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[★毎日更新★]霊力ゼロの陰陽師見習い [祝10000PV感謝です!]  作者: 三科異邦
学園襲撃編

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一線を越える

最初に異変が起きたのは、街外れの住宅街だった。


 仲間の一人――

 男子生徒より少し年上の青年が、力を抑えきれなくなった。


 「……足りない」


 「まだ、足りねぇ……!」


 彼は、もう何本目かわからない小瓶を飲み干していた。

 霊力は確かに増している。

 だがその代わりに、理性が削れていく。


 視界が赤く染まり、

 耳鳴りの向こうで、誰かの声が聞こえた。


 ――奪え

 ――もっと

 ――お前は弱くない


 次の瞬間。


 住宅の壁が、内側から吹き飛んだ。


 悲鳴。

 破壊音。

 逃げ惑う人々。


 青年は笑っていた。

 力が溢れ、体が変形し始めていることにも気づかずに。


 腕が異様に長くなり、

 皮膚が黒ずみ、

 声が、人間のものではなくなる。


 それはもう、

 “力を得た人間”ではなかった。



 事件は、すぐに表に出た。


 「霊的災害発生」

 「正体不明の暴走者」

 「複数名負傷」


 ニュースと噂が、街と学園を駆け巡る。


 学園では緊急集会が開かれ、

 教師たちは険しい顔で言った。


 「妖怪の仕業だ」


 「人に化け、街に紛れ込んでいる」


 「決して、力を与える存在を信じるな」


 その言葉を聞きながら、

 男子生徒は、胸の奥がざわつくのを感じていた。


 ――妖怪?

 ――仕業?


 頭に浮かぶのは、あの女の顔。


 落ち着いた声。

 優しい言葉。

 力を与えてくれた存在。


 (……違う)


 (あの人が、そんなはず……)


 だが、疑念は消えなかった。



 その夜。

 男子生徒は、女を呼び出した。


 「……あれ、知ってたんだろ」


 暗がりの中で、問いかける。


 女は否定しなかった。


 「ええ」


 淡々と答える。


 「いずれ、誰かは壊れる」


 「それも、想定の内」


 その言葉に、背筋が冷える。


 「……あんた、何者だ」


 しばらくの沈黙。


 やがて、女は一歩前に出た。


 街灯の光の下で、

 彼女の影が――歪んだ。


 人の形を保ちながら、

 その奥に、異様な輪郭が重なる。


 「知りたい?」


 次の瞬間、

 彼女の“匂い”が変わった。


 人間ではない。

 はっきりと、妖怪のそれ。


 「……っ」


 息を呑む。


 教えられてきた存在。

 倒すべき敵。

 排除すべき異形。


 「私、妖怪よ」


 女は、あっさりと告げた。


 「あなたたちの言う、“討伐対象”」


 頭が、真っ白になる。


 (……嘘だ)


 (妖怪は……)


 (人を騙して、奪って……)


 だが、同時に思い出す。


 ――力をくれたのは、誰だ?

 ――孤独を肯定したのは?

 ――居場所を与えたのは?


 「……でも」


 声が、震える。


 「アンタは、俺を……」


 女は、静かに微笑んだ。


 「救った?」


 「育てた?」


 「それとも、利用した?」


 その問いに、答えは出なかった。



 男子生徒の中で、何かが崩れていく。


 学園で教わってきた正義。

 妖怪は悪で、人は守られる側。


 だが現実はどうだ。


 力をくれたのは、妖怪だった。

 見下してきたのは、人間だった。

 努力しろと笑ったのも、人間だった。


 (……どっちが、正しいんだ)


 女は、彼の迷いを見抜いていた。


 「疑いなさい」


 「教えられた正義を」


 「“本当に敵なのは誰か”を」


 その言葉は、

 命令でも、洗脳でもない。


 ただの“提案”。


 だが、それが一番危険だった。


 「……俺は」


 男子生徒は、ゆっくりと顔を上げる。


 「まだ、決めてない」


 女は満足そうに頷く。


 「それでいい」


 「疑問を持った瞬間から、あなたはもう――」


 影が、闇に溶けていく。


 「戻れない側だから」


 一人残された男子生徒は、

 自分の手を見つめた。


 人の手。

 だが、もう完全には信じられない。


 学園が教えてきたものも、

 討つべきだと信じてきた存在も。


 すべてが、

 ゆっくりと反転し始めていた。


夜の路地裏は、湿った霊気で満ちていた。


 仲間たちは集まっていた。

 互いに肩を寄せ合い、傷を語り、力を誇示する――

 はずだった。


 最初に壊れたのは、一人の男だった。


 「……腹、減った」


 冗談の調子じゃない。

 焦点の合わない目、異様に荒い呼吸。


 「おい、冗談だろ?」


 誰かが笑って誤魔化そうとした、その瞬間。


 ――喰った。


 悲鳴は一瞬で途切れ、

 肉の裂ける音と骨の砕ける鈍音だけが路地に残った。


 血の匂いが、空気を支配する。


 「……っ」


 男子生徒は、動けなかった。


 恐怖。

 嫌悪。

 そして――抑えきれない衝動。


 胸の奥が、きつく締めつけられる。

 空腹じゃない。

 なのに、体が“求めている”。


 (やめろ……)


 理性が叫ぶ。

 だが霊力が、それを押し潰す。


 足が、勝手に前に出た。


 気づいた時には、

 口の中に生暖かい感触が広がっていた。


 ――自分も、喰っていた。


 噛み切る音。

 舌に絡みつく鉄の味。

 喉を通るたび、霊力が全身に満ちていく。


 「……っ、あ……」


 吐き気がする。

 最低だと分かっている。


 なのに。


 (……うまい)


 霊力が、これまでにないほど澄んでいく。

 自分が“満たされていく”感覚。


 「……は、はは……」


 笑いが漏れた。


 力がある。

 強い。

 生きている。


 その快感に、男子生徒は酔いしれた。



 「……おい」


 不意に、声がした。


 路地の入口に、一人の影が立っている。


 玄弥だった。


 異常な霊気を感じ、

 偶然通りかかっただけだ。


 だが目に映った光景に、言葉を失う。


 倒れた人間。

 血。

 そして、口元を拭う男子生徒。


 「……お前」


 玄弥は、すぐには構えなかった。


 術も、武器も出さない。

 ただ、一歩近づく。


 「……大丈夫か」


 責める声じゃない。

 怒りでも、恐怖でもない。


 純粋な――心配だった。


 「顔色、悪いぞ」


 「霊力も、かなり乱れてる」


 男子生徒の胸が、強く脈打つ。


 (なんで……)


 (なんで、そんな目で見る)


 「無理、してないか?」


 玄弥は真剣だった。

 まるで、昔と同じ“同級生”を見るように。


 その瞬間、

 酔いが一瞬だけ醒める。


 罪悪感。

 羞恥。

 そして、抑えきれない怒り。


 (見るな)


 (そんな目で、俺を見るな)


 「……近寄るな」


 低く、掠れた声。


 玄弥は立ち止まる。


 「……何か、あったんだろ」


 「一人で抱え込むな」


 その言葉が、胸の奥を深く抉った。


 助けられた日の記憶。

 屈辱に変わったあの感情。


 「……もう、遅いんだよ」


 男子生徒は、血に濡れた口元で笑った。


 玄弥は、何かを言おうとして――

 言葉を失った。


 闇の中で、

 何かが、確かに嗤っていた。


お読みいただきありがとうございます。

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