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呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
水瀬家編

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孤立の前触れ

 次の授業も、実技だった。


 結界内に呼び出された妖怪は、昨日よりも素直だった。

 抵抗らしい抵抗を見せず、命令が届く前から身を低くしている。


 生徒たちは、それを「上達」と受け取っていた。


「ほら、昨日より楽だろ」

「もう暴れもしない」


 声は弾んでいる。

 達成感と安心が混じった、危うい軽さ。


 玄弥だけが、札を構えずにそれを見ていた。


(……違う)


 妖怪が従っているのではない。

 “従うように調整されている”。


 それに気づいていないのは、

 札を通して霊力を流している者たち自身だった。


 教師が言う。


「いい傾向です。

 皆、恐れが薄れてきましたね」


 その言葉に、数人が誇らしげに胸を張る。


 玄弥は、一歩前に出た。


「……一つ、いいですか」


 教室の視線が集まる。

 教師は穏やかに頷いた。


「どうぞ、西園寺」


「調伏の反応が早すぎます」


 一瞬、静かになる。


「慣れにしては、妖怪側の抵抗が減りすぎている。

 それに――」


 玄弥は、言葉を選びながら続けた。


「命令を出した時、返ってくる霊力の感触が、一定じゃない。

 本来、個体差が出るはずです」


 生徒の何人かが、首を傾げる。


「……そうか?」

「そこまで気にしたことなかった」


 教師は、少し考える素振りを見せた。


 ――だが、それは“考えているふり”に過ぎなかった。


「……なるほど」


 すぐに、結論を出す。


「確かに、その通りですね」


 あまりにも、あっさりと。


 玄弥の胸に、嫌な感覚が広がる。


(……早すぎる)


 普通なら、

 否定か、反論か、追加説明が入る。


 だが教師は、黒板に向き直り、さらりと書き換えた。


「では訂正しましょう。

 これは“慣れ”ではなく――」


 チョークが止まる。


「環境適応、ですね」


 生徒たちは、疑問を抱かない。


「なるほど」

「そういうことか」

「分かりやすい」


 誰も、異を唱えない。


 玄弥は、喉の奥が冷えるのを感じた。


(……受け入れすぎだ)


 自分の指摘が正しいかどうか、ではない。

 正しさを検証する過程が、存在しない。


『玄弥』


 葛葉の声が、低く響く。


『今のを見て、どう思う』


(……皆、何も考えてない)


『違う』


 一拍。


『“考えなくても済む”ようにされとる』


 教師は、何事もなかったように授業を進める。


「要点は同じです。

 恐れを捨て、効率よく扱う。

 それが、現代的な調伏です」


 生徒たちは、素直に頷く。


 玄弥の指摘は、

 反論されず、

 議論もされず、

 “都合よく取り込まれた”。


(……おかしい)


 反発がない。

 衝突がない。

 なのに、何も解決していない。


 それどころか――

 より滑らかに、深く、飲み込まれていく。


 授業が終わる。


 生徒たちは満足そうに教室を出ていく。


「今日の授業、分かりやすかったな」

「なんか、すっきりした」


 玄弥は、席に残ったまま動けなかった。


(俺の言葉は……)


 間違っていなかった。

 それは、教師自身が認めた。


 なのに――


(……正しいはずなのに、嫌な感じがする)


『それが答えじゃ』


 葛葉が静かに言う。


『“正しさ”が抵抗なく通る場所はな』


 一拍置いて、続けた。


『もう、人の場じゃない』


 玄弥は、ゆっくりと拳を握った。


 抵抗しているから、影響はない。

 だが、それは――

 孤立しているということでもあった。


 教室には、もう違和感を共有できる者はいない。


 それでも。


(……止める)


 誰にも気づかれなくてもいい。

 正しいと“受け入れられる”前に、

 正しく“疑わせなければならない”。


 玄弥は、そう決めて席を立った。


 しかし静かに、だが確実に――

 学園は、歪み始めていた。


  次の実技の日。


 生徒たちは、迷いなく札を取った。


 手慣れた動作。

 霊力を流し、妖怪を呼び、命令を通す。


 もう、誰も躊躇しない。


「はい、始めてください」


 教師の声が落ちる。


 玄弥は――動かなかった。


 札を持たない。


 霊力も、流さない。


 結界内に呼び出された妖怪が、彼を見て首を傾げる。


 命令が来ない。

 縛りも、ない。


 教室が、わずかにざわついた。


「……西園寺?」

「どうした?」


 教師が視線を向ける。


「札は?」


「……使いません」


 短く答えた。


 一瞬、空気が止まる。


 だが、次に返ってきたのは叱責でも疑念でもなかった。


「そうですか」


 教師は、あっさりと頷いた。


「判断ですね」


 その言葉に、周囲が納得する。


「まあ、縛らなくてもできるなら」

「余裕あるってことだろ」


 玄弥の胸に、冷たいものが落ちる。


(……否定されない)


 むしろ、“選択肢の一つ”として処理されている。


 妖怪が、じり、と距離を詰めてくる。


 敵意はない。

 だが、従属でもない。


 玄弥は、声だけで告げた。


「下がれ」


 妖怪は、わずかに迷い――

 それから、従った。


 ざわめきが、少し大きくなる。


「今の、札なし?」

「命令だけで?」


 教師は満足そうだった。


「いいですね。

 皆さん、見ましたか」


 違う、と玄弥は思う。


(……見せたいのは、そこじゃない)


 授業が終わる。


 生徒たちは、自然に距離を詰めてきた。


「なあ、なんで使わないんだ?」

「縛った方が楽じゃん」


 言い方は軽い。

 責める色はない。


「楽だから、使うんだろ?」


 その一言に、玄弥は言葉を失いかける。


(……“楽”)


 それが、判断基準になっている。


「俺は……」


 一瞬、迷ってから答えた。


「慣れたくないだけだ」


 数秒の沈黙。


 それから、誰かが笑った。


「真面目だな」

「考えすぎじゃね?」


 悪意はない。

 だが、理解もない。


 その日から、少しずつ変わった。


 札を使わない玄弥。

 命令の回数が少ない玄弥。

 妖怪と“距離を保つ”玄弥。


「西園寺は特殊だから」

「参考にしなくていいよ」


 いつの間にか、

 “例外”として整理されていた。


 それが、いちばん堪えた。


 夜。


 寮の部屋。


『浮いとるな』


 葛葉が、静かに言う。


(……ああ)


『だが、それでいい』


 少し、間を置いて続ける。


『皆が沈んどる時に、浮く者はな』

『必ず、目立つしふ邪魔者になる』


 玄弥は、机の上の札を見る。


 使えば、楽になる。

 皆と同じ速度で進める。


 だが――


(……同じ場所には、行けない)


 彼は札を引き出しにしまい、閉じた。


 明日も、使わない。


 理解されなくてもいい。

 浮いてもいい。


 不用意に乗っ取られない様に。


 玄弥は、そうして一人、

 “安全な輪”の外に立ち続けることを選んだ。


 その背中を、

 誰もまだ、危険だとは思っていない。


 ――それが、いちばんの問題だった。

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