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霊力ゼロの陰陽師見習い[★毎日更新★]  作者: テラトンパンチ
学園襲撃編

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真実

 血の匂いが、まだ路地に残っていた。

 玄弥が言葉を失ったまま立ち尽くしていると、夜気が、ふっと歪む。

 「――ああ、いい顔」


 聞き覚えのある声。

 闇の奥から、女が現れた。

 いつもと同じ、人の姿。

 だがその表情は、隠そうともせず歪んでいた。

 「その迷い、その嫌悪、その恐怖」


 女は楽しそうに肩を揺らす。

 「人間って、本当に脆いわね」


 玄弥は、即座に構えた。

 「……お前か」


 「こいつに、あの薬を渡したのは」

 女は小さく首を傾げる。


 「“渡した”なんて言い方、冷たいなぁ」

 視線を男子生徒へ向け、くすりと笑う。

 「私は、欲しがる人に“選択肢”をあげただけ」


 「弱いままでいるか、踏み出すか」

 「それを選んだのは――彼らよ?」


 男子生徒は、何も言えなかった。

 喉の奥で、何かが引っかかっている。

 玄弥は一歩前に出る。

 「……薬の正体を言え」


 女は、待ってましたと言わんばかりに微笑んだ。

 「いいわ」

 「どうせ、もう隠す意味もないし」


 彼女は、指先を立てる。

 「あなたたちが“霊力が上がる”って噂してたあれ」

 「正体はね――」


 空気が、冷たくなる。

 「妖怪の血よ」


 玄弥の眉が、ぴくりと動いた。

 「……血?」


 「ええ。希釈して、飲みやすくしてあるけど」

 「本質はそのまま」


 女は淡々と続ける。

 「一度や二度なら、身体が少し変調をきたすだけ」


 「でも、摂取し続ければ――」

 指を、ゆっくりと下ろす。


 「人は、半妖になる」

 「そして最終的には、完全な妖怪」


 男子生徒の背筋に、冷たいものが走った。

 「……じゃあ、俺の力は……」


 震える声。

 女は、あっさりと言い切る。

 「霊力なんて、ほとんど増えてないわ」


 その言葉は、刃のように突き刺さった。

 「あなたたちが感じてた“強さ”はね」

 「妖怪に近づいたことで、妖力を分け与えられてただけ」

 「だから強くなった“気がした”」

 「ただ、それだけ」


 玄弥は、奥歯を噛みしめる。

 「……錯覚、だっていうのか」


 「そう」

 女は、心底楽しそうに頷いた。

 「努力も、修練も、積み上げもない」

 「ただ、人であることを削って」

 「怪物に近づいただけ」


 女は、路地に倒れた痕跡を見下ろす。

 「でもね?」


 くすっと、笑う。

 「その近道を選ぶのが、人間なのよ」

 「苦しい努力より、甘い力」

 「時間より、即効性」

 「正義より、自分の承認」


 玄弥の胸に、嫌な確信が広がる。

 学園で教えられてきたことは、間違っていなかった。

 霊力は、地道な鍛錬でしか強くならない。

 ――だからこそ。


 それを否定したくなるほど、

 人は弱い。

 女は、玄弥を見た。

 「あなたは、どうする?」

 「弱いまま、守る側でいる?」

 「それとも――」


 ちらりと、男子生徒を見る。

 「この子たちみたいに、踏み込む?」


 玄弥は、即答しなかった。

 ただ、静かに言った。

 「……お前は」

 「人の弱さが、そんなに面白いのか」


 女は、満面の笑みを浮かべる。

 「ええ」

 「だって――」

 その影が、異様に伸びる。

 「弱いから、堕ちる」

 「堕ちるから、美しい」


 夜の闇に、笑い声が溶けていった。

 残されたのは、

 真実を知ってしまった者たちと、

 もう戻れない選択の重みだけだった。


 夜風が、血の匂いを運んでいく。

 妖怪の血だと明かされた後も、

 女はそこに立ったまま、何事もなかったように微笑んでいた。


 玄弥は、静かに問いかける。

 「……お前、人間だろ」


 女の視線が、玄弥に向く。

 「なのに、どうして妖怪の味方をする」

 「人を喰わせて、街を壊して」

 「それで、何がしたい」


 声は低いが、怒鳴ってはいない。

 真剣に、理由を求めていた。

 女は一瞬、きょとんとした顔をして――

 次の瞬間、吹き出した。


 「……あは」

 「そんな顔で聞かれると思わなかった」

 肩をすくめ、夜空を仰ぐ。

 「理由?」

 「そんな大層なもの、ないわよ」


 玄弥の眉が寄る。

 「……は?」


 女は、指先で髪を弄びながら、あっさりと言った。

 「人生に、飽きたの」

 その言葉は、驚くほど軽かった。

 「長く生きてね、色んなものを見た」


 「正義も、悪も、努力も、挫折も」

 「どれも、最初は面白かったけど」

 女は、玄弥を見る。

 「全部、予想通りに終わるのよ」

 「頑張る人は報われて」

 「悪い奴は罰を受けて」

 「守る側と、守られる側がいて」


 小さく、ため息。

 「……退屈だった」


 玄弥の胸に、嫌な冷たさが広がる。

 「だから」


 女は、楽しそうに笑った。

 「刺激が欲しかっただけ」

 「予想を外す存在」

 「壊れる人間」

 「正義が迷う瞬間」


 視線が、男子生徒へと流れる。

 「人が、力を得て、どこまで堕ちるのか」

 「それを見るのが、一番、面白いでしょ?」


 玄弥は、拳を握り締めた。

 「……人の人生を遊びに使うな」


 女は、首を傾げる。

 「遊び?」

 「違うわ」

 「これは、観察」

 「だってね」


 一歩、近づく。

 「あなたも、見てるでしょ?」

 「彼が、どこまで行くのか」

 「止めたいと思いながら」

 「同時に、目を離せなくなってる」


 玄弥は、言葉を失う。


 女は満足そうに頷いた。

 「ほら」

 「私と、そんなに変わらない」


 夜が、静かに二人を包む。

 正義と退屈。

 守る者と、壊す者。

 その境界線は、

 思っていたよりも、ずっと薄かった。

 女は背を向ける。


 「安心して」

 「まだ、終わらせないから」

 「もう少し、この街……面白くなりそうだし」


 闇に溶ける直前、振り返って言う。

 「ねぇ、玄弥」

 「あなたが壊れる瞬間も」

 「結構、楽しみにしてるの」


 笑い声だけを残して、女は消えた。

 玄弥は、その場に立ち尽くす。


 拳は震え、

 胸の奥で、何かが静かに燃えていた。

 ――絶対に、止める。


 それが、正義だからじゃない。

 「……あいつの退屈を」

 「満たすために、人が壊れるのは」

 「俺が、許さない」

 夜は、まだ終わらない。

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