表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
水瀬家編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/206

歪な授業

 それから、しばらくは何事もなく日々が過ぎた。


 授業は予定通り進み、

 寮生活も、表面上は至って普通だった。


 同室の生徒と他愛のない会話をし、

 決められた時間に食堂へ行き、

 消灯前には静かに布団へ入る。


 奇妙な事件も、夜の異変も起きない。


 だが――

 玄弥だけは気づいていた。


(……霊力の流れが、少しずつ変わっている)


 結界の質が、微妙に変質している。

 抑えるためのものではなく、

 集めるための形へ。


 理由は分からない。

 だが確実に、学園は何かを準備していた。


 実技授業になった。

 担当は、あの教師だった。


「さて。

 今日から、少し内容を進めましょう」


 いつもと変わらない、穏やかな声。

 だが、その一言で、空気がざわついた。


「これまでは下級妖怪の調伏と、

 最低限の使役を学びましたね」


 教師は指を鳴らす。


 結界の中に現れたのは、

 今までより明らかに格の違う妖怪だった。


「――中級。

 単独で人を殺せる力を持っています」


 生徒たちが息を呑む。


「安心してください。

 暴走しないよう、首輪は()()あります」


 首輪。

 その言葉に、玄弥は眉をひそめる。


(……二つ?)


 教師は続ける。


「今日の課題は簡単です」


 笑顔のまま、言い切った。


「共有による完全支配」


 教室が、静まり返った。


「調伏ではありません。

 説得でも、制圧でもない」


 教師の目が、僅かに光る。


「霊力を流し込み、

 存在そのものを“従わせる”、更には妖怪の力も取り込む方もできる」


 数人の生徒が、戸惑いの声を漏らす。


「せ、先生……

 それって、倫理的に……」


 教師は、その生徒を見た。


 ただ、見るだけ。


 それだけで、生徒の言葉が詰まる。


「倫理、ですか」


 教師は首を傾げた。


「妖怪に、ですか?」


 教室の空気が、冷えた。


「彼らは道具です。

 力を持ち、危険で、しかし便利な」


 教師はゆっくりと歩く。


「道具は、

 使われるためにある」


 玄弥の背中を、嫌な汗が伝う。


(……一段階じゃない。

 完全に、線を越え始めてる)


 教師は生徒たちを見渡した。


「怖い者は、前へ出なくていい」


 その言葉に、何人かが安堵する。


 だが、続く言葉がそれを打ち消した。


「その代わり、

 次の授業からは参加することすら認めません」


 教師は微笑む。


「出来ないものは他の授業を受講すれば良い。

 ただ実戦では、“できない”は理由にならないからね」


 妖怪が、低く唸る。


 その視線が、

 まるで人間を値踏みするかのように動いた。


 玄弥は、刀《無垢》に意識を通す。


(……この学園は)


 生徒を、

 使役の練習台にしている。


 そして――

 この教師は、

 それを「正しい教育」だと本気で思っている。


 静かな狂気が、

 教室の隅々まで染み渡っていった。


 実技場の結界が完全に閉じる。


 教師は壇上に立ち、二つの札を取り出した。

 どちらも霊符だが、性質がまるで違う。


「方法は簡単です」


 教師はまず、一枚目を妖怪へ向けて放った。


 霊符は空中で燃え、

 妖怪の首元に絡みつくようにして固定される。


 ――拘束。

 いや、固定だ。


「これは妖怪側に付ける札。

 命令を刻み、逆らえば妖力を削る」


 妖怪が低く唸る。

 だが、暴れない。


 いや、暴れられない。


「そして――」


 教師は、もう一枚の札を指で弾いた。


 今度は、生徒側へ。


「こちらを、自分に付けます」


 数人がざわつく。


「先生、それは……?」


「契約補助です」


 教師はあっさりと言った。


「妖怪と人の霊力回路を、一時的に直結させる」


 玄弥の目が、僅かに細まる。


(直結……?)


「妖怪に札を付けるだけでは、支配は不完全です」


 教師は淡々と続ける。


「命令を通すには、

 使役者自身が“器”になる必要がある」


 教師は自分の胸元を、指で軽く叩いた。


「札を通して、

 妖怪の妖力が一度、あなたを経由する」


 生徒の一人が、青ざめた顔で口を開く。


「そ、それって……

 妖怪の影響、受けませんか?」


 教師は、少しだけ考える素振りを見せた。


「そこでの契約補助ですよ、安心してください」


「ただ‥少しは影響を受けるかもしれません、ただ影響を受けるからこそ、支配が成立する」


 教師の声は、静かで、理路整然としていた。


「恐怖、怒り、飢え――

 妖怪の衝動を、自分の中に流し込み」


 指を鳴らす。


「それを、意志でねじ伏せる」


 教師は微笑んだ。


「簡単でしょう?」


 誰も笑えなかった。


(……契約じゃない)


 玄弥は、はっきりと理解する。


(これは、

 一方的な侵食だ)


 教師は生徒たちを見回す。


「拒否する者は?」


 一瞬の沈黙。


 契約補助があるから安心しているのだろう手は上がらない。


「では、始めましょう」


 教師の合図で、

 生徒たちに霊符が配られる。


 玄弥は、その札を見つめた。


 表向きは「補助霊符」。

 だが内側には、明確な意図が刻まれている。


(……これは教育じゃない)


 結界の中で、

 妖怪が、ゆっくりと頭を上げた。


 まるで――

 これから起きる事を、楽しむかのように。


 合図と同時に、実技場のあちこちで札が起動した。


 生徒たちは妖怪へ札を投げ、

 同時に、自分の身体へもう一枚を貼り付ける。


 ――ぞわり。


 空気が歪む。


「……っ」


 誰かが小さく息を詰まらせた。


 だが、それだけだ。


「いける……?」


「ちょっと気持ち悪いけど……」


 違和感は、ある。

 だが、耐えられないほどではない。


 妖怪たちは一斉に動きを止め、

 生徒の視線や指示に従って動き始める。


「……すごい」


「本当に、使えてる……」


 教師は満足そうに頷いた。


「ほら、問題ないでしょう」


 命令一つで、

 妖怪が攻撃姿勢を取り、停止し、跪く。


 支配は、成立しているように見えた。


 ――玄弥以外は。


(……おかしい)


 玄弥は、霊符を付けた瞬間から

 違和感がなかった。


 正確に言えば、

 「耐えている」という感覚すらない。


 妖怪の能力が流れ込む感触はある。

 しかし玄弥は九尾などの妖力に晒されているからこそ耐えられるのだ。


(これ、耐える前提の妖力ではない、侵食していく類のものだ)


 玄弥の視線が、周囲の生徒へ向く。


 最初は、誰も異変に気づいていない。


 だが――


 時間が経つにつれ、

 微細なズレが現れ始める。


「……あれ?」


 一人の生徒が、額を押さえた。


「さっきより……妖怪の声、近くない?」


 別の生徒は、無意識に肩を震わせる。


「……命令、ちょっと遅れる」


 妖怪の動きが、僅かに乱れる。


 教師は気にしない。


「集中が足りませんね」


 だが玄弥には分かる。


 札を通して流れ込んでいるのは、

 霊力と妖力だけじゃない。


(衝動……)


 怒り。

 飢え。

 破壊への欲求。


 それらが、少しずつ沈殿していく。


 まるで、染み込むように。


 生徒の一人が、笑った。


 場違いな、乾いた笑いだ。


「……なんか、楽しくなってきた」


 玄弥の背中に、冷たいものが走る。


(侵食が、始まってる)


 だが、誰も止めない。


 いや、止められない。


 教師は言う。


「その調子です」


「妖怪を使う感覚に、慣れてきましたね」


 ――違う。


 慣れているのは、

 妖怪の方だ。


 玄弥は、自分の胸元の札を見る。


 そこには、何も起きていない。


 だがそれは、

 安全だからではない。


(……俺だけ、前提が違う)


 そして、この授業は――

 長く続けてはいけない。


 玄弥は、はっきりとそう確信した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ