少しずつ、心を通わせる日
朝の教室に差し込む光はいつもと変わらない。
だが、玄弥には違って映る。昨日までとは何かが少し違う、微妙な空気。
胸の奥にまだ熱が残っている。尾を一本出した代償――筋肉の微かな痙攣、胸の奥の違和感、精神にじわりと忍び寄る疲労。
呼吸を整えようとしても、完璧には落ち着かない。
机に座ると、クラスメイトたちの視線が微妙に自分を避けるように感じる。
何かを察しているのか――戦闘を見たわけではないのに、空気が少し変わっているのだ。
マトリは遠慮がちに机の端から見ている。
視線が合うとすぐに逸らす。
でも、今日は少しだけ勇気を出したのかもしれない。
彼女の目には、少しの不安と好奇心が混じっている。
「……昨日は、大丈夫だったんですか?」
小さく震える声。
不安と、踏み込めないもどかしさが交じる。
玄弥は肩をすくめて短く答える。
「……ああ、なんとか」
その返事だけで、マトリの表情に少し安堵が浮かぶ。
窓の外から射す朝日が、二人の距離をそっと照らしているようだった。
◆
授業中も、胸の奥の熱が微かに疼く。
尾の代償が静かに忍び寄り、心拍を速める。
鉛のように重い身体を動かすだけで、息が乱れる。
それを悟られないように気を張る。
小声でつぶやくクラスメイト。
「玄弥、様子がおかしいぞ」
興味半分、不安半分――だが、玄弥は反応しない。
言葉にすれば、自分の弱さを認めることになる気がした。
一方、ミユキは淡々とノートを取る。
言葉は少ないが視線は時折玄弥に向く。
「顔色、悪いな」――小さくつぶやくだけで、心配は表に出さない。
そのドライな距離感が、逆に玄弥には安心だった。
◆
昼休み、玄弥は教室の片隅でノートをまとめていた。
マトリがそっと近づく。
「……あの、もしよかったら、少し一緒に帰りませんか?」
言葉は小さいが、意志は明確だ。
普段なら自分から距離を置くマトリが、こうして歩み寄ってくれる――
そのことだけで、玄弥の胸は少し温かくなる。
「……いいよ」
短く答え、立ち上がる。
廊下に出ると、昼休みのざわめきが残る。
だが二人の間には、静かで柔らかな時間が流れた。
◆
校庭を歩きながら、玄弥は尾のこと、昨日の戦闘のことを頭の片隅で思い返す。
代償の熱、胸の奥の痛み――
それを意識させないように振る舞う努力が必要だった。
「……玄弥くん、本当に大丈夫ですか?」
マトリは少し不安げに視線を上げる。
その目には、信頼と安心が少しずつ混じっていた。
「大丈夫。ちゃんとやれるから」
短く言ったその一言で、マトリの肩の力が抜ける。
彼女の顔が柔らかくなるのが、玄弥にはわかった。
◆
帰り道、二人は無言で歩く。
沈黙は悪くない。互いの存在を静かに確認し合う時間だ。
マトリは少しずつ口を開く。
「……昨日、見てました。玄弥くん、すごかったです……」
玄弥は少し照れ、短く答える。
「……一本だけだけど、まあね」
自然な笑みが零れる。
マトリは顔を赤らめ、小さく微笑む。
その瞬間、玄弥は思った。戦いの後でも、日常の中で少しずつ心を通わせられるのだと。
◆
赤く傾く夕陽。
日常は穏やかに流れ、帰宅の足音が校庭に響く。
だが玄弥の胸の奥には、戦いの影がちらつく。




