疑念と陰謀
教室を出ると、外の訓練場にはすでに気配が満ちていた。
「各自、妖怪を顕現させろ」
教師の声と同時に、生徒たちは霊力を集中させる。
森の中に潜む影が次々と形を取り、手元の札や符から妖怪が呼び出される。
俺だけは、霊力を巡らせない。
孤立はしているが――違和感の感触は、誰より鮮明だった。
視線の端で、隣の生徒の妖怪が牙をむき、相手の妖怪とぶつかる。
霊力と妖力がぶつかり合う音、空気の揺れ、砂塵が舞う。
「いける!もう一押しだ!」
声を張る生徒の腕には、血がにじんでいる。
腕を切りつけられたのか、膝をすりむいたのかはわからない。
だが、生徒本人はそれを気にせず、妖怪を制御し攻撃を続けていた。
「無理するなよー」
教師が言っても、届かない。
生徒は痛みを感じていないかのように、攻撃を続ける。
妖怪の力に支配され、行動と意思が少しずつすり替わっている――そんな気配があった。
倒れる者もいた。だが、すぐに起き上がり、傷を意識せず再び戦場に戻る。
霊力の高まりとともに、異常なテンションが生徒を包む。
俺はただ立ち尽くし、全体を見渡した。
怪我人が次々に出ても、教師も生徒もそれを異常とは思っていない。
「戦い続けること=正しい」と、全員が無意識に信じている。
(……おかしい)
胸の奥がざわつき、視界の端で妖怪の影が微かに歪む。
生徒たちは楽しそうに見えるのに、どこか空虚だ。
ふと、腕に切り傷を負った生徒が俺の視界に入る。
それでも、顔には笑みがある。
「もっと強くなるんだ……!」
笑顔の下で、体が無理をしている――
だが本人は、それを痛みとして認識していない。
(……これが、授業の“効果”か)
妖怪を使役することによる霊力の増幅。
同時に、生徒たちの感覚や意思は微かに歪められている。
気づかぬうちに、戦い続けることを正しいと刷り込まれている――そんな感覚が、胸に重くのしかかった。
俺は拳を握り締めた。
――俺だけが、この異常に気づいている。
孤立しているからこそ、視えるものがある。
「……使わなくて正解だった」
葛葉の声は聞こえない。
だが胸の奥に、確かに警告が響く。
妖怪を顕現させた生徒たちは、互いにぶつかり合い、技をぶつけ合う。
最初は軽く、そして徐々に本気の衝撃が場を支配する。
「まだだ、まだ行ける!」
「次は俺の番だ!」
腕や脚に擦り傷、切り傷が増えていく。
だが生徒たちは痛みを感じないかのように、戦闘を続ける。
笑顔で、時折歓声を上げながら、しかし目はどこか空虚だった。
玄弥は傍観する。
周囲の生徒は、教師の指示を盲信している。
霊力の消耗を計算もせず、ただ戦うことだけが正しいと思わされている――そんな異様な光景。
模擬戦が進むにつれ、体力と霊力は限界に近づいていく。
生徒の一人がついに膝をつく。
しかし、すぐに立ち上がり、血で手を汚しながら戦線に復帰する。
「まだ……俺は、まだ……!」
やがて、数名は完全に霊力を使い果たし、倒れる。
それでも教師は叫ばない。
倒れた生徒のそばで、戦い続ける者の妖怪が威圧的に影を揺らすだけ。
倒れた者は傷や疲労を意識することなく、戦いの世界に囚われ続けている。
玄弥はそれを見て、拳を固く握った。
(……これが、授業の“本当の意味”だ)
孤立しているからこそ、異変の本質が視える。
胸の奥が冷たく震え、葛葉の声を思い出す。
――使わなくて、正解だった。
⸻
夕方。職員室。
職員会議が始まる。
教師たちは疲れた表情で資料を広げ、訓練場の映像や霊力消費量のデータを確認していた。
「今日も順調に集められましたね」
「ええ。生徒の霊力消耗も、計画通りです」
一部の教師は眉をひそめるが、声を揃えて肯定する。
「倒れても問題なし。戦闘継続の記録は大事です」
「精神面も順調。異常は見られません」
その声の裏で、玄弥が見ていた訓練場の光景が頭をよぎる。
――怪我人は気にせず戦う。
――倒れた生徒も、すぐに起き上がり、戦い続ける。
教師たちはそれを異常とは見なさない。
「計画通りだ……」
低く呟く声が会議室に響く。
侵食は、確かに順調に進んでいた。




