妖怪との戦い
月明かりが石畳を照らす中、空気は冷たく張りつめていた。
「さあ、試そうか」
妖怪の声が広場に響き、教師の指示が続く。
ふと、広場の周囲に気配を感じる。
陰になった木立の影、建物の角、石段の下。
小さな足音、霊力の微かなざわめき。
――生徒たちだ。
一人、また一人と、影から姿を現す。
最初は遠慮がちに、次第に数を増やし、気づけば玄弥を囲むように広がる。
皆の瞳には、迷いも恐怖もない。
ただ――命令に従うだけ。
「自分の妖怪を呼び出し、戦え――」
妖怪の声に従い、生徒たちは全力で霊力を解放する。
光が飛び、闇が揺れる。
玄弥は後ずさり叫ぶ。
「……待て、止めろ!」
叫ぶが、誰も耳を貸さない。
仲間たちは理性を失い、最大の力で攻撃を仕掛けてくる。
視界の端で、数名が倒れる。
しかし、怪我を負ってもなお前に出る。
血や痛みなど気にせず、次々に攻撃を繰り出す。
「……くそっ、やめろ!」
刀で受け流しながら、玄弥は孤立を痛感する。
生徒たちは、妖怪の命令を無意識に信じ、互いを戦わせている。
影の奥で、妖怪の低い笑い声が響く。
『実に面白い、お前一人が異端――さてどうする?』
生徒たちが一斉に踏み込んでくる。
霊力の奔流。迷いのない攻撃。
「……っ!」
玄弥は歯を食いしばり、尾を地面に叩きつけた。
衝撃は広がるが、殺意は込めない。
あくまで“押し返す”ための力。
「倒れろ……! 眠れ!!」
尾が円を描き、霊力の流れを絡め取る。
真正面から打ち合わず、霊力の回路をずらす。
葛葉の声が、頭の奥で響いた。
『殺すな。霊を断つでない
“流れ”を折れ』
言葉通り、玄弥は攻撃の“芯”だけを外していく。
強引だが、精密。
術を暴発させ、地面に転がす。
一人、また一人。
霊力を使い果たした生徒たちが崩れ落ちる。
血は流れない。
だが、全員が意識を失った。
荒い息を吐きながら、玄弥は立つ。
尾は重く、視界が滲む。
「……これで、終わりだ」
そう思った瞬間。
——ぐしゃり。
嫌な音がした。
教師が、胸元を押さえてよろめく。
次の瞬間、その身体が不自然に反り返った。
「な……っ」
皮膚の下を、何かが這う。
口元が裂けるように歪み、声が二重になる。
『——惜しかったなぁ、人の子』
教師の声ではない。
あの妖怪の声だ。
『だが、それでは“器”が足りぬ』
教師の瞳が、完全に黒く染まる。
霊力の質が変わった。
いや——妖力だ。
「……乗っ取った、のか」
『正確には“上書き”じゃ』
背後で、葛葉が低く告げる。
『もう、あれは人ではない
情けは無用じゃぞ、玄弥』
教師だった“それ”は、ゆっくりと腕を広げた。
広場の空気が歪み、結界が張られる。
『さあ、次は我と踊れ』
妖怪が、教師の身体を完全に支配している。
生徒を使った実験は終わり。
本番はここからだ。
玄弥は、倒れた生徒たちを一瞥する。
全員、生きている。
——なら。
「……相手は、お前だけでいい」
尾を強く振り上げる。
霊力と妖力が、真正面からぶつかる。
人と妖怪。
学園の広場で、決戦が始まった。
低く湿った声が、空気ごと振動する。
玄弥は剣を握り、尾を翻した。
一瞬の間のあと、妖怪が妖力を解き放つ。
刃状の霊気が空気を裂き、広場を切り刻む。
その速度、精度は常人では避けられないものだった。
「――くっ」
玄弥は尾で刃を受け流し、地面に蹴りを入れて反動を利用。
剣と尾を同時に操り、妖怪の連撃をかわす。
一撃ごとに衝撃波が広がり、周囲の石や砂が飛び散った。
『おお……なるほど、人の子よ、なかなかやるな』
妖怪は笑った。
しかし、笑みの奥には狂気と悪意が混ざっている。
一瞬の隙を狙い、斬撃と妖術の連携で圧をかけてくる。
玄弥は集中を切らさず、葛葉の声を思い出す。
『焦るな、玄弥。力を殺さず、流れを制御するのじゃ』
深呼吸。尾を回し、剣を振り、妖術の奔流を抑える。
生徒に触れず、攻撃を逸らす。
刀と尾、そして妖力の衝撃を読み、妖怪の動きを先読みする。
『……ほう』
妖怪は挑発するように攻撃を変化させる。
しかし玄弥は、一度も生徒に触れさせずに応戦。
微細な動きで妖怪の術の流れを乱し、力を一点に集中させる。
その瞬間、妖怪の背後で教室から連れてこられた生徒たちが、陰から姿を現す。
無言で列を作る彼らの表情は恐怖に凍りつき、霊力の消耗で体が震えていた。
妖怪の笑みが鋭くなる。
『ほう……人の子よ、仲間を大事にするのか。ならば利用させてもらおう』
一瞬の間に、生徒たちは妖怪の周囲に押し出され、人質として意識される。
妖怪の妖力が彼らを包み込み、精神に圧をかける。
「……くっ、そんな手に乗るか!」
玄弥は怒りを抑え、尾と剣で攻撃を続ける。
生徒に一切手を触れさせず、妖怪の攻撃を制御しつつ、自らの攻撃で圧迫する。
刀が妖力を切り裂き、尾が術の流れを乱す。
葛葉の声が再び響く。
『玄弥、焦るな。まずは生徒を守れ。次に妖怪の力を押し返す』
玄弥は全神経を集中し、刀と尾、そして自分の霊力を一点に結ぶ。
妖怪の笑みがわずかに歪む。
生徒たちは傷つくことなく、恐怖だけを受ける形で押し込まれている。
『なるほど……強いな、人の子よ』
妖怪は唸るように笑ったが、その体勢に微かな揺れが生じる。
玄弥は隙を逃さず、妖力の奔流を押し返す。
刀と尾で妖術の連鎖を制御し、広場の中心で妖怪を制圧する。
生徒たちは無事だ。
しかし、妖怪の力はまだ残る。
教師の身体は今や、妖怪そのものの意志に支配されていた。
『さて……次はどうするか、人の子よ』
妖怪は、生徒を盾に精神を揺さぶる構えを崩さない。




