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[★毎日更新★]霊力ゼロの陰陽師見習い  作者: 三科異邦
学園襲撃編

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55/109

合流

 不意に――

 校舎の外から、悲鳴が上がった。


 真昼の学園に、あまりにも不釣り合いな叫び声。


 玄弥は、はっとして顔を上げた。


 「……外?」


 割れた窓の向こう。

 強い日差しの下、校門付近がざわめいている。


 人影が、走っていた。


 ――いや、逃げている。


 歪んだ霊気をまとった暴徒たちが、

 校門を押し開き、学園の敷地内へなだれ込んでくる。


 制服姿の生徒だけじゃない。

 作業着の大人、買い物袋を落としたままの主婦。


 街から――

 外部から流れ込んできている。


 『……汚染が、広がっているな』


 九尾の声が、重く響いた。


 『やはり薬は学園の中だけ撒かれた物ではなかったか』


 玄弥は、奥歯を噛み締める。


 青空の下で起きている光景が、

 あまりにも現実離れしていた。


 その時。


 背後から、乾いた笑い声が響く。


 「……はは」


 振り返ると、

 男子生徒が、窓辺に立っていた。


 昼の光を背に、

 その影だけが、不自然に濃い。


 彼は、外の混乱を見下ろしながら、

 両腕をゆっくりと広げた。


 「来たな……」


 「みんな、目を覚ましたんだ」


 玄弥は、低く言う。


 「違う」


 「操られているだけだ」


 男子生徒は、鼻で笑った。


 「同じだよ」


 「弱いままでいいって、否定され続けた連中が‥」


 「力を持っただけだ」


 妖気が、陽光の中で揺らめく。


 暑さとは違う、

 肌を刺すような圧迫感。


 「先生も」


 「優等生も」


 「君もだ、玄弥」


 男子生徒の視線が、突き刺さる。


 「俺を見下しやがって」


 「それが、一番ムカつく」


 地面が、きしりと鳴った。


 校舎の壁に、細かな亀裂が走る。


 「だから――」


 男子生徒は、口元を歪める。


 「俺を否定した奴らを、消す」


 「弱いままでいいって言った世界ごと」


 外では、

 逃げ惑う人々の声が重なり、

 教師たちの制止が、かき消されていく。


 真昼の光の中で、

 学園は、戦場へと変わりつつあった。


 『玄弥』


 九尾が、静かに告げる。


 『諦めろ‥』


 『彼は助からない。皆を守るためには”倒す覚悟”が必要という事』


 玄弥は、剥き身の刃を握りしめる。


 霊装は、まだ応えている。


 だが――

 限界は、確実に近づいていた。


 男子生徒は、ゆっくりと両腕を下ろした。


 「……もういい」


 玄弥を見据えたまま、

 薄く、冷たい笑みを浮かべる。


 「君は、ここで“守って”いればいい」


 「俺は……仲間のところへ行く」


 次の瞬間。


 彼の足元から、

 白く濁った霧が湧き上がった。


 昼の光の中で、

 不自然なほど濃い霧。


 「……っ」


 玄弥が一歩踏み出すが、

 視界が、急速に奪われる。


 霧の中で、

 男子生徒の輪郭が、揺らいだ。


 人の形を保ったまま、

 だが、確かに“別の何か”へと近づいている。


 「待て!」


 玄弥の声は、霧に吸い込まれる。


 次の瞬間、

 霧は、すっと消えた。


 そこには、もう誰もいない。


 外から、怒号と破壊音が響く。


 玄弥は、歯を食いしばり、

 校舎を飛び出した。


 ――校門前。


 暴徒たちが、集まり始めていた。


 制服姿、私服、年齢も性別もばらばら。

 だが、全員が同じ――

 歪んだ妖気をまとっている。


 その中心に、

 男子生徒が立っていた。


 「……聞け」


 彼の声は、不思議とよく通る。


 「俺たちは、否定されてきた」


 「弱いって言われて」


 「我慢しろって言われて」


 「努力しろって言われて」


 暴徒たちの視線が、集まる。


 共鳴するように、

 妖気が、脈打つ。


 「もう、我慢はいらない」


 「力があるなら――使えばいい」


 「この世界は、俺たちのものだ」


 歓声とも、咆哮ともつかない声が上がった。


 その光景を、

 玄弥は、少し離れた場所から見ていた。


 「……完全に、率いてる」


 『“個”ではなくなったな』


 九尾が、低く言う。


 『あれはもう……人間を辞めている』


 その時。


 「玄弥!」


 聞き慣れた声が、背後から飛んできた。


 振り返ると、

 マトリとミユキが、息を切らして駆けてくる。


 「無事!?」

 マトリは、必死に玄弥を見上げる。


 「校舎の中、ひどいことになってる……」


 ミユキは、周囲を素早く確認しながら、

 低い声で言った。


 「結界が分断されてる」


 「こいつら……完全に組織化され始めてるわ」


 玄弥は、前を見据えたまま答える。


 「あの男子生徒が、中心だ」


 「放っておけば、もっと増える」


 マトリが、ぎゅっと拳を握る。


 「……止めるんだよね」


 玄弥は、短く頷いた。


 「止める」


 その言葉の裏に、

 迷いと覚悟が、同時に滲んでいた。


 目の前では――

 “仲間”を得た男子生徒が、

 次の破壊を、指示しようとしている。


 戦いは、

 もう一段、深い場所へ踏み込んだ。


玄弥が剣を構え直した、その瞬間だった。


 「……それ」


 ミユキの声が、低く落ちる。


 玄弥は、はっとして横を見る。


 彼女は、玄弥の手元――

 剥き身の刃を、じっと見つめていた。


 日中の光を受けても反射しない、

 鍔も柄飾りもない、不完全な剣。


 だが、その周囲には、

 確かに“霊”の気配が渦巻いている。


 「それ、霊装よね」


 断定だった。


 玄弥の喉が、鳴る。


 「……分かるのか」


 ミユキは、わずかに口角を上げる。


 「分かるわ」


 「形が未完成でも、性質がはっきりしすぎてる」


 玄弥は短く頷く。


 霊気を纏った剣を手に、玄弥は深く息を吸った。


 「……先に言っておく」


 前に立つ二人に向けて、

 玄弥は短く、はっきりと告げる。


 「この霊装、完璧じゃない」


 マトリが、驚いたように目を瞬かせる。


 「え……?」


 ミユキは、視線を剣から逸らさない。


 「やっぱり」


 玄弥は、剣先を地面に向けた。


 石畳に触れた刃は、

 何の抵抗もなく、すり抜ける。


 切れ目は、残らない。


 「物理的なダメージは与えられない」


 「物にも、人にもだ」


 マトリが、息を呑む。


 「じゃあ……」


 「どうやって、戦ってるの?」


 玄弥は、視線を暴徒たちへ向けた。


 「制約をかけてる」


 その言葉に、

 ミユキの眉が、わずかに動いた。


 「制約……?」


 「霊装に、条件を縛る」


 玄弥は続ける。


 「条件が少ないほど、顕在化は難しくなる」


 「でも、絞れば……」


 「使える形になる」


 彼は、剣を構え直す。


 「この剣の制約は三つ」


 指を一本立てる。


 「一つ」


 「物理現象に干渉しない」


 もう一本。


 「二つ」


 「人間そのものは、傷つけない」


 そして、最後の一本。


 「三つ目だけが、例外だ」


 剣から、霊気が強く迸った。


 「妖力を持つものだけを、斬る」


 マトリの喉が、こくりと鳴る。


 「……それって」


 「薬を使った人たちにも……」


 玄弥は、静かに頷く。


 「効く」


 「妖力だけを切り離す」


 「薬を摂取して日が浅ければ――」


 「人間に、戻れる」


 沈黙が、数秒落ちた。


 その静けさを破ったのは、

 ミユキだった。


 「……随分、優しい制約ね」


 玄弥は、苦く笑う。


 「そうしないと、使えなかった」


 『ほう』


 九尾の声が、脳裏に響く。


 『欲を削ぎ落とした結果だな』


 『だからこそ、形になった』


 ミユキは、大剣の柄を握り直す。


 「了解」


 「じゃあ、役割ははっきりしてる」


 マトリも、小さく頷いた。


 「玄弥は“戻せる相手”を」


 「ミユキは……」


 「止めるべき相手を、止める」


 ミユキが、低く答える。


 「ええ」


 「私のは、制約なし」


 「だから……」


 言葉を切り、

 前方を睨む。


 「引き返せない相手は、任せて」


 三人の視線が、

 自然と、同じ方向へ揃う。


 ――男子生徒。


 霧のように消え、

 暴徒たちを率い始めた存在。


 昼の学園に、

 二つの霊装が、並び立つ。


 そして、

 マトリは悲しい顔で俯き、静かに術式を組んでいた。



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