霊装、顕在化
――まだ、足りない。
玄弥は、自分の内側に広がる気配を探りながら、そう感じていた。
霊力は戻っている。
だが、戦えるだけの“形”がない。
(このままじゃ……)
その時、心の奥で、低く落ち着いた声が響いた。
『……いい加減、理解しろ』
九尾だった。
『霊装を、顕在化させろ』
玄弥は眉をひそめる。
「無理だ。まだ……完璧じゃない」
霊装――
契約した霊を武器として顕在化させる高等技術。
才能ある者でも、完成までに何年もかかる。
自分は、そこまで到達していない。
『完璧など、最初から求めるな』
九尾の声には、苛立ちよりも、諭すような響きがあった。
『お前は、勘違いしている』
「……何をだ」
『霊装とは、“完成品”を呼び出す術ではない』
『条件を定め、力を限定し、形を縛ることで――初めて、現世に降ろすものだ』
玄弥は、息を呑んだ。
「条件……?」
『制約だ』
九尾は、静かに告げる。
『霊装に、制約を課せ』
『霊装とは、力を解き放つ行為ではない。力を“閉じ込める”行為だ』
玄弥は、拳を握りしめる。
「でも……制約が多いほど、難しくなる」
『その通りだ』
九尾は、否定しなかった。
『制約とは、刃だ。自らを傷つける覚悟がなければ、振るえぬ』
『条件を増やせば増やすほど、顕在化は困難になる』
『だが――』
九尾の声が、わずかに低くなる。
『条件を絞れば、話は別だ』
「……絞る?」
『用途を限定しろ』
『時間、形状、出力、すべてを切り捨てろ』
『“使える霊装”を目指すな』
『“今、必要な霊装”を選べ』
玄弥の胸に、言葉が沈んでいく。
完璧を求めていた。
だから、踏み出せなかった。
「……制約をつけることで」
「不完全でも、呼び出せる可能性がある……ってことか」
『理解が早いな』
九尾は、どこか楽しげに息を吐く。
『力は、欲張る者から逃げる』
『だが、覚悟を持って縛る者には、応える』
玄弥は、静かに目を閉じた。
今、必要なのは――
すべてを覆す力じゃない。
仲間を守るための、
一瞬の刃。
「……やってみる」
そう呟いた玄弥に、九尾は一言だけ告げた。
『よい』
『では選べ。何を捨て、何を残すかを』
次の瞬間、
玄弥の内側で、何かが――確かに、形を取り始めていた。
――
玄弥は、ゆっくりと息を整えた。
霊装を顕在化させる――
それは、力を呼び出すことではない。
力に、条件を課すこと。
『……決めたか』
九尾の声が、静かに問いかける。
「まだ……迷ってる」
玄弥は正直に答えた。
霊装が完成しない理由は、分かっている。
欲張りすぎているのだ。
守りたい。
勝ちたい。
失いたくない。
すべてを抱えようとして、何も掴めない。
「だから……削る」
玄弥は、意識を内側へ沈めていく。
霊力の流れを感じ、
九尾の存在を、はっきりと意識する。
「まず――」
玄弥の声が、少しだけ低くなる。
「この霊装は、人を傷つけない」
『……ほう』
九尾が、短く反応する。
「物理的なダメージを、一切与えない」
「刃でも、衝撃でも、斬撃でもない」
玄弥は、言葉を選びながら続けた。
「物理現象にも干渉しない」
「建物も壊さない。地面も砕かない」
それは、あまりにも厳しい制約だった。
普通なら、
力を得るために真っ先に捨てる部分だ。
『……随分と縛るな』
九尾の声に、僅かな笑みが混じる。
『それで、何が残る』
玄弥は、拳を強く握った。
「――一つだけ」
胸の奥が、熱を帯びる。
「妖力を持つものだけを、傷つけられる」
言葉にした瞬間、
空気が、確かに変わった。
霊力が、暴れるのをやめる。
散らばっていた感覚が、
一点へと収束していく。
「人間も、ただの物も、対象外」
「妖力がなければ、触れられもしない」
それは、
敵を選ぶ刃。
同時に、
自分自身への枷でもあった。
『……なるほど』
九尾は、深く息を吐く。
『お前らしい制約だ』
『殺すための力ではない』
『守るために、削ぎ落とした力だ』
玄弥は、目を閉じたまま、頷く。
「……これなら」
「暴走しない」
「誰かを、間違って傷つけることもない」
だが――
代償はある。
『当然だ』
九尾の声が、少しだけ厳しくなる。
『妖力を持たぬ相手には、無力』
『混戦では、お前が不利になる』
「それでもいい」
玄弥は、迷わず答えた。
「俺は……」
「殺すために、ここに立ってるんじゃない」
沈黙。
そして――
九尾が、静かに告げた。
『よい』
『制約、受理した』
次の瞬間。
玄弥の内側で、
何かが“固定”された感覚が走る。
熱でも、痛みでもない。
覚悟が、形を得た感覚。
まだ、完全ではない。
霊装は、朧げな輪郭を持つだけ。
それでも――
確かに、そこに“在る”。
『忘れるな』
九尾の声が、低く響く。
『その刃は、選び続ける者にしか応えぬ』
『迷った瞬間、霧散する』
玄弥は、ゆっくりと目を開けた。
「……大丈夫だ」
視線の先に、
戦場がある。
守るべきものがある。
「迷わない」
不完全な霊装が、
静かに、彼の傍らに揺らいでいた。
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