息を吸う。


 霊力を、心臓の鼓動に合わせて流す。


 ――ズキ。


 頭の奥が、鈍く痛んだ。


 視界が、一瞬だけ歪む。


『……まだだ。尾には触れるな』


「……っ」


 歯を食いしばり、尾の存在を意識の外へ押しやる。


 使わない。

 使えない。


 今は、ただ――


 霊力を、逃がさない。


 身体の芯に、熱が溜まる。


 足元の感覚が、少しだけ鋭くなる。


「……」


 派手な変化はない。


 だが、俺は倒れなかった。


「……次」


 教師は、特に何も言わず、そう告げた。


 それなのに。


「……今の、見た?」

「何も出してないのに、霊の流れ……」

「無駄が、少なくね?」


 そんな声が、聞こえた。


 胸の奥で、小さく何かが灯る。


     ◆


 放課後。


 訓練場の隅。


 俺は一人、黙々と基礎を繰り返していた。


 走る。

 止まる。

 霊力を巡らせる。

 感知する。


 結界の歪み。

 残留する霊の薄い痕跡。


 ――見える。


 以前より、はっきりと。


「……っ」


 不意に、膝をつく。


 胃の奥が、ひっくり返るように気持ち悪い。


『それ以上は、危険だ』


 葛葉の声が、低く響く。


『尾を使っていないとはいえ、

 お前は“器”を拡げようとしている』


「……分かってる……」


 息が、荒い。


 汗が、背中を伝う。


『急ぐな』


「……急がないと……」


 刺客の顔が、脳裏をよぎる。


 あの殺気。


「……死ぬ」


 葛葉は、しばらく黙ってから言った。


『だからこそだ』


『基礎で生き延びろ。

 尾は、最後まで取っておけ』


 その言葉に、静かに頷く。


     ◆


 翌日。


 教室の空気は、さらに変わっていた。


 誰も、俺を笑わない。


 だが、誰も近づかない。


 ――扱いづらい存在。


 それが、今の俺の立ち位置だ。


 席に着くと、前の生徒が一瞬だけこちらを気にして、

 何も言わずに前を向いた。


 それでいい。


 評価なんて、どうでもいい。


 生き残れれば。


     ◆


 昼休み。


 廊下の向こうで、マトリの姿が見えた。


 目が合う。


 一瞬、迷ったあと――

 彼女は、ほんの少しだけ近づいてきた。


「……無理、してませんか」


 小さな声。


「してる」


 正直に答える。


 マトリは、困ったように眉を下げた。


「……でも」


「でも、やる」


 そう言うと、彼女は何も言えなくなった。


 代わりに。


「……見てます」


 それだけ言って、去っていった。


 その背中を見送りながら、思う。


 俺はまだ、何も出していない。


 尾も。

 力も。

 本当の切り札も。


 それでも――

 確実に、一歩ずつ進んでいる。


 地味で、痛くて、報われない道だ。


 だが。


 この積み重ねがなければ、

 尾を出した瞬間、俺は壊れる。


 それだけは、分かっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ