属性付与・紫電
空気が重い。
霊力の粒子が肌を刺すように漂う。
遠くで風が揺れるたび、呪いがその気配を濃くする。
玄弥は、刀《無垢》を握り締めた。
刃の感触は、手の中で生きている。
意思に呼応し、刀先が微かに震える。
「……来い」
鬼の姿を取った呪いが、影のように現れる。
その瞳は、闇そのもの。
動きは人間の常識を超え、刃の届く範囲にいるだけで身体の奥が冷たくなる。
⸻
斬りかかる。
無垢は意思のままに走る。
霊力が刀身を伝わり、軌跡が光のように揺らぐ。
だが呪いは、簡単には捕まらない。
瞬間、玄弥の左腕を掠める霊撃が走り、痛みが脳まで届く。
血が口元に滲む。
だが倒れはしない。
筋肉が覚え、体が刀の挙動を正確に補正する。
⸻
呪いは鬼の手で斬撃を繰り出す。
斬られれば身体が千切れる感覚、霊力が跳ね返る感覚――。
玄弥は刀を横に振り、ぎりぎりで受け流す。
刃と刃がぶつかるたび、霊気が火花のように迸る。
「ぐ……!」
攻撃を重ねるごとに、呼吸が荒くなる。
腕は震え、足は限界近くの反応速度で動く。
それでも、無垢は応えた。
意思を持った刀として、彼の手の中で正確に刀身を走らせる。
⸻
斬撃が命中した瞬間、呪いが微かにひるむ。
だが、その隙を突こうとした瞬間、呪いが鬼の力をさらに引き出す。
腕を振るうだけで、玄弥の周囲の空間が切り裂かれるように裂ける。
地面が抉れ、霊気が渦巻く。
刀を握る手に、全身の霊力を込めなければ耐えられない。
⸻
玄弥は呼吸を整える。
霊力を枯渇させる訓練で鍛えた体が、かろうじて刀に力を集中させる。
刀《無垢》が振るわれるたび、斬撃が空気を裂き、呪いに刃の感触を伝える。
だが、呪いは形を変え、攻撃の角度を変え、攻撃速度を上げてくる。
避けても避けても、圧力は変わらない。
意識が消えそうになり、血の味が口の中に広がる。
⸻
ただ刀を振るうだけでは足りない。
全身の霊力、全神経、全てを刀に注ぎ、攻撃の意思を乗せる。
無垢は、刃先に彼の決意を反映する。
斬撃が呪いの肩をかすめる。
わずかにひるんだその瞬間を見逃さない。
さらに力を込め、刃を突き立てる――
だが呪いは、鬼の力でその攻撃を弾き、反撃を叩き込む。
⸻
玄弥は地面に膝をつく。
血が口元に滲み、視界がわずかに歪む。
だが、刀はまだ手の中にある。
霊力が尽きる寸前でも、意思が刀を生かしていた。
呪いもまた、倒れはしない。
鬼の力を増幅させ、形を変えて立ち上がる。
だが、斬撃は以前より深く通るようになっていた。
刀《無垢》と、修行によって鍛えられた霊力が、初めて呪いに“応えて”いる。
⸻
玄弥は、荒い呼吸を整えながら刀を握り直す。
「……まだだ。……前より、行ける」
呪いは消えない。
だが、初めて同じ舞台に立てた感覚を、玄弥は覚えた。
全身の血と霊力の痺れ、刀の感触、鬼の力の圧力――
すべてが、戦いのリアルだった。
ふと呼吸が、静まる。
荒れていた霊力の流れが、嘘のように一つの線に収束していく。
玄弥は刀《無垢》を握り直した――否、握り直す必要がなかった。
力を込めていない。
それでも刀は、彼の手の内にぴたりと収まっている。
違和感が、消えた。
刃の重さ。
柄の感触。
霊力の流れ。
それらが「感じ取るもの」ではなく、最初から自分の一部だったかのように存在している。
――そう思った瞬間。
無垢が、応えた。
音はない。
だが、確かに“通った”。
玄弥の意思が、霊力を介さず、直接刀へ流れ込む。
命令でも操作でもない。
考える前に、刃が動く。
踏み込もうと意識した瞬間、足が前に出ている。
斬ろうと思った瞬間、刃が最短距離を走る。
「……そうか」
呟きが、自然と漏れた。
これが――宣誓の完成。
刀をどう使うか、ではない。
自分がどう在るかを、そのまま形にする霊装。
無垢は、完全に玄弥と同期した。
次の瞬間だった。
刀身を流れていた霊力が、突如として性質を変える。
熱でも冷気でもない。
鋭く、速く、破壊的な――奔流。
空気が震える。
刃の縁を、淡い紫の光が走った。
それは炎のように揺らがず、氷のように留まらない。
一瞬で走り、消え、また走る。
――雷。
玄弥自身にも分かる。
これは誰かに与えられた力ではない。
霊力の底を引き摺り出し、枯渇を超え、それでもなお前へ進もうとした結果――
霊装が、新たな性質を受け入れた。
雷は、制御されている。
暴れ狂うことなく、刀身の内側を走るだけ。
必要な瞬間にだけ、刃先へ集中する。
斬撃を放てば、
刃が届くより先に、空間そのものが裂ける感覚。
試しに、軽く一振り。
――バチッ。
乾いた音と共に、前方の地面が一直線に抉れる。
焦げ跡が残り、遅れて雷鳴が響いた。
玄弥は、静かに刀を構え直す。
「……名は紫電」
名を口にした瞬間、
雷はより明確に、刀の中で“居場所”を得た。
名を与えられた力は、霊装の一部として定着する。
無垢は基盤。
紫電は、その上に刻まれた新たな機能。
だが主従はない。
すべてが、玄弥の意思の延長だ。
⸻
玄弥は刀《無垢》を肩に担ぐ。
紫電が、刃の内側で静かに走っている。
まだ勝てない。
だが――
殺されるだけの戦いは、もう終わった。




