偽りの仲間
――俺は、独りだ。
そう思ったのは、何度目だっただろう。
学園にも行かなくなり、
スマホには誰からも連絡が来ない。
夜の部屋で一人、膝を抱える。
(……やっぱり、誰も俺を必要としてない)
胸の奥が、ひりつく。
力を得たはずなのに、満たされない。
その時。
「ほらほらそんな顔しないで」
闇の中から、声がした。
あの女だった。
いつの間にか、そこにいる。
まるで最初から居たみたいに。
「キミ、孤立してるって思ってるでしょ?」
図星だった。
「でもね、それは違うよ」
女は、微笑む。
「キミと“同じ”人たちがいる」
指を鳴らす。
すると、闇が揺らぎ――
一人、また一人と影が現れた。
年齢も、性別も違う。
だが、全員が同じ“匂い”をしている。
くすんだ霊力。
歪んだ感情。
「……誰だよ」
警戒する彼に、最初に口を開いたのは少女だった。
「私も、弱かった」
次に、背の高い男。
「努力しても、認められなかった」
別の誰かが、笑う。
「奪われる側って、辛いよな」
言葉が、胸に刺さる。
(……分かる)
(こいつら、分かってる)
誰も責めない。
誰も見下さない。
ただ、同じ痛みを語る。
「俺も……」
気づけば、彼は話していた。
学園のこと。
見下された日々。
助けられた時の屈辱。
「分かるよ」
「それ、俺もあった」
「お前は悪くない」
その言葉に、喉が詰まる。
(……ああ)
(ここなら)
(ここなら、俺は独りじゃない)
初めて、笑った気がした。
だが。
少し離れた闇の上。
屋根の影に、それはいた。
歪な体。
人の形をなぞっただけの存在。
妖怪は、口元を歪めて嗤う。
「――あはは」
「いいねぇ、人間」
「傷を舐め合って、正義を作る」
赤い舌で唇をなぞりながら、見下ろす。
「自分たちは被害者だって、信じ切ってる顔」
「そのくせ、力を得た瞬間――」
目が、ぎらりと光る。
「他人を踏み潰す側に回る」
妖怪は、肩を震わせる。
「ほんっと、醜い」
「だから、最高だ」
下では、彼らが笑い合っている。
上では、怪物が嗤っている。
誰一人、
その視線に気づかないまま。
夜は、さらに深くなっていった
夜の街。
人気のない倉庫街の一角に、彼らは集まっていた。
男子生徒を中心に、数人の“仲間”。
年齢も境遇も違うが、共通しているのは――力に飢え、世界に傷つけられた者たちだ。
「今日は、どうする?」
誰かが尋ねると、男子生徒は自然と前に出た。
もう、ためらいはない。
「……増そう」
短く、断定的な声。
女から渡された革袋を取り出し、中身を見せる。
小瓶が、かすかに不気味な光を放っている。
「これを配る。欲しがってる奴はいくらでもいる」
「副作用は?」
かつてなら、そんな言葉に苛立ったかもしれない。
だが今は、肩をすくめるだけだ。
「知らねぇよ」
「強くなりたいなら、覚悟くらい持てって話だ」
仲間たちは、顔を見合わせ――そして笑った。
「そうだな」
「選ぶのは、そいつらだ」
彼らは街へ散っていく。
弱者に声をかけ、怒りや焦りに寄り添い、甘い言葉で薬を渡す。
――強くなりたくない?
――奪われる側で、終わりたくないだろ?
そのやり方は、かつて自分がやられたものと同じだった。
だが今の彼は、それを“理解”だと思っていた。
⸻
日を追うごとに、変化ははっきりしていく。
鏡に映る自分の姿に、違和感を覚え始めたのはいつからだろう。
目の色が、濁っている。
肌の下を、黒い筋が走るように見える。
爪が、わずかに伸びている。
歯が、鋭くなっている気がする。
「……ま、いっか」
そう呟き、気にも留めなかった。
人間らしさなんて、
強さの前では価値がない。
むしろ、捨てた方が楽だ。
感情が、単純になっていく。
怒り、快楽、優越感。
それ以外は、薄れていった。
⸻
ある夜。
一人で街を見下ろしていた時、不意に記憶が蘇る。
――暗い路地。
――妖怪に襲われた自分。
――情けなく、震えていたあの瞬間。
そして。
助けに現れた、主人公。
あの時の光景が、はっきりと脳裏に浮かぶ。
(……ああ)
胸の奥が、ちくりと痛む。
助けられた。
命を救われた。
なのに。
(なんで、あんな顔してた)
(憐れむような目で)
歯を食いしばる。
(違うだろ)
(俺は、助けられる側じゃない)
(“守られる弱者”じゃない)
拳に、力がこもる。
周囲の空気が、歪む。
(あいつが……)
(あいつがいるから、俺は惨めだった)
助けられた記憶が、
いつの間にか――屈辱に塗り替えられていた。
「……そうか」
低く、笑う。
「全部、あいつのせいだ」
世界が、はっきりと一本の線で分かれる。
奪う側と、奪われる側。
立つ側と、踏みつけられる側。
そして。
「……次は」
夜の向こうを見据え、呟く。
「俺が、奪う番だ」
主人公の顔が、頭に浮かぶ。
助けたつもりでいる“英雄”。
無自覚に、他人の尊厳を踏みにじる存在。
復讐という言葉すら、
もう感情を伴っていなかった。
ただ――倒すべき目標。
それだけだ。
彼の背後で、仲間たちが集まり始める。
増えた数だけ、夜が濃くなる。
人の形をした影が、
次第に“群れ”へと変わっていった。
そして誰よりも早く、
彼自身が――人間であることから、遠ざかっていた。




