霊力の枯渇、基礎の鍛錬と霊装の顕在化特訓
病院を出てから、玄弥の日々はひたすら孤独で地味だった。
尾や鬼化の力は代償の影響で使えない。霊力もほとんど枯渇している。
「……1か月か」
九尾の温かい気配を背中に感じながら、玄弥は息をつく。
尾そのものは動かせない。だが、九尾の力を武器として顕在化させる霊装の練習は、霊力なしでも可能だと九尾は告げていた。
「焦るな、玄弥。霊装は力の顕現だ。尾や鬼化の力は要らない。だが、制御を誤れば危険だ。今のうちに基礎を鍛えろ」
玄弥は深く息を吸い込み、覚悟を決める。
「……よし、やれる限りやってみる」
◆
まずは体術の基礎。
走り込み、腕立て、受け身、反射動作の反復。
霊力が使えない分、肉体の感覚を研ぎ澄まし、どの角度から攻撃を受けても動じない体を作る。
「尾が無いと、戦闘感覚が全然違う……」
背中の尾の残像を思い浮かべながら、玄弥は体術を反復する。
◆
次は近代陰陽術の勉強。
式符や霊障制御の理論をノートに書き写し、効果や応用を確認する。
理論として頭に入れることで、霊力が回復したときに即戦力となる。
「理屈は大事だ……尾の代わりに、知識でカバーする」
◆
そして最も重要な時間――霊装の特訓。
九尾の力を武器として顕在化させる練習だ。
霊力が無くても、形だけを意識し、動かす感覚を体に染み込ませる。
最初は握る感覚すら曖昧で、刀や槍の形すら不安定だった。
何度も繰り返すうちに、わずかにだが霊装の形が安定して空間に残るようになる。
「……なるほど。霊装なら、霊力なしでも練習できるのか」
笑みが漏れる。これまで練習すらできなかったことを、ようやく体得し始めた。
◆
昼は勉強、夕方は体術、夜は霊装特訓。
孤独な1か月は、地味だが決して無駄ではない。
霊力が回復する日、尾を使わずとも戦える力を備えるための期間だ。
「……九尾、次の戦いに備えよう」
背中に感じる九尾の存在。
玄弥は床に膝をつき、息を整える。
体力はまだ戻っていないが、霊力が無い今こそ、霊装の特訓に集中できる時間だ。
「……まずは九尾の力を、武器として顕在化させる」
背中の九尾に意識を集中させ、手の感覚を開く。
だが、思うようにはいかない。
手のひらに力を込めると、霊装の形が一瞬現れる。
だがすぐに崩れ、空間に跡形も残らない。
「く……まだ、手が覚えてないか」
九尾が背中で微かに震え、冷静に伝える。
「そうだ、玄弥。霊装は力ではなく、感覚の習熟だ。才能があっても、安定させるには少なくとも五年はかかる。今は序章にすぎない」
玄弥は唇を引き結び、再び手を動かす。
刀の形、槍の形、鎖や矢――頭の中で武器の形を描き、手に伝える。
何度も失敗し、空間に虚像が漂うだけで、まるで掴めない。
「……それでも、やらないと」
霊力が無い分、体術や反射の感覚を併用するしかない。
手首の角度、腕の力の入れ方、呼吸のタイミング――全てが影響する。
数時間後、わずかにだが空間に霊装が残る瞬間があった。
「……あ、少し形が……」
その刹那、玄弥の心に小さな達成感が芽生える。
だが九尾はすぐに警告する。
「まだ不安定だ。このままでは戦闘には使えない。だが、これを繰り返せば、感覚は必ず身につく」
玄弥は汗を拭い、深呼吸して言った。
「……そうか。焦るな、まだ序章だ。じっくり体に覚えさせる」
その夜、玄弥は膝を床につき、何度も手を動かす。
霊装はまだ不安定で、戦闘で使える状態には遠い。
しかし、才能ある者でも5年はかかる壁を、今、少しずつ超え始めている。
「……必ず、使いこなせるようになる」
玄弥の目には、揺るがぬ覚悟が光っていた。
薄暗い室内。玄弥は床に膝をつき、手の感覚を何度も確かめる。
霊力はまだ枯渇している。尾は動かせない。
だが、霊装の顕在化――九尾を武器として形にする練習は続けられる。
最初は、空間に浮かぶ武器の形がすぐに崩れ、虚像が漂うだけだった。
だが、1週間が経った今――
玄弥の手から、霊装は形を成し空間に描き出す。
刀も槍も、瞬間的に形を変え、振りやすい状態で存在している。
九尾は背中で微かに揺れ、心の中で思わず息を呑む。
「……何だ、これは……」
普通、霊装を形取るだけで1年以上かかる。
なのに、この青年はたった一週間で、形を成したのだ。
九尾の目が鋭く光る。
「……まさか、ここまで早く感覚を掴むとは……予想外だ」
背中から伝わる熱と振動に、驚きとわずかな興奮が混ざる。
玄弥は汗をかき、手首を動かし続ける。
「……よし、もう少し……」
まだ完全ではない。だが、わずかに手の感覚が、霊装を通して九尾と同期しているのが分かる。
九尾は心の中で呟く。
「……もしこの調子で続ければ、尾を使えるようになった時、どうなるか……楽しみだな」
そして背中で微かに震え、安定した霊装の形を見つめる。
玄弥はまだ疲労と戦いながらも、努力を止めない。
その姿を見て、九尾は内心で、かつてないほどの才能と可能性を確信した。
「……まだ始まったばかり。だが、この青年……面白くなりそうだ」
1か月が過ぎた。
玄弥は膝をつき、汗で濡れた髪を額からぬぐう。
窓の外は静かな夕暮れだ。街には、まだ誰も気づかない小さな異変が漂っている。
「……よし、今日もここまでか」
霊力は依然としてほとんど回復していない。尾も使えない。だが、1か月前とは比べものにならないほどの進歩を、玄弥自身が感じていた。
霊装――九尾の力を武器として顕在化する感覚は、少しずつ手に馴染んできている。
刀や槍、矢の形を思い描き、空間に形を浮かべる。短い時間なら安定し、手の感覚が九尾と同期する瞬間もある。
だが九尾は背中で微かに震え、静かに告げる。
「……ここまで上達するとは思わなかった。だが、まだ安定には至らない」
玄弥は息を整え、空中に浮かぶ霊装を手で払う。
形はわずかに歪み、振りやすさにまだ不安が残る。
「やっぱり、1か月じゃ足りないか……」
手の感覚はつかめても、完全に戦闘で使えるレベルではない。
才能があっても、霊装の安定化には時間が必要だという現実が、彼を静かに襲う。
九尾が背中でうなずく。
「序章としては上出来だ。霊力が回復すれば、もっと安定するはずだ。だが今は……焦るな」
玄弥は深呼吸して、拳を握る。
「……うん。焦るな。まだ序章だ。これからだ」
1か月の孤独な努力は、確実に力として残っていた。
だが、完全な安定は手に入っていない。
その限界を知ったことで、逆に戦いへの覚悟は増した。
「……よし。次に備えよう、九尾」
背中の温かさを感じながら、玄弥は静かに決意を固めた。
まだ力は不完全。
しかし、努力で少しずつ道を切り開く感覚を、確かに手にしていた。




