一つの決着
最初に動いたのは、玄弥だった。
霊気を纏う剣が、空気を切る。
――否。
切った“はず”の空間は、
何事もなかったかのように、元の形を保つ。
しかし。
剣を振り抜かれた暴徒は、
その場で崩れ落ちた。
「……ぐ、あ……?」
苦悶の声。
だが血は出ない。
傷も、ない。
あるのは――
身体から、妖力だけが霧のように抜け落ちていく光景。
「戻れ……!」
玄弥は低く呟き、次へ踏み込む。
『焦るな』
九尾の声が、静かに響く。
左から、暴徒が二人迫る。
だが、そこへ――
「下がって!」
マトリの声と共に、
地面に淡い結界が走った。
暴徒たちの足取りが、急に重くなる。
重力でも、拘束でもない。
“迷い”。
進むべき方向を、見失わせる術。
「右、二人!」
マトリの指示が、的確に飛ぶ。
「了解」
応えたミユキが、
大剣を肩に担ぎ、一歩踏み出す。
重いはずの剣が、
まるで羽のように振り抜かれた。
轟音。
衝撃波。
薬に呑まれ、
すでに人の域を越えかけていた暴徒が、
壁ごと吹き飛ばされる。
「……これ以上、進ませない」
ミユキの声には、迷いがない。
「人に戻れないなら」
「止めるだけ」
玄弥は、頷いた。
三人の動きは、次第に噛み合っていく。
マトリが流れを制御し、
ミユキが“危険な核”を砕き、
玄弥が――
戻れる者たちを、斬り続ける。
倒れた暴徒たちは、
やがて妖力を失い、意識を失う。
人の姿のまま。
息は、ある。
「……終わった?」
マトリが、恐る恐る周囲を見回す。
学園の正門前、暴徒化した者たちは倒れた。
暴れる気配は、もうない。
「……鎮圧、完了」
ミユキがそう告げた、その時。
拍手が、響いた。
――ぱち、ぱち、ぱち。
「はは……」
一人、立っている影。
男子生徒だった。
肌の色は、どこか濁り、
瞳は、人のそれよりも暗い。
「やっぱりさ」
彼は、吐き捨てるように言う。
「役立たずばっかだ」
倒れている仲間――
元は、同じ生徒だった者たちを見下ろしながら。
「少し力を与えてもらったからって」
「すぐ自分を見失う」
「だから……」
歪んだ笑みが、浮かぶ。
「最初から、信用してなかったんだよ」
玄弥が、一歩前に出る。
「……まだ、戻れる」
「お前は」
その言葉に、
男子生徒は、心底楽しそうに笑った。
「戻る?」
「どこに?」
「弱くて、守られて」
「助けられて……」
視線が、玄弥を刺す。
「――情けない自分に?」
空気が、冷えた。
ミユキが、大剣を構え直す。
マトリは、唇を噛む。
結界のざわめきが、遠のいていく。
学園の中庭。
瓦礫と倒れ伏す生徒たちの間に、二人だけが立っていた。
玄弥と、
かつて“ただの男子生徒”だった存在。
「……決着をつけようかァ」
男が低く言った。
「ごめん、これは俺の戦いだ」
マトリとミユキが動こうとする気配を、
玄弥は、剣を下げずに制する。
「手出しは不要だ」
声は、静かだった。
逃げも、迷いもない。
男が、乾いた笑みを浮かべる。
「やっぱりな」
「お前は、そういう奴だよ」
妖力が噴き上がる。
人間の形をしているが、
その内側は、すでに壊れかけていた。
「俺はな」
男が、吐き捨てるように言う。
「助けられた瞬間から、全部が狂った」
「弱いままの自分を、突きつけられた」
玄弥は、剣を構える。
「だから力を選んだのか」
「そうだ!」
男が地面を蹴る。
衝撃波のような踏み込み。
拳に妖力を纏い、一直線に突っ込んでくる。
玄弥は、一歩も退かない。
剣を振る。
刃は肉体をすり抜け、
妖力だけを鋭く断ち切った。
だが――
男は、倒れない。
「はは……」
肩を揺らし、嗤う。
「それが、お前の限界だ」
「優しすぎるんだよ」
再び、殴打。
玄弥は受け止め、後退する。
衝撃が腕を痺れさせる。
「俺は!」
男が叫ぶ。
「もう、人間に戻れない!」
「だったら――」
玄弥の声が、重なる。
「ここで止める」
男の目が、見開かれた。
「……は?」
玄弥は、剣を正眼に構え直す。
「俺の霊装は、人を斬れない」
「だが」
霊気が、刃に集束する。
「妖になろうとする意志は、断てる」
男の表情が、歪む。
「綺麗事を……!」
全力の突進。
妖力が、暴走する。
その瞬間、
玄弥は踏み込んだ。
一閃。
今までよりも深く、
核心にある妖力そのものを切り裂く。
男の身体が、痙攣する。
「……っ、あ……?」
膨れ上がっていた力が、
一気に霧散していく。
膝が、崩れ落ちた。
「……な、にを……」
玄弥は、剣を下ろさない。
「戻れたかもしれない」
「だが、お前は選んだ」
「力の先で、人を踏みにじる道を」
男の視線が、彷徨う。
倒れている生徒たち。
壊れた学園。
自分の手。
「……ああ」
小さく、笑った。
「そうだな」
「俺、もう……」
身体が、光の粒子となって崩れ始める。
妖怪の血が、
存在そのものを保てなくなっていた。
「なあ、玄弥」
消えかけた声。
「もし……」
「最初から、対等に話せてたら……」
その先は、言葉にならなかった。
完全に、崩壊。
霧が晴れるように、
男の存在は、この場から消え去った。
沈黙。
玄弥は、剣をゆっくりと下ろす。
手が、わずかに震えていた。
「……終わった」
誰に言うでもなく、呟く。
人は斬っていない。
だが、救えたとも言えない。
それでも。
ここで決着をつけたのは、
自分自身の意志だった。
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