戦いのあと――力と、背後にあるもの
決勝戦の喧騒が去ったグラウンドには、まだ破壊の名残が色濃く残っていた。
抉れた地面、焦げた砂、霊力の余波で歪んだ空気。
西園寺玄弥は、保健室のベッドに横になりながら天井を見つめていた。
胸の奥が焼けるように熱く、血管を霊力が流れるたびに疼く。
尾を二本解放した代償は、想像以上に重かった。
「……やっぱり、無茶した」
呟いた瞬間、椅子に座っていたマトリが顔を上げた。
「無茶……した、って……分かってたなら……」
言葉は責める調子ではなく、ただ静かな心配だった。
「でも、出さなきゃ……止められなかった」
玄弥は視線を逸らす。
刺客の異様な強さ。
人の身体を器にしながら、冷たい妖気で満ちた存在。
――人ではない“何か”。
◆
この学園は、日本に存在する陰陽師一族の子弟が集められた、対妖怪専門機関。
外の世界では知られていないが、裏側では長い戦争が続いている。
妖怪王を頂点とする魔王軍。
人の世を侵食し、霊的支配を狙う異形の勢力。
その直下に控えるのが――
四天王と呼ばれる、妖怪王直属の最高幹部。
酒呑童子。
四尺坊。
その他、名を秘した二柱。
そして彼らに仕える無数の眷属と刺客たち。
今回、学園に紛れ込んだ存在もまた、その一端だった。
「……四天王の配下クラスだった可能性が高い」
廊下で教師たちが話す声が、薄く扉越しに聞こえる。
「生徒への憑依を許したのは問題だ」
「魔王軍の動きが活発化している……」
玄弥は目を閉じた。
――俺は、その戦争の中心に立たされている。
◆
玄弥の血筋は、ただの陰陽師ではない。
遥か昔、大妖怪・九尾を討ち倒した陰陽師の末裔。
だがその功績ゆえに、妖怪王は呪いを残した。
――血脈に封印を刻み、力を眠らせる呪詛。
それが解けたのは、皮肉にも
「助けた」九尾との契約によってだった。
今、玄弥の内に宿るのは
かつて討たれたはずの存在――九尾の妖狐。
一本の尾でさえ、常人離れした霊力。
二本出せば、戦況を覆す力。
だが代償は重い。
霊力の逆流。
精神への侵食。
妖としての本能の混入。
――制御を誤れば、人である自分を失う。
◆
「……怖かった?」
マトリが、そっと尋ねた。
玄弥は少しだけ黙ってから、頷いた。
「自分が、何を壊すか分からなかった」
尾二本を解放した瞬間、視界が赤に染まり、
周囲の声が遠ざかり、
ただ“破壊すべき存在”だけが見えていた。
――もし、マトリの声がなかったら。
あのまま暴れていた。
仲間さえ巻き込んでいたかもしれない。
マトリは指先をぎゅっと握りしめ、言った。
「でも……戻ってきた」
玄弥を見つめる瞳には、逃げない意志があった。
「玄弥くんは……戻ってきた。
だから……大丈夫」
◆
窓の外では、ムツミが風を弄びながら空を見上げている。
「なんかさぁ……嫌な予感するんだよねー」
教師に聞こえないよう小声で呟く。
魔王軍の動き。
四天王の刺客。
学園への侵入。
偶然ではない。
――狙いは、明らかに“玄弥”だ。
◆
保健室に戻ったムツミが、軽い調子で言った。
「ま、でもさ。生きてたんだからいいじゃん」
玄弥は小さく笑った。
だが胸の奥の疼きは消えない。
尾を出すたびに、自分は人から遠ざかる。
それでも――
「……次は、もっと制御できるようになる」
その言葉に、マトリは静かに頷いた。
仲間がいる。
守りたい日常がある。
そして、背後には確実に迫る――
魔王軍という巨大な影。
戦争は、もう始まっている。




