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霊装使いになれなかった俺が、九尾と契約した日  作者: 三科異邦


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尾の代償、そして観測者

目が覚めた時、俺は地面に伏していた。


 土の冷たさが、やけに鮮明だった。

 いや――冷たいと感じられるほど、体の感覚が戻ってきたとも言える。


「……動け、ない」


 指先に力を入れようとした瞬間、

 内側から鈍い痛みが走った。


「っ……!」


 叫び声すら、喉で潰れる。


 筋肉痛とは違う。

 骨でも、神経でもない。


 体の奥、霊そのものが軋んでいる感覚だった。


『動くな』


 葛葉の声が、以前より近くに響く。


『今の貴様は、器が割れかけている』


「……器?」


『霊を通す器だ。

 本来、貴様はまだ“尾”に触れていい段階ではない』


 尾を使った代償。

 予感はあったが、ここまでとは思わなかった。


 呼吸をするだけで、胸の内側がひりつく。

 霊を感じようとすると、視界が歪む。


「……俺、死にかけてる?」


『半刻前ならな』


 淡々とした声。

 だが、ほんのわずかに苦味が混じっている。


『今は、我が抑えている』


「……そっちは平気なのか」


 問いかけると、少し間があった。


『無事ではない』


 短い言葉。


『尾を一本使った。

 今の我にとっては、それだけで致命的に近い』


 沈黙が落ちる。


 つまり――

 あの一撃は、互いの限界を削った結果だった。


「……悪かった」


『謝るな』


 即答だった。


『あの場で尾を使わねば、貴様は死んでいた』


 それは事実だ。

 理解できるからこそ、胸が重い。


『だが覚えておけ』


 葛葉の声が、低くなる。


『尾は“切り札”だ。

 今の貴様が使えば、三度目はない』


「……三度目?」


『二度目で、貴様の霊脈は焼き切れる』


 はっきりとした死の宣告。


 俺は、ゆっくりと天を仰いだ。

 木々の隙間から見える空は、何事もなかったかのように穏やかだ。


「……じゃあ、強くならないとな」


 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


『ほう』


「尾を使わなくても戦えるように」


 体は痛い。

 正直、今すぐ眠りたい。


 それでも――

 諦める理由にはならなかった。


『……貴様は、やはり陰陽師だな』


 葛葉の声に、微かな笑みが混じる。


『封はまだ深い。

 だが、霊は確かに目覚め始めている』


 その直後、胸の奥がずきりと疼いた。


「……っ」


『無理に霊を動かすな。

 今日一日は、術の使用を禁じる』


「分かった……」


 立ち上がろうとして、失敗する。

 足に力が入らない。


 情けなさよりも先に来たのは、奇妙な実感だった。


 ――生きている。

 ――戦って、まだ生きている。


 その時。


 遠く、森のさらに奥。

 視界に映らない場所で――何かが蠢いた。


     ◆


 地下。

 人の世から切り離された、霊の濃度が異常に高い空間。


 巨大な石柱の間で、影が揺れた。


「……今のは、何だ」


 低く、湿った声。


 水面のような結界に、微細な波紋が広がっている。


「この領域で、九尾の波長が――?」


 別の影が、苛立たしげに舌打ちする。


「あり得ない。

 あれは封じたはずだ」


「いや……」


 最初の影が、結界に手を触れた。


「完全ではなかった、ということだ」


 空間が、わずかに歪む。

 波紋の中心点――そこには、人の気配が混じっていた。


「人間……?」


「しかも、血が古い」


 影が、嗤う。


「西園寺……か」


 その名を口にした瞬間、空気が冷えた。


「面倒だな。

 だが――」


 影は、ゆっくりと立ち上がる。


「観測対象としては、申し分ない」


 結界が閉じ、波紋が消える。


「しばらくは、泳がせろ」


 声には、明確な敵意が宿っていた。


「九尾が完全に目覚める前に――

 叩く」


     ◆


 再び、森。


 俺は、ようやく身を起こしていた。

 全身が重く、霊を感じるたびに痛む。


 それでも。


「……誰かに、見られた気がする」


 理由はない。

 ただ、背筋がざわついた。


『勘だが……間違ってはいまい』


 葛葉の声が、低くなる。


『尾を使った代償は、力だけではない。

 ――“存在を知られた”』


 胸が、嫌な音を立てる。


「……敵が、動く?」


『ああ』


 短く、断定的に。


『ここからは、時間との勝負だ』


 痛む体を引きずりながら、俺は歩き出した。


 無能と呼ばれていた時間は、もう終わった。

 だが代わりに――


 命を賭ける理由が、はっきりと形を持ち始めていた。

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