炎下との会話
病院の白い天井を見つめながら、玄弥は深く息を吐いた。
鬼化暴走――尾一本、呪いの力の制御――そして血の渇き。
あの戦いで使った霊力と尾の消耗を思い返すと、体がまだ微かに震える。
「……俺、何ができるんだろう……」
九尾の尾の感覚が、背中で微かに揺れる。
尾は今、意識を持っているようで、暴走を警告するかのように熱を帯びた。
――九尾の声が、頭の中に響く。
「暴走させるな、と言っただろう。力はお前の意思の延長だ。感情に任せれば、街も人も傷つける」
玄弥は目を閉じ、思い返す。
尾一本で刺客を抑えきれず、霊力を使い果たし、血に呑まれかけたあの日。
体の疲労だけではなく、精神的な限界も感じた。
「……でも、どうやって抑えるんだ? 尾も呪いの力も、全部暴れそうになる」
九尾が背中でそっと動き、熱の感覚で答える。
「まずは、自分の霊力の限界を知ることだ。
一本の尾で何ができるか、呪いの力をどこまで引き出せるか。
無理をすれば暴走する。制御できる範囲で動くことだ」
玄弥はノートを取り出すように、頭の中で戦術を整理する。
尾一本で押し返す場合の威力、速度、攻撃範囲。
呪いの力を使うとどう反応するか、精神と霊力への負担。
「……つまり、力を出す順番と範囲を意識すれば、暴走は避けられる……か」
九尾は静かに頷く。
「そうだ。感情ではなく、意思で動かす。怒りや血の衝動に巻き込まれるな。
それができれば、力はお前の味方になる」
玄弥は背中の尾を感じながら、ゆっくりと深呼吸した。
頭の中で戦いのイメージを描き直し、体の動きを確認する。
尾を一本だけ展開する感覚、霊力を抑えながら制御する感覚――少しずつ理解してきた。
◆
窓の外には、病院の静かな光。
戦場の轟音は遠く、街は静寂を取り戻していた。
玄弥は小さく呟く。
「……俺が強くなるためには、まず自分を知るしかないんだな」
九尾が背中で微かに揺れ、同意するように熱を送る。
尾はまだ完全に力を発揮していないが、暴走の兆候も今はない。
――この静寂の時間こそ、力を制御するための最初の修行。
玄弥は覚悟を決め、未来の戦いに備える。
病院の白い天井を見上げながら、玄弥は体の痛みを感じていた。
尾一本を制御し、鬼化暴走を抑えたものの、全身の霊力はほとんど枯渇している。
「……玄弥、どうしてそんなに鬼とか九尾のことに詳しいの?」
冷静な声。炎色の瞳を持つ炎下ミユキが、ベッドの脇に座り、ドライな口調で尋ねる。
玄弥は首を傾げ、少し戸惑った。
「え?俺……そんなに知らないぞ。尾とか鬼とか、戦ってみて初めて分かったことばかりだ」
ミユキは小さく肩をすくめ、わずかに笑みを浮かべる。
「ふーん。じゃあ、あの時の尾の動きや兆候は、感覚で見抜けたわけじゃないのね」
玄弥は苦笑しながら反論する。
「そうだ。知識はほとんどない。じゃあ、どうしてお前は詳しいんだ?」
ミユキは少し視線を逸らし、柔らかく言った。
「私の家には、古い書物があるの。先祖代々、陰陽師として集められた資料で、鬼や妖怪、九尾のことも記されている。暇さえあれば読んでたから、自然と知識が身についたの」
玄弥は目を見開く。
「……そんなに詳しいのか」
ミユキは微かに笑みを浮かべ、背筋を伸ばす。
「詳しいと言っても、実戦経験はお前の方が上でしょう。でも、知識があれば、暴走や危険察知には差が出る」
玄弥は少し考え込み、背中の尾を意識する。
「なるほど。じゃあ、俺は戦いながら覚えていくしかないか」
ミユキは腕を組み、ドライにうなずく。
「そう。戦うだけじゃなく、知識と戦略も必要になる」
しばらくの沈黙の後、玄弥は小さく笑い、口を開いた。
「ところで、ちゃんと名前で呼ぶのは初めてだな。ミユキでいいか?」
ミユキは視線を玄弥に戻し、肩をすくめて答えた。
「別にいいわよ。玄弥」
互いに名前で呼び合うと、病室の静けさの中で少しだけ距離が縮まったように感じられた。
「……九尾、今後も頼むぞ」
背中の尾に意識を向ける玄弥。
九尾は微かに震え、熱の波を送る。
暴走ではなく、制御のための感覚として、玄弥に力を伝えていた。
「……次は、ちゃんと計画を立てて動きなさい」
ミユキの声は冷静で、無駄な感情を含まない。
しかし、その視線の端には、戦闘後の玄弥を信頼している気配があった。




