密会
夜。学園は昼間の喧騒を忘れたかのように静まり返っていた。
月明かりが校舎の屋根を銀色に照らし、広場の石畳に細い影を落としている。
玄弥は建物の陰に身を潜め、音を立てずに広場へ近づく。
心臓が早鐘を打つ。足音は自分でさえ聞こえるほど小さい。
尾を腰に巻き、感覚を研ぎ澄ませる。
(……授業だけじゃ、分からない)
(……何かが、裏で動いている)
広場の中央、古びた噴水のそばに、教師の姿が見えた。
夜にここに現れる理由などない。
そして、教師の前には――黒い靄のような妖怪。
人の形をしているが、圧倒的な威圧を放っていた。
教師は低く声をかける。
「……計画は順調です」
妖怪はゆっくりと首を傾げる。
『よろしい。我が目論見に遅滞はないようだな』
教師の指先が、微かに震え、霊力が広場に流れる。
光は昼間の授業での生徒たちと同じ反応を示す。
倒れた生徒、戦い続ける生徒――
すべては、ここで生まれた仕組みだった。
玄弥は石畳の陰に身を隠す。
息を潜め、尾を微かに揺らす。
(……俺だけが、見ている)
(……誰も、この現実に気づかない……)
妖怪が低く笑った。
その笑い声は、冷たい風のように玄弥の心を掴む。
玄弥は、もう隠れるのをやめた。
石畳を踏む音が、夜の広場に響く。
一歩、また一歩。
噴水の縁を越え、月明かりの中へ姿を晒す。
「――やっぱり、ここだったか」
その声に、教師がびくりと肩を跳ねさせた。
「なっ……!?
さ、西園寺……!? なぜここに……!」
顔色が、はっきりと変わる。
昼間の、あの落ち着き払った教師の表情はない。
視線が泳ぎ、無意識に一歩後ずさる。
「立ち入り禁止だぞ! それに今は――」
言い訳の途中で、言葉が詰まる。
目の前にいる“存在”を、隠しきれないと悟ったからだ。
その横で。
妖怪が、愉快そうに笑った。
『――ほう』
低く、粘つくような笑い声。
空気が震え、広場の霊気が一瞬ざわめく。
『見られてしまったか。
それも……面白い人間に、な』
黄金とも闇ともつかぬ瞳が、玄弥を捉える。
逃がさない、とでも言うように。
玄弥は教師から、妖怪へと視線を移した。
「……授業で、妙だと思ってた」
静かな声だったが、確かに通った。
「上級生がいない。
負傷しても止まらない生徒。
霊力を“使い切るまで”戦わせる授業」
教師が叫ぶように言う。
「ち、違う! それは教育方針で――」
「――嘘だ」
即座に切り捨てる。
「霊力を管理する教育じゃない。
あれは“消耗させる”やり方だ」
教師の喉が鳴った。
妖怪は、さらに楽しそうに口角を上げる。
『良い観察眼だな。
他の生徒は誰一人、そこに疑問を持たなかったというのに』
玄弥は、拳を握る。
「……あんたが、背後にいるんだな」
『ああ』
あっさりと認めた。
『この学園は実に素直だ。
教師が言えば信じ、生徒同士で疑うこともない』
教師は青ざめながら、妖怪に縋るような視線を向ける。
「ま、待ってください……!
侵食はまだ……!」
『分かっておる』
妖怪は、教師を一瞥しただけで、再び玄弥を見る。
『だが――
予定外の異物が混じった』
月明かりの下で、玄弥の尾がわずかに揺れた。
妖怪の笑みが、はっきりと深まる。
『なあ、西園寺玄弥。
そなた……面白すぎるぞ』
教師は、完全に狼狽していた。
支配する側だと思っていた自分が、
いつの間にか“傍観者”に落ちていることを理解し始めている。
玄弥は、一歩前に出る。
「……もう、見なかったことにはしない」
妖怪は声を立てて笑った。
『ははは……!
良い、実に良い!』
『さあ――
これは授業の続きか、それとも“本番”か』
広場の空気が、決定的に変わった。




