幕間 新たな四大天魔
暗く広い館の一室。蝋燭の炎が揺れ、壁に映る影が揺れる。
酒呑童子が椅子にもたれかかり、薄笑いを浮かべる。
「ふふ……ついにか。あの青年、鬼の力に目覚めたらしいな」
言葉に含まれるのは、羨望と悪意、そして純粋な好奇心。
鵺は机に拳を置き、眉をひそめる。
「……何だと? 私の部下がやられた、と?」
報告を受けたばかりの衝撃が、表情に浮かぶ。
酒呑童子はにやりと笑い、冷たく煽る。
「そうだ。お前の部下が勝手に動き、あの尾と鬼化の兆候に触れた。どうやら青年は、制御は未熟ながらも鬼の力を手にしたようだ」
言葉を聞いた鵺の目が一瞬鋭く光る。
鵺は驚きの色を隠せず、息を呑む。
「……な、何だと……奴が……」
酒呑童子は背もたれに体を預け、両手を組んで笑う。
「喜ぶべきことだろう、鵺殿。これほど面白い素材はなかなかいない。制御できず暴走しそうな力……想像しただけでワクワクする」
鵺は唇を引き結び、目を細める。
「……分かった。ならば私が直接――西園寺玄弥という者を消す」
酒呑童子はさらに笑い、指先で鵺を軽く煽るように指す。
「ほほう、宣言か。楽しみだな、鵺殿。鬼の力に目覚めた若者、どんな形で消えるのか……見ものだ」
鵺は息を整え、鋭い目で答える。
「手は抜かない。奴がどれだけ厄介でも、容赦はしない」
館の奥深く、闇がひそやかに揺れる。
この二人のやり取りが、やがて街での戦いに直接影響することを、誰もまだ知らなかった。
酒呑童子の声が低く響く。
「……全て、計画通りには進まないものだな。しかし、暴走する鬼の力を持つ青年……面白い、実に面白い」
闇の中で、二人の視線はすでに次の標的――玄弥――に向けられていた。
采配
夜は静かだった。
だが、静寂とは秩序ではない。壊れる前触れに過ぎない。
鵺は高殿の縁に腰を下ろし、眼下に広がる人界の灯りを眺めていた。
人々の営み。無数の小さな光。
それらは彼女の目には、壊す順番を待つ駒でしかない。
「……クソ、酒呑童子め」
鬼の四天王の名を、吐き捨てるように口にする。
あの男は面白がっている。
鬼の力に目覚めた少年――西園寺玄弥の存在を。
だが、鵺は違った。
興味はない。ただ――危険だと判断しただけだ。
「制御できぬ力ほど、厄介なものはない」
鵺は振り返る。
闇の奥、膝をついて控えている影があった。
「来なさい」
呼ばれて、影が前に出る。
人の姿をしている。
だが、人ではない。
かつて人だったもの。
欲望と絶望の果てに、力を求め、魔へと堕ちた存在。
「力をやろう。代わりに――仕事をしろ」
影は顔を伏せたまま、かすれた声で答える。
「……御意」
鵺はその姿を見下ろし、淡々と命じる。
「西園寺玄弥が住む街へ行け。
ただし、すぐに殺すな」
影の肩が、わずかに震える。
「まずは周囲からだ。
学校、近隣、交友関係……
彼の“日常”を、少しずつ壊せ」
鵺の声は静かだった。
だが、その言葉は冷たく、逃げ場がない。
「事故でもいい。病でもいい。
霊障として処理される程度に抑えろ」
影は理解した、というように深く頭を下げる。
「……恐怖を、植え付ければよろしいのですね」
「そうだ」
鵺は微笑む。
それは優しさではなく、確信の笑みだった。
「追い詰められた時、人は力を欲しがる。
鬼の力を制御できぬ少年なら――なおさらだ」
影は立ち上がり、その姿が揺らぐ。
人の形が崩れ、魔物としての本性が一瞬だけ覗く。
「失敗したら?」
鵺は一切迷わず答えた。
「消えるだけだ。
元人間であろうと、価値は変わらない」
影は笑った。
かつて人だった頃の名も、感情も、そこにはない。
「……人の街は、壊しやすい」
そう言い残し、影は闇へと溶けた。
鵺は再び人界を見下ろす。
「西園寺玄弥……
君が守ろうとするものが、どれほど脆いか」
街の灯りが、風に揺れるように瞬いた。
まだ誰も気づいていない。
だが、すでに侵食は始まっている。
「次に会う時は――
君が壊れる瞬間だ」
鵺はそう呟き、闇に身を預けた。
――
午後の学園。窓の外には淡い陽光が差し込み、校庭の木々が揺れる。
しかし教室の中では、落ち着かない空気が漂っていた。
「ねえ、聞いた?」
クラスの女子が小声で隣の友達に囁く。
「何を?」
友達が首をかしげる。
「最近、霊力が急に上がる薬が出回ってるんだって」
囁いた女子の目は、興奮と恐怖で揺れていた。
「え、マジで?」
別の男子が小さく目を見開く。
「うん……でもさ、すごく危険らしいよ」
女子は声をさらに潜める。
「使いすぎると……人じゃなくなるんだって。力は莫大だけど、代償が……」
教室の空気が、一瞬、ざわめいた。
誰もがその“莫大な力”という言葉に心を惹かれつつ、恐怖も感じている。
「人じゃなくなる……って、どういうこと?」
男子の声は震えていた。
「うーん……よく分からないけど、目や体が変わるらしい。制御できなくなるとか」
女子は小さく肩をすくめ、さらに囁く。
「一度使ったら、戻れない人もいるんだって」
隣の机に座る別の生徒が、眉をひそめながら呟く。
「……でも、力が手に入るなら、試す奴もいるんじゃないか?」
「怖いけど、試したくなる……」
女子は小さく唇を噛む。
「力が欲しいなら、リスクを取るしかないのかも……」
教室内には、好奇心と恐怖が入り混じった静かな波が広がる。
誰も直接手を出したわけではないのに、噂は生徒たちの心を微かに揺さぶった。
その中で、玄弥の名前はまだ出ない。
しかし、街で異変が静かに起き、霊力の使い手たちの目にも、何か異常が映り始めていた。
「……この力、手に入れたら、俺たちも……」
誰かの呟きが風に乗り、窓の外へと消える。
それは、まだ誰も知らない危険の前触れだった




