陰陽部隊
翌朝。
学園は、異様な静けさに包まれていた。
始業の鐘は鳴らない。
代わりに、校内放送が低く短く響いた。
『全生徒に告げる。
本日より、当学園は臨時措置として外部管理下に置かれる』
ざわり、と空気が揺れる。
教室に集められた生徒たちは、何が起きているのか分からず顔を見合わせていた。
誰もが、昨夜の出来事を“うまく思い出せない”まま。
だが――
次に告げられた言葉で、空気が凍りついた。
『複数の教員が、妖怪と不正に結託していた事実が確認された』
一瞬、意味を理解できなかった。
そして、遅れて衝撃が押し寄せる。
「……先生、が?」
「嘘だろ……」
否定の声。
困惑。
恐怖。
だが、続く説明は容赦がなかった。
名前が挙げられる。
昨夜、玄弥が見た顔。
密会していた教師。
授業で生徒を煽り、戦わせていた者たち。
全員――
妖怪と繋がっていた。
「そんな……」
「先生が、俺たちを……?」
信じていた存在が、裏切っていたという事実。
生徒たちの顔から、血の気が引いていく。
そのとき。
教室の扉が開いた。
入ってきたのは、見慣れない集団だった。
黒を基調とした装束。
腰には符と霊具。
視線だけで、ただ者ではないと分かる。
「――陰陽部隊だ」
誰かが、震える声で呟いた。
学院は――
もはや、自治を失った。
「本日より、この学園は陰陽部隊の直接管理下に入る」
淡々と告げられる宣言。
感情はない。
だが、それが覆らない事実であることは、誰の目にも明らかだった。
「全授業内容、教員配置、訓練方針は再編される」
「妖怪行使の実習は、当面凍結する」
生徒たちがざわめく。
不安と怒りが、混じり合う。
その中で。
玄弥だけは、静かだった。
(……やっぱり、そうなるか)
教師たちが連行されていく。
拘束具を付けられ、視線を伏せたまま歩く姿。
昨夜、妖怪に“乗っ取られていた”教師もいた。
生徒たちは、次第に気づき始める。
――玄弥だ。
視線が、少しずつ集まってくる。
理解ではない。
距離を測る目。
その背後から、低い声がかかった。
「西園寺玄弥」
振り向くと、陰陽部隊の一人が立っていた。
年齢は分からない。
表情は、読み取れない。
「後ほど、君から事情を聞く」
「――詳しく、な」
その言葉に、葛葉が小さく笑う。
『ふふ……ようやく、表舞台か』
玄弥は、ゆっくりと息を吸った。
学園は守られた。
だが同時に――
もう、元の場所ではなくなった。
陰陽部隊。
それは、妖怪事件が公にできない時にだけ姿を現す、特殊部隊だった。
表向きには存在しない。
だが、妖怪に関わる者なら誰もが知っている。
――過去、大妖怪を封じた四つの家。
それぞれが異なる形で妖怪と対峙し、
討ち、縛り、封じ、管理してきた血筋。
陰陽部隊は、その末裔たちが指揮を執る組織だ。
国家機関でも、学園組織でもない。
妖怪に関係するすべてを処理するためだけに存在する集団。
今回の学園の件も、
“侵食が表に出た”時点で、彼らの管轄になった。
そして――
先ほど声をかけてきた男。
陰陽部隊・現場指揮官。
水瀬トウヤ。
年は二十代後半ほど。
整った顔立ちだが、感情の起伏が薄い。
鋭いというより、静かに相手を測る目をしている。
玄弥は、別室に通された。
簡素な会議室。
机と椅子だけ。
結界が張られているのが、肌で分かる。
向かいに座った水瀬が、ゆっくりと口を開いた。
「緊張しなくていい」
そう言いながら、
その声には一切の油断がなかった。
「これは尋問じゃない。事情聴取だ」
机の上に、資料が置かれる。
学園の配置図。
倒された妖怪の記録。
そして――玄弥の名前。
「まず確認する」
水瀬は視線を上げ、玄弥を見る。
「君は、昨夜の騒動で単独行動を取り、
複数の生徒を殺さずに制圧し、
最終的に鵺を討った」
断定だった。
「――事実か?」
「……はい」
短く答える。
一瞬、空気が張り詰めた。
水瀬はペンを置き、少しだけ表情を和らげた。
「正直に言おう」
「普通の生徒に、できる芸当じゃない」
葛葉が、心の奥でくすっと笑う。
『当然じゃな。そやつらは“普通”しか見ておらん』
水瀬は続ける。
「君は授業段階で違和感を覚えていた」
「妖怪行使を拒み、孤立していた」
「それでも、最後まで判断を誤らなかった」
視線が、鋭くなる。
「――なぜだ?」
「なぜ、君だけが気づけた?」
玄弥は、一瞬だけ言葉に詰まる。
どこまで話すべきか。
葛葉の存在を、明かすべきか。
だが、水瀬の目は誤魔化しを許さない。
玄弥は、静かに息を吸った。
「……俺は、使わなかったんです」
「妖怪の力を、授業で」
水瀬の眉が、わずかに動く。
「使わなかった?」
「はい。
だから、違和感がそのまま残った」
沈黙。
数秒後、水瀬は小さく息を吐いた。
「なるほど……」
「侵食は、便利さに紛れて進む」
「拒否した者だけが、異常を異常として認識できる」
そして、水瀬ははっきりと言った。
「君は――異端だ」
だが、その言葉には、否定の色はなかった。
「だからこそ、聞きたい」
水瀬は、玄弥を真っ直ぐに見据える。
「君の力は、どこから来た?」
その問いに、
葛葉の気配が、少しだけ濃くなる。
『さて……どう答える、玄弥』




