表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[★毎日更新★]霊力ゼロの陰陽師見習い  作者: 三科異邦
学園襲撃編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/123

異変

 夜は、まだ終わっていなかった。


 路地に倒れ伏した男は、ぴくりとも動かない。

 男子生徒は、しばらくその場から動けずにいた。


 胸の奥が、満たされている。

 なのに、どこか空虚だ。


 「……はは」


 乾いた笑いが漏れた。


 「すげぇな……ほんとに……」


 足元が、少しふらつく。

 だがそれは疲労ではない。

 体が、もっと“次”を求めている。


 背後で、女の気配が濃くなる。


 「怖い?」


 静かな声。


 「……少し」


 正直に答えると、女は否定しなかった。


 「それでいいのよ」


 彼女は倒れた男を一瞥し、淡々と言った。


 「罪悪感も、恐怖も、まだ“人間”だから出てくる」


 ゆっくりと、彼の正面に立つ。


 「でもね。そんなもの、力の前ではすぐ薄れる」


 男子生徒は唇を噛んだ。


 「……俺、どうなるんだ」


 女は少し首を傾げ、まるで不思議な質問だと言いたげに微笑む。


 「どうもならないわ」


 「ただ――」


 一歩、距離を詰める。


 「欲しいものを、欲しいままに手に入れるだけ」


 彼女の指先が、彼の胸元に触れた瞬間。

 心臓が、どくんと強く脈打つ。


 「今はね、何も考えなくていい」


 「正義も、善悪も、学園も、友達も」


 囁きが、頭の奥に染み込んでいく。


 「自分の欲望だけを見なさい」


 男子生徒の脳裏に、浮かぶ光景。


 ――主人公の背中

 ――楽しそうに笑うクラスメイト

 ――置いていかれる自分


 拳が、震える。


 「……ムカつく」


 気づけば、そう呟いていた。


 女は満足そうに目を細める。


 「そう。それよ」


 「羨ましい、憎い、認められたい、支配したい」


 「全部、立派な“原動力”」


 彼女は、革袋を差し出した。


 中には、昨日よりも濃い色をした小瓶がいくつも入っている。


 「今夜は、好きに使いなさい」


 「止めないわ」


 「……いいのか?」


 問いかけに、女は即答した。


 「ええ。むしろ――」


 微笑みが、僅かに歪む。


 「縛る方が、成長を妨げるもの」


 男子生徒は、瓶を一つ掴んだ。

 手のひらが、異様に熱い。


 「……俺が、壊れたら?」


 一瞬だけ、女の瞳が細くなる。


 「壊れる?」


 その言葉を、笑い飛ばすように。


 「違うわ。“削ぎ落とされる”だけ」


 「余計な自我がね」


 その言葉に、胸の奥がざわついた。

 だが同時に、妙な安堵もあった。


 ――考えなくていい。

 ――迷わなくていい。


 それは、あまりに甘い。


 「……分かった」


 男子生徒は、小瓶を懐にしまった。


 「じゃあ、まずは……」


 視線が、街の灯りへ向く。


 「目についた奴から、だな」


 女は背後に下がり、影に溶けるように姿を薄くする。


 「ええ」


 最後に、楽しげな声だけが残った。


 「思う存分、やりなさい」



 その夜。


 男子生徒は、もう何人の“気配”に触れたのか覚えていない。


 逃げる声。

 恐怖の視線。

 命乞い。


 最初は、耳障りだった。


 だが、次第に――どうでもよくなった。


 「……静かにしろよ」


 言葉に、感情が乗らない。


 ただ、力を使う。

 ただ、奪う。


 それだけ。


 気づけば、胸の奥にあった“迷い”は、ほとんど感じられなくなっていた。


 (……楽だ)


 考えなくていい。

 選ばなくていい。


 ただ、欲望のままに。


 彼の瞳の奥で、確かに“何か”が薄れていく。


 ――それに、本人だけが気づいていなかった。


最初は、欠席が一日増えただけだった。


 「……あいつ、今日も来てないな」


 教室の隅、いつも無言で座っていた席が空いている。

 誰かがそう呟いたが、深く気にする者はいなかった。


 もともと目立たない。

 友達も多くない。

 一日や二日、来なくなっても不思議じゃない。


 ――はずだった。


 それから数日。


 彼は、来たり来なかったりを繰り返すようになる。

 登校してきた日も、様子がおかしかった。


 目が合えば睨む。

 些細な音に舌打ちする。

 肩がぶつかれば、即座に怒鳴り返す。


 「……なんだよ、あいつ」


 空気が、明らかに荒れていた。


 本人は自覚していない。

 ただ、周囲が“鬱陶しく感じる”だけだ。


 (うるせぇ……)


 (なんで俺の周りをうろつくんだ)


 (どいつもこいつも……)


 胸の奥に、熱が溜まっていく。

 薬を飲んだ夜ほどではないが、確実に“足りない”。


 ――もっと欲しい。


 そんな時だった。


 「おい」


 背後から、聞き慣れた声。


 彼が最も嫌っていた存在。

 いつも、笑いながら見下してくる男。


 「最近サボりすぎじゃね?」


 「どうせまたビビって逃げてたんだろ?」


 周囲から、くすくすと笑い声が漏れる。


 以前なら、何も言い返せなかった。

 俯いて、やり過ごすだけだった。


 だが。


 「……あ?」


 声が低くなる。


 男は一瞬、言葉に詰まった。


 「な、なんだよその目」


 「調子乗ってんじゃねぇぞ」


 次の瞬間だった。


 彼の手が、男の胸倉を掴む。

 教室が、一気に静まり返る。


 「……うるせぇ」


 力を入れた覚えは、ない。


 ただ――

 “少し、どかした”だけだ。


 だが男の体は、机をなぎ倒しながら吹き飛んだ。


 鈍い音。

 悲鳴。


 床に転がった男は、動かない。


 「……は?」


 彼自身が、一番驚いていた。


 手を見下ろす。

 震えていない。

 むしろ、妙に軽い。


 (……弱すぎだろ)


 そんな感想が、自然に浮かんだ。


 教師が駆け込んできた時、

 彼はすでに興味を失っていた。


 その日のうちに、男は救急車で運ばれた。

 病院送り。


 「骨折と内臓損傷です」


 「命に別状はありませんが……」


 後で聞いた話だ。


 だが彼の耳には、ほとんど残らなかった。


 (あいつが弱いだけだ)


 (俺は……何も悪くない)


 そう思う一方で、胸の奥がざわつく。


 ――何かが、決定的に戻らなくなった感覚。


 その日から。


 彼は、ほとんど登校しなくなった。


 来たとしても、教室の空気を裂くような視線を放ち、

 誰とも関わらず、誰にも止められない。


 学園の片隅で、確かに一つの“歪み”が育っていた。


 そして。


 それを、主人公だけが――

 はっきりと「おかしい」と感じ始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ