表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪壊の陰陽師 ―霊力ゼロの陰陽師が最強の妖狐と結ぶ仮初の契約―  作者: 仁科異邦
九尾との出会い、覚醒編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/207

妖怪の誘惑、堕ちたクラスメイト


 組み手が終わっても、訓練場を支配する静寂は解けなかった。


 誰も、すぐには声を出せない。

「……今の、見たか? 西園寺が勝った……。しかも、日下部の本気の霊術を、正面から防ぎやがったぞ」


「……今の、見たか?」

「西園寺……勝ったよな? しかも霊術まで防いだぞ」

 遅れて広がるざわめき。

玄弥が歩を進めるたび、突き刺さる視線の質が変わっていく。

 侮りでも嘲りでもない。

――獲物を値踏みするような、鋭く、重い沈黙。


「お前、いつの間に……」

 声をかけてきたクラスメイトも、言葉を最後まで紡げない。

 玄弥は軽く会釈を返し、訓練場を後にした。

 胸の奥にはまだ、勝利の余熱が燻っている。

 だが、浮かれる気にはなれなかった。


 これがまだ、終わりのない道のりの「一歩目」に過ぎないことを、自分が一番よく分かっていたからだ。



 一方、日下部は保健室のベッドに座り込んでいた。

「日下部。なぜ、あんな危険な霊術を使った」  

 教師の問いは静かで、それ故に重かった。

「一歩間違えれば、西園寺を殺していたんだぞ」

「……すいません」  

 俯き、絞り出すような謝罪。

「今回は西園寺が捌ききったから良かったが、猛省しろ。後で彼に謝るように」


 教師が去った後、日下部は拳をシーツに叩きつけた。

「……ふざけんな。ふざけんなよ……ッ!」  

 喉から漏れるのは、掠れた呪詛。  

 自分には霊力がある。実技もトップクラスだ。

 誰よりも「正しい努力」をしてきた自負があった。

 それなのに、かつて見下していた「無能」に、泥を舐めさせられた。


 努力が足りなかった? 才能の差か?  そんな正論を自分にぶつけるほど、心がひび割れていくのが分かり虚しくなった。



 その夜。街灯のない、月明かりだけが路地を青白く照らす帰り道。

「……力が欲しい。俺の方が、上なはずなんだ」

「……ほう。良い目をしているな」

 粘ついた、不気味な声が鼓膜を撫でた。


 影が揺れている。街灯の柱の陰から、人の形をした「何か」が滲み出してきた。

「お前は選ばれた人間だ。弱いのではない……ただ、力の『本当の使い方』を知らないだけだ」

「……誰だ、貴様は」


「お前に、至高の力を与える者だ」

 影は優しく囁き、日下部の欠けた心に染み渡る声。  

――おかしい。関わってはいけない。

 本能が警鐘を鳴らす。

 だが、それ以上に敗北の屈辱が、彼のブレーキを焼き切っていた。


「……それをやれば勝てるのか。西園寺を、圧倒できるのか?」  

 影が、にやりと口を歪めた。

「当然だ。妖怪を内に入れ、その力を直接行使する――『憑依』だ。貴様の肉体、霊力、その全てが別次元へと進化する」

 日下部は唾を飲み込んだ。

「代償はあるのか?」

「最初は少しばかりの違和感と、感情の昂ぶりがある程度。慣れれば、全てはお前の力となる」


 脳裏に、涼しい顔で立っていた玄弥の姿が浮かぶ。 「……教えろ。俺に、その力を」


"それ"は口を三日月の形に歪め、両手を広げた。

「ハハハ! 良い返事だ。歓迎しよう、同志よ」

 月の下、一人の少年が、決定的な一線を越えた。



 翌朝。

 鏡の前に立った日下部は、目を見開いた。

 身体が、異様なほど軽い。

「……なんだ、これ」

 拳を握る、反応が速すぎる。

 いつもと、まるで違う。

『力を使え』

 胸の奥で、低い声が囁いた。


「……ああ」

 否定する気は、起きなかった。

 これなら、勝てる。



 翌朝の実技演習。

 玄弥は、並んでいる日下部を見て眉をひそめた。 「……葛葉、あれは?」

「うむ。混ざっておるな……人と、妖の気配が」

 葛葉の低い声に、玄弥の背筋に緊張が走る。  

 日下部の立ち姿が、昨日までとは根本的に違っていた。

 重心が不自然に低く、全身から刺すような妖気が漏れ出している。


「組み手始め! 日下部、前へ」

 教官の合図と同時だった。  

 爆音。床の石板が粉砕される音。

「――っ!?」  

 対戦相手の生徒は、何が起きたか理解する暇もなかった。  

 一瞬で間合いを詰めた日下部の掌底が、相手を十メートル近く吹き飛ばしたのだ。

「日下部! やりすぎだ、止まれ!」  

 教師が制止に入る。だが、日下部は止まらない。  


 血走った目で周囲を見渡し、胸の奥から響く「別の声」に従うように拳を握り直す。

『もっとだ……もっと力を……!』  

 日下部が頭を抱えて膝をついたのは、教師が本気で介入しようとした直前だった。


「……ぐ、あ、あああぁぁぁ!!」

 呼吸は荒く、指先が痙攣している。  

 周囲の生徒たちが困惑と恐怖で引いていく中、葛葉が玄弥の肩に手を置いた。


「あれは『憑依』……しかも、強制的な侵食じゃな。妖怪が内側から器を喰らおうとしておる」

「先生たちは気づかないのか?」

「並の陰陽師では、強くなったとしか思わぬじゃろうな。……だが、放っておけばあの男は内側から壊れるか、完全に意識を奪われる」


 玄弥は拳を握りしめた。

 日下部への憤りよりも、彼を利用している「黒幕」への怒りが湧き上がる。

「……助ける方法は、あるのか?」

「侵食が深くなる前に、核を断つしかない。……だが、安全な道ではないぞ、玄弥」


「今日はもう終わりだ。無理をするな」

 教官の声に日下部は、虚ろな目で頷く。

 引きずられるように立ち上がりながら――一瞬だけ、玄弥と視線が合った。


 その奥に。

 人ではない"何か"が、確かに蠢いていた。



 放課後、校舎裏。


「次に暴れれば、死人が出るじゃろう」

 昼間の光景が、脳裏をよぎる。

 制御できていない動き。止まらない攻撃。


「本人は、強くなったと思ってる」

「そこが一番、厄介じゃ」

 葛葉の声が重くなる。

「劣等感を抱えた者ほど、力の甘さを疑わぬ」

 玄弥は歯を噛みしめた。


「……俺と、同じだ」

 葛葉は何も言わず、耳をわずかに伏せる。

「調べる方法は?」


「侵食の深さを見る」

 葛葉は感応符を取り出した。

「触れずとも、妖気の混ざり具合が分かる」


「気づかれる?」

「可能性はある。だが、躊躇っておる時間はない」

「放っておいたら身体が壊れるか、主導権を完全に奪われるのう」

「……どっちも、ダメだな」


「そうなると助からぬ可能性が高い」

 玄弥は拳を握る。


「止める方法は?」

「ある。じゃが――」

 葛葉の目が、真剣になる。

「侵食が深いほど、奴の命の危険が増す」

「……だとしてもやるしかないよな」


「最初から、そのつもりじゃ」

 葛葉は立ち上がった。


「覚悟はいいか、玄弥」

「ああ、分かってる」


「まずは感応符で探る、それで次を考えるのじゃ」


 その時。

 玄弥の背筋に、冷たいものが走った。

「……今、誰かいた」

「気配があるのう」


 二人は同時に、校舎を見る、夕闇の中。

 人影が、消えた。

 ――誰かが、聞いていた。



 校門を出る生徒の流れが、細くなる頃。

「……来た」

 日下部が、ひとりで校門を出る。


「今だ」

 玄弥は袖の中に隠した「感応符」を、下校する日下部に向けてかざした。

――パリンッ!  一瞬で、符が黒く濁り、砕け散った。


「……想定以上じゃ。半ば、融合が始まっておる」

 葛葉の顔がかつてなく険しい。


「そんなに?でも普通に歩いてるが‥」


「見た目だけじゃ、内側はもう喰われ始めておる」


 日下部は、路地へ曲がった。

「……追うぞ」



 日下部はそのまま、人通りのない住宅街の外れにある、古い集会所へと吸い込まれていった。


  物陰から様子を伺う玄弥。  

 集会所の中から、日下部の声と、重なり合う「別の声」が響いてくる。

『……扉はまだ、半分だ。もっと、深く沈め……』 「……分かってる。力を……もっと、力をくれ……!」

 日下部の目が、人の色を失っていく。

 玄弥が飛び出そうとした瞬間、葛葉がその腕を強く掴んだ。

 「待て。今割り込めば、衝撃であの男の魂が砕ける。……機を待つのじゃ」



 集会所の中。

 日下部が、ゆっくり顔を上げた。

 目は、人のもの。

 だが――奥に、別の視線が宿っている。

「……これでいい、自分で選んだんだ」


 葛葉は静かに言った。

「止めるなら――もう、時間はない」


 夜風が、住宅街を吹き抜ける。  

 手のひらの中で、砕けた感応符の破片が鈍く光っていた。    

――間に合うか。いや、間に合わせる。

 玄弥は、自分の中に灯った霊力を静かに研ぎ澄ませた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ