刻まれる一歩、静かなる波紋
放課後。
人影のない校庭の隅。
「今日も特訓じゃ。派手な術は必要ない。霊力を流し、留める……。それだけを繰り返せ」
葛葉の言葉に従い、玄弥は目を閉じた。
内側へ意識を沈め、胸の奥で燻ぶる霊力を引き出す。
細い川を導くように。掌に、淡い光が灯る。
「……っ」
光はすぐに揺らぎ、消えかける。
「欲張るでない。ほれ、もう一度」
光が、消えた。
「……はぁ、はぁ。……何秒、いけた?」
葛葉が、静かに答える。
「四秒じゃ。昨日は二秒じゃったから、大きな進歩じゃな」
けれど、玄弥の心は驚くほど軽かった。
五秒が七秒へ。七秒が十秒へ。
修行を重ねるごとに掌の光は安定し、呼吸が乱れなくなっていく。
「……前より、疲れにくい」
「無駄に暴れさせなくなったからじゃ」
葛葉は静かに頷いた。
「霊力は扱い方が肝要じゃ。無駄に暴れさせなければ、疲れも少なくて済む」
葛葉の教えは、これまで学院で習ったどの授業よりも深く、玄弥の身体に染み込んでいった。
⸻
それは、週末の訓練の終わりだった。
掌の霊力が、いつもより安定している。
流れも途切れず、呼吸も乱れていない。
「……今日は、調子いいな」
その瞬間。
――ドクンッ!
背骨の奥を、氷のような冷気が突き抜けた。
「……っ!?」
次の瞬間、肺を直接掴まれたような激痛が走る。
「ガハッ……! ぁ、ハァ、ハァ……っ!」
霊力の流れが内側から引き裂かれ、逆流する。
視界が白く爆ぜた。
「……っ?」
次の瞬間、激痛が走る。
「……とうとう来たか」
葛葉の声が低くなる。
「霊力を通しすぎたのじゃ。身体の奥の『呪い』が、主の覚醒を拒絶しておる」
――進むな、望むな、力を得るな。
言葉にならない圧力が、全身を締めつける。
「……なんだ……これ……」
「呪いじゃ」
葛葉は即答した。
「完全には解呪出来ておらん」
「おぬしが力を取り戻し始めたことで、目を覚ました」
痛みが、さらに強まる。
「無理に耐えるな! 今は抑えるのじゃ!」
「流れを止めろ!」
玄弥は必死に呼吸を整えた。
霊力を、ゆっくりと戻す。
痛みが、少しずつ引いていく。
痛みが引いた後には、止まらない震えだけが残る。
「……使いすぎると、こうなるのか」
「呪いは枷じゃ」
葛葉の表情が、険しい。
「力を阻むため、内側から壊すためのもの」
玄弥は拳を握った、震えは、止まらない。
それでも。
「……それでも、進むしかないよな」
葛葉は、ゆっくり頷いた。
「その痛みはおぬしが前に進んでいる証でもある」
その言葉だけで、立ち上がれた。
⸻
実技演習。
「次。西園寺玄弥、日下部」
またか、という空気と嘲笑が広がる。
「また西園寺のサンドバッグか」
「日下部、手加減してやれよ、壊れちまうぞ」
でも玄弥は、もう俯かなかった。
日下部が、下卑た笑みを浮かべて近づいてくる。
「よう西園寺。安心しろ、今日も怪我しない程度に可愛がってやるからよ」
玄弥は静かに息を吐く。
内側で、特訓通りに霊力を循環させる。
「……来いよ」
「はっ、威勢だけはいいな! 」
「体術のみ、霊術は使用禁止、いいね?」
二人とも頷く。
「よし、始め!」
⸻
日下部が踏み込む、正面からの重い右拳。
以前なら反応すらできず、ただ弾き飛ばされていた一撃。
だが、視える。
「……っ?」
拳が空を切る。
玄弥は足裏に霊力を通し、一瞬でサイドへ回った。
「な、速っ……!? くそ!ちょろちょろすんな!」
日下部の連撃、今度は逃げない。
受け流す瞬間だけ腕の霊力を硬化させる。
――ガッ!
「……受けた……だと……?」
日下部の目が見開かれる。
その驚愕、隙を玄弥は見逃さない。
体勢を崩した日下部の足元を狙い、特訓した通りの足払いを叩き込む。
「――なっ!?」
日下部の巨体が、無様に宙を舞った。
静まり返る演習場。
「……くそ……っ!」
背中を打った日下部が、屈辱に顔を真っ赤に染める。
それが怒りに変わるのは、一瞬だった。
「西園寺なんかに……やられてたまるかよ……ッ!!」
日下部の霊力が、ルールを無視して爆発的に膨れ上がった。
「なっ!?まずい! やめろ日下部、霊術は禁止だ!」
教官の制止も届かない。
「霊術――霊光散弾ッ!!」
無数の霊力の弾丸が、玄弥へ殺到する。
死ぬ、一瞬そう思った。だが。
(――落ち着け、流れを見るのじゃ)
葛葉の声が、耳の奥で響く。
玄弥は目を見開く。無数の光弾。
そのどれもが、不規則なようでいて一定の波がある。
「霊術――護符陣・瞬陣ッ!」
玄弥が空中で指を振る。
四方に展開された光の壁が、全ての弾丸を真っ向から受け止めた。
轟音と衝撃。
土煙が晴れた向こう側で、玄弥は無傷で立っていた。
霊力の塊が霧散する。
煙の向こうで、日下部が目を見開いていた。
「な……ありえねぇ。無能が、防御術だと……?」
呆然と立ち尽くす日下部。玄弥はその懐へ、一瞬で飛び込んだ。
掌に霊力を集中させる。鋭く。
――ドンッ。
吸い込まれるように、掌底が日下部の鳩尾に入った。
「ガハッ……!」
日下部が膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
玄弥は自分の手を見た。
震えているが、それは恐怖ではなく、確かに自分の足で一歩を踏み出した高揚感だった。
「……勝った」
遠くで、認識阻害をかけた葛葉が小さく頷いたのが見えた。
「ちゃんと使えておったのう。上出来じゃ」
「大丈夫か、西園寺!」
慌てて駆け寄る教官。
周囲の生徒たちの視線が、嘲笑から「畏怖」へと塗り変わっていく。
こうして玄弥は初めて、自分の力で「無能」の烙印を跳ね除けた。
「大丈夫です、それより日下部の方が‥」
「そ、そうだな、日下部を保健室へ」
ざわつく演習場。
こうして玄弥は初めて霊力を使い、力を示した。
⸻
演習場の隅。
「……ほう。面白いのがいたわね」
その光景を、冷徹なまでの興味を抱いて見つめる「視線」があることに玄弥はまだ、気づいていなかった。
夕暮れの校舎裏。
葛葉が、俺に向かって声をかけてきた。
『読者の皆様……お願いがあるのじゃ』
「お、おう……いきなり何だ?」
思わずツッコむ。普段はそんな事をしない葛葉が、“お願い”してるんだから驚くしかない。
『もし少しでも面白いと思ったら、この作品を評価しいのじゃ、★がほしいのじゃ』
『九尾の力も、読者の応援があってこそ動いたのだ』
「……なるほど。要するに、星で評価して応援してねってことか」
『ああ。ブックマークも頼んだのじゃ』
『皆、力を貸してくれると嬉しいのう』
よろしくお願いします。




