風の気まぐれと、新しい風
放課後の教室には、静かな空気が流れていた。
玄弥は窓際の席で、尾の制御練習のノートを広げている。
手のひらに力を入れ、昨日の訓練を反芻する――胸の奥の熱と軽い痙攣は、まだ消えない。
マトリは少し離れた席で、ノートを閉じ、玄弥を見守る。
昨日までの不安げな表情は少し和らぎ、少しずつ心を開き始めているようだった。
一方、窓の外から、突如として明るい声が響く。
「やっほー!誰かここにいるー?」
声の主は、元気いっぱいの女の子。金色の髪をポニーテールにまとめ、制服のブレザーの袖をまくり上げている。
校庭の端から、風を巻き起こすように駆けてくるその姿は、まるで陽の光そのものだった。
玄弥は眉をひそめる。
――こんなに騒がしいやつ、誰だ?
教室のドアが勢いよく開き、彼女は飛び込んできた。
「やっと見つけたー!ここにいたんだ、玄弥くん!」
玄弥は一瞬、立ちすくむ。
名前を知っている――?
そして、彼女の目には、好奇心と遊び心が混ざっていた。
「……あの、君は?」
玄弥は慎重に問いかける。
「私は風木ムツミ!よろしくねー!」
彼女はにこやかに手を振り、少し軽く会釈する。
言葉の端々に、気まぐれで明るい性格が滲んでいる。
マトリは少し後ろで眉をひそめ、玄弥をチラリと見る。
「……また、変わった人が来たみたいですね」
小声で呟くが、少し微笑んでいる。
◆
ムツミは教室の中を駆け回り、窓を開けると風を巻き起こす。
カーテンが揺れ、紙が少し舞う。
その動きに、クラスの空気がほんの少し変わる。
ざわめきと笑い声が混ざり、昨日までの静かな日常に、軽い緊張感と活気が加わった。
玄弥は少し警戒しながらも、目の端で彼女の動きを追う。
尾の代償を意識しつつ、心の中で少しだけ「楽しい変化」を感じた。
「でね!聞いたんだけど、あなたって……すごい霊力があるんでしょ?」
ムツミは目を輝かせ、玄弥に詰め寄る。
その好奇心は止まらない。
「……いや、そんなことは」
玄弥は軽く首を振るが、ムツミの熱意は止まらない。
マトリは少し困ったように眉を寄せる。
「……まあ、興味津々な人ですね」
小さく呟いて、でも笑みを浮かべる。
◆
ムツミは、少しだけ霊力の小技を披露した。
手のひらから小さな風の渦を巻き起こし、紙をくるくると浮かせる。
クラスの何人かが驚きの声を上げる。
玄弥の尾の力とは違うが、華やかで軽やか。
「うわ、すごい……」
玄弥は心の中で小さく感嘆する。
尾の力の重み、代償の痛みとはまた違う、無邪気で自由な力。
ムツミは笑顔で手を叩く。
「ねえねえ、今度一緒に訓練しようよ!風を操るのとか、絶対楽しいって!」
マトリは少し冷ややかに、でも内心楽しそうに呟く。
「……ほんと、元気ね」
玄弥は少し考えて、口を開く。
「……わかった。少しなら、付き合う」
短い言葉だが、ムツミの喜びはすぐに爆発した。
◆
その日の帰り道。
玄弥、マトリ、ムツミの三人で歩くことになった。
ムツミは風を巻き起こすように歩き、軽口を叩きながら笑う。
マトリは少し顔を赤らめつつ、時折玄弥に視線を向ける。
玄弥は尾の代償を意識しながらも、二人の距離感と雰囲気を楽しむことができた。
――尾の力はまだ一本だけ。制御は完璧ではない。
でも、日常の中に、少しずつ仲間との心のつながりを感じられる。
戦いの影は残る。
だが、少しずつ光も差し込む。
風のように気まぐれなムツミの存在が、玄弥とマトリの生活に、ほんの少し新しい色を加えたのだった。




