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[★毎日更新★]霊力ゼロの陰陽師見習い  作者: 三科異邦
学園襲撃編

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霊装の力

 空気が、張りつめていた。


 学園内に広がる混乱の中心で、

 玄弥は静かに息を吐く。


 『――今だ』


 九尾の声と同時に、

 玄弥は霊力を一点に集中させた。


 「……来い」


 次の瞬間。


 玄弥の右手に、剣が顕在化する。


 それは異様な姿をしていた。


 剥き身の刃。

 鞘もなく、鍔もない。


 装飾など一切ない、

 ただ“斬るためだけ”に存在する刀。


 刃の表面を、淡い霊気が走り、

 空気を震わせるように迸っている。


 ――だが。


 床に落ちた破片に、刃先が触れた瞬間、

 それは抵抗もなく、すり抜けた。


 切れ味は、ない。


 否――

 物理を、拒絶している。


 「……来たぞぉぉ!!」


 唸り声と共に、

 妖力に染まった暴徒が、玄弥へ突っ込んでくる。


 歪んだ霊気。

 薬によって無理やり膨らまされた力。


 人の形をしているが、

 中身はすでに“異物”だった。


 玄弥は、一歩踏み出す。


 剣を振る。


 ――斬撃は、確かに通った。


 だが、肉は裂けない。

 血も飛ばない。


 刃は、暴徒の身体をすり抜ける。


 「……効いてねぇだろぉが!!」


 暴徒が嗤う。


 だが、次の瞬間。


 その笑みが、凍りついた。


 暴徒の体から、

 黒く濁った妖力だけが、断ち切られていく。


 霧のように、剥がれ落ちる。


 「……ぁ?」


 妖力を失った暴徒は、

 膝から崩れ落ちた。


 力が抜け、

 視線が揺れ、

 狂気が、消えていく。


 「な……なに……?」


 残されたのは、

 ただの、人間だった。


 玄弥は、息を呑む。


 『刀は、正しく機能している』


 九尾の声が、静かに響く。


 『刃は肉を斬らぬ』


 『妖力のみを、選別して断つ』


 次々と、暴徒が襲いかかってくる。


 玄弥は、迷わず踏み込んだ。


 振るう。

 すり抜ける。

 断ち切る。


 斬撃のたびに、

 妖力だけが剥がれ落ち、

 暴徒たちは、次々と倒れていく。


 幸い――

 彼らは、まだ“浅かった”。


 薬を摂取してから、時間が経っていない。


 幸い、完全に妖へ堕ちる前だった。


 切られた者たちは、

 呻きながら、意識を失うだけで済んでいる。


 人として、戻れる。


 「……助かる、のか……」


 震える声が、背後から聞こえた。


 玄弥は、振り返らない。


 今は、ただ刃を振るう。


 殺さず。

 壊さず。

 ただ――悪しきものを、切り離す。


 だが。


 剣を振るうたび、

 玄弥の呼吸は、確実に重くなっていく。


 霊力の消耗が、激しい。


 『忘れるな』


 九尾が告げる。


 『長くは、持たぬ』


 玄弥は、歯を食いしばった。


 それでも――

 剣を、下ろす気はなかった。


 「……十分だ」


 目の前で倒れていく人々を見ながら、

 玄弥は、低く呟く。


 「これで……救えるなら」


 剥き身の刃が、

 再び、霊気を迸らせる。


 戦場の中で、

 “殺さない剣”は、確かに意味を持っていた。


 剥き身の刃を振るい校舎を走る。


 玄弥は、もう迷わなかった。


 踏み込み、振るい、断つ。


 斬撃は肉を裂かず、

 血も飛ばさない。


 だが――

 妖力だけは、確実に切り離していく。


 暴徒が、次々と崩れ落ちた。


 叫び声は、やがて悲鳴へ変わり、

 最後には、うめき声すら消えていく。


 倒れた者たちは、皆、同じだった。


 歪んだ霊気が剥がれ、

 元の人間の気配へと戻っていく。


 床に伏せたまま、

 涙を流す者。

 震えながら、謝罪を繰り返す者。


 玄弥は、剣を下げない。


 『気を抜くな』


 九尾の声が、冷静に告げる。


 『妖力の残滓が、まだ漂っている』


 玄弥は、霊気の流れを感じ取る。


 まだ、いる。


 複数。


 玄弥は、廊下を駆けた。


 教室、階段、渡り廊下。


 暴徒化した生徒を見つけるたび、

 同じ動作を繰り返す。


 斬る。

 すり抜ける。

 断つ。


 霊装は、黙々と役目を果たし続けた。


 やがて――


 校舎に満ちていた妖力が、

 徐々に薄れていく。


 『……ほぼ、切り終えたな』


 九尾の声に、僅かな安堵が混じる。


 玄弥は、剣を構えたまま、

 ゆっくりと周囲を見渡した。


 倒れているのは、

 敵ではない。


 守るべき、生徒たちだ。


 遠くから、教師たちの声が聞こえてくる。


 「こちら異常なし!」

 「負傷者を収容しろ!」

 「結界を再展開する!」


 混乱の渦は、

 ようやく、収束へ向かっていた。


 玄弥は、深く息を吐く。


 肩が、重い。

 指先が、痺れている。


 霊力の消耗が、はっきりと分かる。


 それでも――

 剣は、まだ手の中にあった。


 『よくやった』


 九尾の声が、静かに響く。


 『一時的ではあるが……制圧は成功だ』


 「……一時的、か」


 玄弥は、苦笑する。


 床に倒れた生徒たちを見下ろしながら、

 視線を伏せた。


 これで、終わりではない。


 薬は、まだ出回っている。

 操る者も、姿を現していない。


 だが――


 今、この場では。


 誰も死なず、

 誰も壊さず、

 混乱だけを、鎮めた。


 玄弥は、ゆっくりと剣を下ろす。


 霊気が薄れ、

 剥き身の刃は、霧のように消えていった。


 その瞬間、

 足元が、ぐらりと揺れる。


 「……っ」


 膝が、僅かに折れた。


 限界は、近い。


 それでも――

 校舎には、ようやく静けさが戻った。


 ――静けさ。


 校舎を満たしていた妖力は、ほとんど消え失せていた。


 倒れ伏す生徒たち。

 駆け回る教師たち。

 遠くで響く、救急要請の声。


 玄弥は、壁にもたれながら、荒い呼吸を整えていた。


 「……これで……」


 終わった、はずだった。


 だが。


 『……待て』


 九尾の声が、低く響いた。


 『……一つ、残っている』


 玄弥の背筋が、冷える。


 「残ってる……?」


 霊力を探る。


 だが、そこにあるのは――

 さきほどまでの、歪んだ妖力とは違った。


 濃い。

 重い。

 根を張ったような気配。


 廊下の奥。


 非常灯の赤い光の中で、

 一人の男子生徒が、立っていた。


 制服は乱れ、

 シャツの胸元が、不自然に膨らんでいる。


 「……まだ、立てるのか」


 玄弥は、剣を握り直した。


 『注意しろ』


 九尾が、警告する。


 『あれは……“浅くない”』


 男子生徒は、ゆっくりと顔を上げた。


 その瞳は、焦点が合っていない。

 だが、完全に狂っているわけでもない。


 ――意思が、残っている。


 「……やっと、静かになったな」


 低い声。


 喉を引き裂くような、掠れた響き。


 玄弥は、一歩踏み出す。


 「もう、終わりだ」


 「これ以上、続ける必要はない」


 男子生徒は、口の端を歪めた。


 「……終わり?」


 次の瞬間。


 玄弥は、剣を振るった。


 斬撃は、正確だった。


 ――だが。


 すり抜けない。


 妖力だけを断つはずの刃が、

 男子生徒の中で、止まった。


 「……なに?」


 刃は、確かに通っている。


 だが、妖力は剥がれ落ちない。


 むしろ――

 刃を、呑み込んでいる。


 男子生徒の身体から、

 黒く粘ついた妖気が溢れ出す。


 「……はは」


 笑った。


 はっきりと、嗤った。


 「効かないんだよ、それ」


 玄弥は、後退る。


 『……成りかけだ』


 九尾の声が、低く沈む。


 『半妖の段階を、越えかけている』


 『妖力が……“本人のもの”になり始めている』


 男子生徒は、自分の胸に手を当てた。


 脈打つように、

 妖気が、呼吸している。


 「前はさ……」


 「君に助けられて、悔しかった」


 「惨めで、情けなくて……」


 視線が、玄弥を捉える。


 「でも今は、違う」


 「力がある」


 「これは、もう俺の力だ」


 玄弥は、剣を構え直す。


 霊装が、微かに震えた。


 制約が、軋む。


 ――妖力を断て。


 だが、

 相手はもう“妖力を借りている人間”ではない。


 妖力と、人が、混ざり始めている存在。


 『玄弥』


 九尾が、重く告げる。


 『お前の剣は――“戻れる者”を救うためのものだ』


 『だが、あれは……』


 男子生徒が、一歩踏み出す。


 床が、軋む。


 「次は……」


 「こちらの番だよ」


 校舎に、再び――

 不穏な気配が、満ち始めていた。




お読みいただきありがとうございます。

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