マトリ喪失、四大天魔 鵺降臨
黄金の尾が、ゆらりと大きく揺れた。
その動きに合わせるように、玄弥の霊装剣から霊気が噴き上がる。
「……来る」
女が身構えた瞬間。
玄弥は、踏み込んだ。
尾が先に動く。
剣よりも速く、しなやかに、空間をなぞる。
女が跳ぶ。
回避――だが、完全ではない。
尾が妖気を絡め取り、動きを鈍らせる。
そこへ。
「――はあっ!」
霊装剣が、一直線に振るわれた。
刃は女の身体をすり抜ける。
だが、斬ったのは肉体ではない。
妖力だけが、断ち切られる。
「っ……!」
女が地面に膝をつく。
尾が、追撃する。
物理には触れない。
だが、妖力で構築された防御は、紙のように裂ける。
『尾で敵を“縛り”、剣で“断つ”のだ』
『これが、本来の使い方だ』
玄弥は迷わなかった。
尾で女の妖気を押さえ込み、
剣で“核”に近い妖力を削ぎ落としていく。
一方的だった。
「……っ、嘘」
女の呼吸が、乱れる。
「こんな……こんなはず……!」
彼女は跳ね起き、距離を取ろうとするが――
尾がそれを許さない。
妖気が、霧散していく。
完全に、劣勢。
玄弥は、剣を構えたまま言った。
「終わりだ」
その瞬間。
女の視線が、玄弥の背後を掠めた。
――いや、狙った。
「……そう」
女の口元が、歪む。
「あなた、優しいのね確か」
次の瞬間。
女の身体が、霧のように掻き消えた。
「――っ!?」
玄弥が振り返る。
そこにいたのは――
マトリだった。
そして。
女は、マトリの背後に立ち、
その首元に、妖気を凝縮させた刃を突きつけていた。
「動かないで」
声は、ひどく冷静だった。
「……ちっ」
玄弥の足が、止まる。
尾が、揺れる。
剣先が、わずかに下がった。
「やめろ……」
女は、くすりと笑う。
「ほら」
マトリの首元に、妖怪の爪が食い込む。
「一歩でも動いたら分かるわよね?――」
「この子、壊わすわよ?」
黄金の尾が、怒りに震えた。
だが――動けない。
女は、玄弥をまっすぐ見据える。
「さあ」
「どうするの、玄弥クン?」
戦場は、一転して静止した。
「マトリ……」
玄弥は、声を絞り出した。
ほんの一歩。
ほんの、気持ち程度の前進。
それだけだった。
「――動くなって、言ったでしょ?」
女の声は、責めるでもなく、呆れたようだった。
次の瞬間。
――ぐしゃり。
鈍い音が、空気を潰す。
妖気の刃が、マトリの首元に深く沈み込んだ。
「……っ」
声にならない息。
マトリの身体が、びくりと跳ねる。
時間が、引き延ばされたように感じられた。
「……あ、ぁ……」
喉から、赤いものが溢れる。
玄弥の視界が、揺れた。
「マトリ――!!」
叫びが、遅れて響く。
女は、手を離した。
支えを失ったマトリの身体が、
その場に崩れ落ちる。
ごとり、と。
不自然な角度で転がった頭部から、
血が、静かに広がっていった。
「……あーあ」
女は、軽く肩をすくめる。
「聞こえなかったのかしら?」
「“動くな”って」
玄弥は、動けなかった。
剣を持つ手が、震える。
尾が、怒りに軋む音を立てる。
だが――
遅かった。
マトリは、もう動かない。
霊力の気配も、
呼吸も、
完全に、途切れていた。
「……どう?」
女が、玄弥を見る。
「守りたいものを前にして」
「選択を、間違えた気分は」
玄弥の中で、
何かが、音を立てて壊れた。
後悔。
恐怖。
怒り。
そして――
「……殺す」
声は、低かった。
感情が、完全に沈殿した声。
「お前を」
女は、初めて笑顔を消した。
「……あら」
「その顔」
「やっとそれらしい顔になったわね」
黄金の尾が、増える。
霊装剣が、悲鳴のような霊気を放つ。
もう、許さない。どうにでもなれ。
この瞬間から――
玄弥の戦いは、“守る”ためのものではなくなった。
世界が、凍りついたように静まった。
玄弥は叫ばない。
怒りを表に出すこともない。
ただ、立っていた。
背後に揺れるのは――
二本の尾。
九尾すべてではない。
だが、今までとは明らかに“質”が違う。
一本は、怒り。
もう一本は、喪失。
その二つが絡み合い、
玄弥の周囲の妖気だけを選別するように押し潰していた。
「……っ」
女が、初めて息を詰まらせる。
「冗談……でしょ」
玄弥は、霊装剣を持ち上げない。
抜き身の刃は、ただそこに在る。
代わりに――
二本の尾が、わずかに揺れた。
次の瞬間。
音が、消えた。
女の視界が歪む。
妖気で構築していた防御も、
鵺から授かった力も、
“斬られた”という感覚すらないまま――
分断された。
「……あ」
女の口から、間の抜けた声が漏れる。
身体に、傷はない。
だが。
内側で渦巻いていた妖力が、
根こそぎ、消えていた。
膝が折れる。
地面に手をつくことすらできず、
女の身体はそのまま崩れ落ちた。
瞬殺だった。
玄弥は、一歩だけ近づく。
「……終わりだ」
女は、薄く笑った。
「……鵺様申し訳ありません。」
その言葉を最後に、
女の意識が、完全に途切れる。
妖気は霧散し、
戦場に残ったのは、破壊の痕と静寂だけ。
玄弥は、剣を下ろした。
二本の尾が、ゆっくりと消えていく。
――終わった。
誰もが、そう思うはずだった。
その時。
ぱちん、と。
乾いた音が、背後から響いた。
玄弥が振り返る。
そこには――
**立ち上がる“気配”**が、確かにあった。
「……まさか」
倒したはずの敵とは、違う。
もっと、歪で、
もっと、嫌な予感。
そして、どこかで聞いたことのある声が、
戦場に、ゆっくりと落ちてきた。
「此奴だけでは倒せぬか」
「――いいものを見せてもらった」
終わったと思った、その瞬間から――
本当の絶望が、始まろうとしていた。
「――お前は誰だ?!」
玄弥は問う。
「オレは鵺だよ、よくもまぁ部下をヤッてくれたもんだなぁしかし」
鵺は咆哮する。
「オマエよぉ、どう落とし前つけるんだ?ァァ!?」




